INTERVIEW

<前編>
【現役Jリーガー×ビジネスパーソン】
「両立」の秘訣は客観視とパラレル思考
橋本英郎(FC今治)x嵜本晋輔(バリュエンスホールディングス代表取締役社長)

PROFILE

橋本英郎(FC今治)

1979年、大阪府出身。1998年にガンバ大阪に入団、2019年よりFC今治にてプレー。日本代表としても国際Aマッチ15試合出場。2014年にプエンテFCスクールを開講し代表に就任。

嵜本晋輔(バリュエンスホールディングス代表取締役社長)

1982年、大阪府出身。関西大学第一高校卒業後、ガンバ大阪へ入団するも、3年で戦力外通告を受ける。引退後、父が経営していたリサイクルショップで経営のノウハウを学び、2011年、株式会社SOU(現バリュエンスホールディングス株式会社を設立し、同代表取締役に就任。2018年3月には東証マザーズへの株式上場を達成させる。FAN AND株式会社(現 DUAL CAREER株式会社)を2019年9月に設立。

「両立」という言葉はいい響きですが、実行するのは難しいことです。「スポーツも頑張ってほしいけど、勉強もやってほしい」、「スポーツだけでなく、社会に出て自立できる大人になってほしい」、そう願う親御さんも多いのではないでしょうか? 今回は、プロサッカーと大学を両立させた橋本英郎選手と、プロサッカー選手の経歴を持ちながら上場企業社長となりビジネスを成功させた嵜本晋輔氏のクロストークです。そこには当時のエピソードや、両立を成し得るためのヒントがたくさんありました。

ガンバ大阪時代の先輩後輩関係

――嵜本さんにとって橋本さんは先輩ですが、どんな選手でしたか?

嵜本 僕は2001~2003年までガンバ大阪にいて、3年間橋本さんとプレーさせてもらいました。1つひとつのプレーにこだわりと厳しさがある方でしたね。練習中に少しでも気を抜いているプレーがあったら、ハシ(橋本)さんが追及するというか、それに対してきちんと対話をしていました。

橋本 僕、ガンバのときは厳しかったので。今はめっちゃ優しくなってますけど(笑)。

 

――チームによってカラーも雰囲気も変わるってことですよね。

橋本 そうですね。自分自身への要求も高くしていた分勝ちたい思いが強くて、周りに強く言うことはありました。

 

――嵜本さんはどうでしたか?

橋本 見た目はガリガリでした。頑張って筋トレをやって大きくはなったけど、「ボリュームが上がらない」って悩んでいたのは覚えています。

嵜本 間違いありませんね(笑)。

 

プロサッカー選手から社長へ。切り替えのカギは「自分を客観視すること」

――嵜本さんはガンバでサッカーした後に起業して、上場企業にまで成長させるという素晴らしいご実績をお持ちです。サッカーをする子どもを持つ親御さんからすると理想なのかと感じます。私も色んな親御さんと会話する中で、「プロ選手は生命が短いし、スポーツすることってどうなの?」と不安な方も多いようです。サッカーから全く違う分野に行かれたわけですが、その時の苦労話はありますか?

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