INTERVIEW

世界で活躍できる選手育成
~ コーチング・攻防の要点 ~
野澤 武史 × 田邉 淳
-前編-

2022年1月には、「JAPAN RUGBY LEAGUE ONE」(ジャパンラグビーリーグワン)が開幕する。新たに導入された世界的なルール改正もあり、これからのラグビー指導者は、世界の趨勢を踏まえた攻防の要点を理解することが求められる。元ラグビー日本代表で「スポーツを止めるな」代表理事を務める野澤武史さんをホストに、クボタスピアーズ船橋・東京ベイ アシスタントコーチを務める田邉淳さんをゲストに招き、世界で活躍できる選手を育成するコーチングの在り方について語り合った。

 

選手・指導者として歩んできた人生。世界の壁を痛感することも

野澤 田邉さんは素晴らしいコーチングキャリアをお持ちで、僕の師匠ともいえる存在です。ラグビー界では「スラッシー」というニックネームなので、そう呼ばせていただきます。まずは、選手時代のことについてお聞かせください。現在の指導に活かされている、選手時代の経験はありますか?

田邉 選手時代は三洋電機ワイルドナイツ(現・パナソニックワイルドナイツ)でプレーしながら、色んなコーチにお世話になりました。中でも日本代表の現アシスタントコーチであるトニー・ブラウンさんと一緒にプレーやコーチングができたことは大きな財産ですね。プレースタイルも、今のコーチングにも尊敬していて、僕の師匠の一人です。彼は左利きで、書くのは左手だけどお箸を持つのは右手なんです。たまにゴルフへ行くと、アイアンは右手なのに、パターは左手。そんな天才肌な一面もありました。

野澤 トニー・ブラウンさんとは、選手時代も一緒にプレーされていたのですね。田邉さんはニュージーランドのクライストチャーチへ留学して、海外選手のプレーを長年見てこられたと思います。他の選手と比べると、何が違ったのでしょうか?

田邉 彼、そんなに体格が大きくないんですよね。でもとにかく身体を張って、最前線でタックルする人でした。皆、その果敢なところをリスペクトしていたと思います。

野澤 なるほど。どちらかと言えばアタッカーのイメージでしたが、トニー・ブラウンさんはディフェンスでも活躍されてきたのですね。

田邉 そうなんですよ。あるシーズンの試合では、激しいタックルを背中から受けても、試合を続けていたのですが、試合後に救急車で搬送されると、すい臓が破裂していたんです。でも、そのシーズン最後のプレーオフで復帰しましたからね。本当にすごいなと思います。そのタフさが、今の日本代表のコーチングにつながっているのかもしれませんね。

野澤 以前のトークイベントで三宅敬元選手から聞いたのですが、倒れた後なのに「飲み会に行く」と言っていたとか(笑)。ニュージーランドのオタゴ地方で育ってきた方は、メンタリティーが日本人に似ているのかな。

田邉 そうかもしれませんね。どちらかと言えば田舎なので、遊べる場所はそれほど沢山ありません。だからこそ皆と集まることが楽しみで、ラグビーに集中できる環境だったのかなと思います。

野澤 スラッシーさんが入社した当時のワイルドナイツは、常勝チームではありませんでした。負けていた所から強くなりましたよね。

田邉 入社してから3年ほどは、7位くらいの中堅チーム。それが、4年目くらいから勝つようになりました。その頃に宮本勝文元監督が来て、チーム文化が変わったのです。とにかく練習量が増えました。「優勝するには、これくらいの犠牲が必要なのだな」と感じましたね。今やワイルドナイツのお家芸となっているディフェンスからのアタック技術は、その頃から少しずつ作られてきました。

野澤 サンウルブズ(※ラグビーの国際大会「スーパーラグビー」に2016年から2020年まで参加していた日本チーム)を立ち上げた当時のことも、お聞かせください。

田邉 僕がワイルドナイツのコーチに就任して何年か経った時に、サンウルブズ立ち上げのオファーをいただきました。ありがたくお受けしたのですが、ワイルドナイツはその年負けなしで。サンウルブズに行ったら、その一年は一勝で終わってしまったのです。「世界の壁は高いな」と痛感しましたね。

野澤 「世界の壁」とは、具体的にどんなことでしたか?

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