INTERVIEW

#01
スポーツを通した人間力向上
「『親孝行』が兄弟の合言葉」
太田宏介×太田大哉

元サッカー日本代表でオーストラリアプロサッカーリーグ(Aリーグ)のパース・グローリーFCでプレーする太田宏介選手と、兄で年間約20万点を取り扱うリユースオークション「TIMELESS AUCTION」を運営する株式会社タイムレスの代表取締役を務める太田大哉氏。日本最大級のブランドオークションを運営する兄と、元日本代表でプロサッカー選手として世界で活躍する弟。それぞれの分野で最前線を疾走する太田兄弟だが、ここに至るまでの道のりは順風満帆ではなかった。両親の離婚をはじめ、幾度も訪れる逆境にあっても、兄弟を支えた合言葉は「母への恩返し」だったと言う。厳しい逆風にさらされ、強いストレスやプレッシャーにも圧し潰されることなく“飛躍し続ける二人が、人生で学んだ「感謝」「初心」「挑戦」「謙虚」「自信」そして「仲間」の意義について語る。

 

太田兄弟の成長の軌跡と母の教え

 

 

――本日はプロサッカー選手の弟・太田宏介選手、経営者として成功した兄・太田大哉さんの“太田兄弟”の成長の軌跡をお聞きしていきたいと思います。

宏介 両親が離婚したのは僕が中学2年生の頃、今から20年前のことでした。兄は6歳上で20歳手前くらいでした。

大哉 そうですね。ボロボロのアパートに引っ越して、母と兄弟の親子3人で再スタートしていこうと決意したのを今でも憶えています。

 

――学校帰りには家の前に借金の取り立てが来ていたなんてお話も聞きました。中学生の思春期にそのようなことがあると、人生の路線を踏み外してしまいそうになるかと思いますが、お二人が気持ちを強く持てた理由は?

宏介 学校から家に帰ると取り立ての人が家の前で待ってることもよくありました(苦笑)。でも同じ境遇の友人がいたんですね。彼の親が経営していた会社が潰れてしまい、苦しい家庭環境の中、心底落ち込んでいました。それまで一緒にサッカーをやっていたのですが、完全にグレてしまって……。彼の親がそれでさらに辛い想いをしていたのを見てきたので、僕は自分の母親にそのような気持ちにさせたくなかった。

 将来、自分がサッカー選手になって、稼いで親に楽をしてもらいたいという思いが芽生えていました。それを兄が父親代わりとなって引っ張ってくれたんです。中学から高校に上がるとき、学費はもちろん、サッカー用具も揃える必要がありますから、沢山お金が必要になります。そこで僕の見えないところで兄が深夜から朝までバイトをして資金を蓄えてくれまいた。そんなエピソードを知ったのは後のことなのですが、周囲の人の支えがあって僕は大好きなサッカーを続けることができたんです。家族一丸でこの生活から抜け出したいという思いでやってきたので、当時は苦しいという思いより、ここから上を目指すという野心・向上心の方が強かったですね。

大哉 当時僕は19歳だったので、母を助けるという考えがあったのは当然だと思います。それより、6歳も年の離れた中学生の宏介がそんなことを考えてくれていたことに救われる思いでした。幸いにも宏介にはサッカーの才能があり、母と僕は陰で支えながら、その姿を見て希望をもらっていました。

 

――18歳は世間ではまだ遊び盛りの年齢です。父親の代わりというプレッシャーは相当なものだったのではないでしょうか。

大哉 人生を投げ出す、投げやりになるという選択肢は当時の僕にはなくて、それよりも目の前の一日一日をどうやって生活していくかという状況でした。宏介には夢を追ってもらいたかったので、どうやったらお金持ちになれるのか、どういうふうにしたら商売がうまくいくのかを、ずっと考えながら学生生活を過ごしてきました。そんな状況下で僕たち兄弟は母から受けた教育、母の姿を見て多くを学んで成長してきました。

 

――お母さんの教えや行動をみて、とくに印象に残っているエピソードは?

大哉 ある時、僕ら兄弟が母に気軽に「再婚してみたら?」と言ったことがあったんです。その時に母が「あなたたちを生んで育てたことが私の人生一番の財産。だからそれ以上のことはないんだよ」と言ってくれたんです。20年近く前のことなので、母もまだ40代半ば、再婚しようと思えばできたかもしれない。僕の中で「母の人生とは僕と宏介の成功なんだ」とスイッチが入った瞬間でした。

 

――「誰かのために」という言葉が綺麗事ではなく本心から出たとき、その人は強くなるという印象があります。

宏介 離婚をする前から父親はずっと単身赴任で、母、兄、僕の3人での生活でした。振り返ってみると、いい時も苦しい時もとにかく3人で励まし合っていたので、本当にネガティブな思考になった記憶がないんです。それよりも「もっと楽な生活させてあげるからね」っていう前向きな話ばかりしていました。そういう話をしていく中で、母親のちょっとした言葉だったり行動が僕たちを突き動かしてくれたんです。

大哉 母親と祖父母、そして僕ら兄弟とのグループLINEがあります。そこで僕と宏介は「もっと上へ!」と発奮し合うことが多くて、それを母や祖父母が間接的に見ることで、2人が頑張っている姿を確認してもらえるんです。

宏介 祖父母は90歳以上なのにLINEで文字も普通に打てるし、絵文字も使いこなせるんですよ(笑)。本当に毎日LINEを送っていて、僕の移籍の話や、兄の事業の成功の話だとか、いろんな報告をするんです。それに対して母たちは「おめでとう!」って言ってくれるんですけど、僕たちは「いや、まだまだこれからでしょ」と(笑)。現状に満足することなく、そういう言葉をわざと発することで、高め合っているんです。

大哉 宏介は中学生の頃から感謝の気持ち、自分の想いを口に出すことが当たり前のようにできていました。それは本当にスポーツのおかげなんだと思います。宏介は試合を見に来てくれたお客様に最後までしっかり頭を下げてお辞儀をします。そんな姿をみて宏介から学んだことが非常に多いですね。

 

感謝の気持ちを伝える重要性

 

 

――兄弟を比較してしまう親御さんは多いと思いますが、お二人にはそんなことはなかった?

ここから先はプレミアム会員限定コンテンツです。
アカウント登録をしてください。
今ならプレミアム会員に新規登録で14日間無料!
アカウント登録 ログイン

記事に対するコメント

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。

関連記事