INTERVIEW

平岡拓晃│「『失敗=ダメ』じゃない」
~指導者が持つべき心得~

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自身の経験から、「失敗と向き合うことの大切さ」を子どもたちに伝えているロンドン五輪柔道男子60キロ級銀メダリスト平岡拓晃氏。失敗を経験して諦めそうになる子どもに対して、指導者や周りの大人ができること、するべきことなど、競技を超えて、指導者が心得ておくべきことを伺った。

 

小学生全国大会廃止が与える影響

──今年4月に、全柔連が小学生年代の全国大会を廃止しました。

 

「従来の制度から方向性を変えるために、全日本柔道連盟が素早く判断をしたということに関しては素直に嬉しかったです。これまで柔道の指導が年齢に応じた指導なのか、という点は問題視されてきていました。また、柔道には減量があるので、階級を下げることで勝つチャンスが広がれば無理な減量を敢行してしまいがち、このような減量を成長期の子供たちが繰り返し行うとその後の健康状態に悪影響を及ぼしてしまう可能性があります。
また、身体が大きい子どもはそのときの身体の大きさだけで勝てる柔道を選択してしまい、その後も身体の大きさを生かした柔道に留まり、さまざまな技術が身に付ける事ができなくなってしまう、そういった声も耳にします。そして、今回の全国大会廃止の決定は、勝利至上主義に警鐘を鳴らす意味合いもあると思いますが、根本的に変わるのかなと疑問もあります。全国大会はなくなりましたが、それに変わってしまう大会が出てきてしまうんじゃないかなと思ってしまいます。今回の決断のメッセージの本質はなんなのか、私も含めてですが、柔道に関わる人間はこの問題については深く考えていく必要があります]

 

 

経験したことに無駄なことなど一つもない

──2008年の北京五輪では、初戦敗退を経験しました。

 

「前大会までオリンピック3連覇を成し遂げた野村忠宏さんから代表権を奪い取ったにもかかわらず、初戦で負けてしまうなんて、柔道界であってはならないことです。それを私は経験しました。もう14年も前のことですが、敗戦後に畳から礼をして階段を降りていく場面を今でも鮮明に覚えているくらいです。負けた時は頭が真っ白になり、『ああ、これで自分のオリンピックは終わったんだな』という思いと、自分に対する不甲斐なさが一番にありました。日本に帰ってきても、部屋に引きこもりのような状態で、言わば腐っていましたね。しかし、ある事をキッカケにまずはその失敗から向き合うという作業から始めました。なぜ負けたのかを分析し、敗戦に対する批判も含めて振り返る作業を丁寧に行っていきました」

 

──批判も多かった中、自分を批判する言葉を受け入れるというのはずごく難しい気がします。

 

「その時、失敗に向き合わないことが、本当の失敗なんだということに気づいたんです。何かを変えたい、変えなきゃいけないという想いから今まで取り組んでいなかった柔道ノートも書き始めました。そうすることで自分が行ってきた努力の足跡をロンドン五輪直前には振り返ることができたし、いろいろな人に感謝をしながら柔道ができていなかったということにも気づきました。これまで必要としていなかった物事について取り掛かることができたことで、今まで経験してきたことに無駄なことは一つもないということにも気づけたんです。ロンドン五輪の表彰台では、感謝の気持ちしかなかったですね。支えてくれた人たちにも、批判をした人たちにも」

 

目に見えない本当の価値

──その4年後のロンドン五輪では銀メダルを獲得しました。

 

「ロンドンの時は金メダルを獲ること、前回の北京五輪の借りを返す事を目標にしていたので、決勝で負けた後は、しばらく銀メダルだったことを受け止める作業に期間を要しました。ただ、その後時間も経過し、北京五輪で野村さんから代表権を勝ち取れたのは世界で自分一人だけだし、北京五輪からのどん底を味わってから、その次のロンドン五輪で決勝までいけた──、これらの過程は胸を張っていいんじゃないかと思えるようになりました。これは現役を引退し、解説者として外からオリンピックを見ることができるようになって、さらに強く感じられるようになりました。選手の時は自分のことで精一杯だったので気がつかなったんですね、この経験こそが目に見えない大きな価値なのだということに。
確かにオリンピックで金メダルを獲るという目標は叶いませんでした。叶わなかったけれども、今までの過程を精査したときに、自分は現役時代にやりきったんだな、という自分の気持ちの落としどころを自然に作っていて、再確認することもできました。そのおかげで次の夢に進んでいく決心ができました。全てが満足するような結果ではなかったけど、辛い状況、逃げ出したい状況の中、全てを受け止めて逃げずに進もうともがいた実感はありました。だから現役を引退する時、涙は出ませんでしたね。人生の中で大事な決断をしなくてはいけないタイミングでも、やはり振り返りが大事でした」

 

──「失敗はダメじゃない」ということですね。

 

「『失敗はダメじゃない』というフレーズはよく子どもたちに伝えさせていただいています。失敗すると、もう自分はダメなんじゃないか、少しオーバーですが人生終わったんじゃないか、というイメージになってしまい、失敗することを避けてしまいます。失敗をネガティブに捉えてしまいがちです。失敗したらどうしよう、とか、できそうだからやる、など物事をできるかできないかで判断してしまい、積極的にチャレンジする機会を自ら敬遠してしまいます。でも実際は『失敗することが成長への第一歩なんだよ』、『私はオリンピックで失敗したんだよ』と身をもって経験し、感じた事を伝えています」

 

指導者が選手と一緒に振り返る重要性

──スポーツ指導者も、それを理解していないといけませんね。

 

「私もコーチをやっているのでよく分かります。やはり『失敗』は目につくので注意してしまいがちなんです。でも私は『あなたは何がしたかったのか』と選手の狙いを聞くようにしています。これは選手に自ら振り返りをさせて、自分の言葉で整理する目的もあります。指導者が失敗だと思っているだけで、本人は失敗だと思っていないこともあります。本人が何をしたくて、その結果どうなったのか、という客観性と起きた現象への自己理解を私は重視するように意識しています。
例えば柔道の試合で、相手を投げたかったのにうまくいかず負けてしまったとします。指導者から見ると、積極的に攻めていかなかったのが失敗だと思うでしょう。ですが、単にそれを失敗として伝えるのではなく、『技を仕掛ける前に自分の頭が無意識に下がっている』、『試合の展開が読めず焦って技を仕掛けてしまっている』など、本人が気づいていないポイントにフォーカスを当て、アドバイスをしてあげることが大事なのです。試合中、選手は思った以上に一杯一杯になってしまい余裕がなくなりますから。また、実際に映像を選手と一緒に観て振り返るなど、本人が過程を理解できるように声掛けしてあげることで本人が気づき課題を認識して、自発的に取り組むきっかけを与えることが重要だと思っています」

 

──スポーツ指導者の方にアドバイスがあればお願いできますか。

 

「私も日々勉強をさせてもらっている立場でアドバイスを述べるというのは大変恐縮なのですが……。コーチングに関わらせていただく日々の中で感じていることは、結果を出させてあげることもすごく大事です。しかし、それ以上に選手のスポーツキャリアが終わったあとのことを考えた指導こそがすごく重要になってくると思っています。技術的なことよりも、その選手が柔軟な考え方ができるようになっているか、スポーツで覚えたことが他の場面でどう活かされるのか、そしてその場面場面で完全燃焼させてあげられているのか、ということです。

著名なフランスのロジェ・ルメールという指導者に『指導者は学ぶことをやめたら、教えることを辞めなくてはいけない』という言葉があります。とても大好きな言葉です。私もよく陥りがちなのですが、指導場面では自分だけの経験とか、自分がやってきた知識だけで教えてしまう時があるんですね、そうするとどうしても偏ってしまうことが多々あると思います。他の考え方もあって、こういうやり方もあるよ、という指導者も学んでいる姿勢を子どもたちにも見せることが大事なのかなと」

 

──「スポーツで得られるチカラ」は何だと思いますか。

 

「スポーツは人生の中でピークが早くきます。つまり、考えさせられる節目節目の場が強制的に来るんですね。そのたびにアスリートはこれまでの自分を振り返る必要があり、気持ちの整理をして次に進んでいかなければなりません。そこにたくさんあるスポーツの一つの価値があると思います。また、人間には認知能力と、非認知能力の両方が必要だと言われています。認知能力は読み書きや計算など点数など数字で表すことができる能力で、勉強で養うことができます。非認知能力は人と話をするコミュニケーションとか社会性がそうで、それはスポーツでしか身につけることができないと言う識者もいるほどです。そういった意味でもスポーツのチカラはすごく大事だと思いますね。そして自分自身を振り返ることで、より自分の人生がどんどん豊かになっていく。柔道には『自他共栄』という言葉があります。自分だけで無く周りの人と一緒に栄えて行きましょう、という意味です。自分だけではなく、周りと一緒に豊かになっていけるというのが、スポーツが育んでくれるチカラだと思います」

 

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PROFILE

平岡拓晃(ロンドン五輪柔道男子60キロ級銀メダリスト/筑波大学助教)
1985年生まれ、広島県出身。6歳から柔道を始め、高校3年生のインターハイで優勝、筑波大学へ進学し大学1年生ながら学生日本一に輝くと国際大会にも数多く選出され、次代のホープとして注目を集める。2008年の北京オリンピックには、オリンピック3連覇中の野村忠宏氏を抑えて出場するが、1回戦敗退。その雪辱を果たすべく、後の世界選手権では3年連続でメダルを獲得、選抜体重別選手権大会でも5連覇を果たして、同級国内トップの座を一度も譲らず、ロンドンオリンピックへの出場を決め銀メダルを獲得した。オリンピック後は階級を66kg級へと上げて全日本実業個人戦で優勝した他、筑波大学大学院・スポーツ医学の博士課程に進学して減量やコンディショニングについての研究を行っている。2016年引退後は全国で柔道教室などを行い、北京オリンピックでの経験をもとに「失敗と向き合うことの大切さ」を話す。スペシャルオリンピックスのドリームサポーター・理事も務めており、知的障がいをもつ人たちがスポーツをする場、その成果を発揮できる場を提供するための活動を行っている。2018年4月より筑波大学体育系助教。

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