様々な出会いが、親子の視野を広げる
内野 タイムリーな話ですが、過去にキャプテンを務めていた選手から連絡があって。JFL(日本フットボールリーグ)でサッカーを続けるか、それとも起業するかといった内容でした。起業したいけど、周りから「少し早いんじゃないか」と言われて、悩んでいたようです。その元キャプテンも、卒業する時にはプロ以外の道を考えていない選手でした。でも色んな人に出会う中で、新たに人生設計し始めたのです。たくさんの出会いがあれば、プロサッカー選手になれなかったとしても、夢、やりたいことが見えてくると思います。
大槻 サッカーに真っすぐ向き合うあまり、他のことが見えなくなってしまう親御さんもいますよね。だから、「こういう進路、選択肢、可能性もあります」と、全然違うことを話す時もあります。必ずしも「こうでなければいけない」という進路を決める必要はありませんから。違う世界を見せてあげることで、保護者の方の目線も広がります。それに、サッカーの中にもビジネスに似た難しさや達成感が沢山あるので、リンクする部分を見つけ出して欲しいですね。ビジネスでの苦労と、サッカーでの苦労。会社で評価される人達、サッカー選手として評価される人達。どこかで重なってくると思うのです。小中高と保護者の方と関わることが多いのですが、「皆一緒じゃなくていい」ということを伝えています。僕ら自身もこうやってお話させていただくことで、新しい気づきが生まれることもあります。こういう姿勢を見せることも、指導者として大事。もちろん真っすぐ向き合うことも大切ですが、違う視野を持っておくこともサッカーに限らず必要なことだと話しています。
佐藤 それぞれの考えややり方、そういったものを尊重してあげるということですね。
大槻 一発芸でバイオリン弾いた子もいますからね(笑)。素晴らしいなと思いました。
佐藤 スポーツを通して学べるもの、培われる力についてもお聞かせください。人生にどうつながるかという部分。高校や大学でサッカーしていても、いつかは社会に出ることになります。内野さんは、どうお考えですか?
内野 僕らの時代のスポーツは、上下関係がはっきりしていました。でも今は先輩後輩がファーストネームで呼び合うこともあるくらい、上下関係がなくなりつつあります。理不尽を経験する環境も少なくなって、すごく我慢弱い子が増えてきている印象があります。先ほど「失敗させる」というお話がありましたが、興國高校に来たほとんどの選手は、何かで負ける経験をします。スポーツやっている人間は、負ける経験がより多いですよね。努力しても結果として報われない経験ができるのは、今の時代は特に大きいと思います。スポーツはルールの中で戦うことになるので、ルールを守る。そして、協調性を保った状態で自分を出していく。難しいことですが、スポーツを通して身に付きます。そういった力を社会に出た時に活かせるように、高校で準備ができる環境づくりに取り組んでいます。
大槻 僕も、重なる部分が多いですね。幼稚園の子達を見ても、「社会」がそこにあります。苦手な子がいたり、できる子がいたり。色んな子がいることを受け入れながら、折り合いをつけていく。だんだん年代が上がるにつれて、「社会」も大きくなっていきます。スポーツは、社会性を育む予行練習のような役割を持っていると思います。個性を発揮する、意見をぶつけ合う。今の子ども達に足りないところだと思いますが、一番気にしてほしいのは「人と丁寧に接すること」。言いたいことを乱暴に言っても、自分の意見は伝わりませんから。スポーツでは色んな理不尽さの中で、それでも人に伝えて上手く事を運ばせる必要があります。難しいことですが、そこにスポーツが持つ教育的な価値があるのです。
佐藤 スポーツは、やった分だけ結果がでるとは限りませんよね。だから集団スポーツであれば、皆が充実していることは全くなくて。そういった中で、どうやって同じ方向に向かって戦うか。スポーツで理不尽さを経験していると、ビジネスでの理不尽も受け止めて消化しやすくなるのかなと思います。
内野監督が語る“佐藤親子”育成秘話
佐藤 余談なのですが、僕は長男を内野さんのところに預けて見ていただいています。一年くらい前に、長男から「自分のやったことが結果として返ってくるんだと、初めて分かった」と言われて。高校二年生でやっとそれを実感してくれたのが、親としてもうれしかったですね。努力した分だけ結果が返ってくるとは限りませんが、やらなければ良い結果にはつながらない。内野監督にご指導いただきながら、そういった学びを得られています。色んな人に色んな言葉を掛けてもらえるのは幸せだなと、親目線で感じました。
内野 ありがとうございます。先ほどの話で行くと、玲央人君(佐藤さんの長男)はまだ少し幼さがありますね。
佐藤 そうですね、サッカーに熱を入れ始めたのが他の子よりも遅くて。親がどうすべきだったのかは、若干反省点ではあります。でも、本人がやりたいという気持ちにならないと、中々難しいですよね。僕は選手をやってきて、プロの世界がいかに厳しいかを実感してきました。親が元サッカー選手なら尚更じゃないですか。だから楽しくやってほしいのが一番で、親としてはできる限りサポートしてあげたい気持ちですね。
大槻 「楽しい」のレベルが、どんどん上がっていきますよね。最初は、ただボールを蹴っているだけでも楽しいものです。それがだんだん分かってくると、シュート決めたら楽しい、相手を抜いたら楽しい、仲間と一緒にワンツーしたら楽しいという感じ。順調に楽しんでいるのかなと、話を聞いて思いました。
内野 玲央人君は、ようやく自我が芽生えてきたのかな、という感じです。「お前ちゃんとお父さんに意見言えているのか」と言ったら、ちょっと黙ります(笑)。サッカーやっていたら当然ですが、すごく父親をリスペクトしているんですよ。でも子どもの人生を、お父さんが歩むわけではありませんから。自分がどうしたいか、どういう選手になりたいかを自分で発信していかなければなりません。トップチームに上がってきてからずっと話しをしている中で、ようやく表現ができるようになってきたかなと感じます。急に身体もがっちりし始めて、スタミナがすごく上がっています。ここから大学に行って、どう自己主張し始めるかがすごく楽しみです。シュートセンスが遺伝したのかと思うくらい、シュートがめっちゃ上手くて。ただ性格が優しいから、あまりシュートを打たないんですよね(笑)。
佐藤 それは僕と違いますね(笑)。コロナ禍で息子のプレーしている姿をあまり見られていないので、知りませんでした。
内野 「親父のプレー見たことあるやろ」「あります」「じゃあもっとシュート打たれへんのか」「打ちます」みたいな感じです(笑)。「どんだけええ奴やねん!」という面はありますが(笑)、シュートセンスは本当にすごいですよ。スピードも付いてきて、自分のやりたいことが出来るようになってきています。大学に行ったら、もっと主張できるようになれば良いなと思います。同じタイプの選手は高体連でも見かけるのですが、肉体的にも精神的にも完成していない選手が多いですね。
佐藤 どの段階で大人になっていくかですよね。すみません、最後は自分の息子の話になってしまって(笑)。
──最後に、皆様へひと言ずつお願いします。
大槻 今日は貴重な機会をありがとうございました。こうやってお話をさせていただくことで、自分の考え方が整理されて、いい学びの場になっています。サッカーを通して伝えられることは、技術や戦術だけではありません。そういった所を、こういった機会を通して発信し続けていきたいと思います。また機会がありましたら、よろしくお願いします。ありがとうございました。
内野 大槻さんとも出会えましたし、すごく楽しい時間でした。僕はサッカーを通じて色んな人に出会って、毎日勉強しています。こういった機会があれば、また参加したいなと思います。皆さん、一緒に勉強していきましょう。ありがとうございました。
佐藤 まずは大槻さん、内野さん、お忙しい中ご参加いただきありがとうございました。参加者の方も、色んな言葉から色んな感じ方をしていただけたかなと思います。自分も指導の現場で学ぶ機会をいただいています。言葉を伝えることで、選手が変化していく。そういった指導をしていく上で、いい学びが得られました。またこのような形で、スポーツを通して学ぶ時間をつくっていきたいと思いますので、ぜひこれからもよろしくお願いします。ありがとうございました。
PROFILE
- 佐藤寿人(元サッカー日本代表)
- 1982年生まれ、埼玉県出身。2012年にサンフレッチェ広島をリーグ初優勝へ導く原動力となり、その年JリーグMVPとJリーグ得点王を獲得。通算J1リーグ得点数は歴代2位。 2020年シーズン限りでの現役引退を発表した。3男の父。
- 内野智章(興国高校サッカー部監督)
- 1979年生まれ、大阪府出身。堺市立東百舌鳥中学、初芝橋本高校、高知大学を経て、当時、JFLに所属していた愛媛FCに加入。1年で退団したのち、大阪に戻り、仕事をしながら高田FCでプレーヤーを続ける。05年に興国高校の非常勤講師となり、翌年から体育教員になると同時にサッカー部監督に就任した。近年は毎年、コンスタントにJクラブに選手を送り込んでいる。
- 大槻邦雄(プロサッカーコーチ)
- 1979年生まれ、東京都出身。三菱養和SCジュニアユース~ユースを経て、国士館大学サッカー部へ進む(関東大学リーグ、インカレ、総理大臣杯などで優勝)。卒業後、横河武蔵野FCなどでプレー。選手生活と並行して国士舘大学大学院スポーツシステム研究科修士課程を修了。中学校・高等学校教諭一種免許状を持ち、サッカーをサッカーだけで切り取らずに多角的なアプローチで選手を教育し育てることに定評がある。
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