成長過程において、最も対応が難しいと言われる中学年代。サッカー、勉強、学校生活で起こる諸問題に対する向き合い方と、対応すべき最善の選択とは? プロ選手、指導者、それぞれのステージで活躍するスペシャリスト3名がパネルディスカッション形式で語り合った。(2020年5月に収録)
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どんな状況下でも、捉え方によって変わる
──本日はお忙しい中、お集まりいただきどうもありがとうございます。(コロナ禍の中)山本選手はどのようなトレーニングをされているのですか?
山本 体幹トレーニングやヨガ、ティラピスを行っています。室内にトレーニングルームは作っておりますが、自分の身体を自由に動かせる筋量があれば、それ以上の筋肉を付ける必要はないと思っています。コロナ禍であってもなくても、やり続けているトレーニングを継続しているという表現が正しいと思います。あとは再開した時に、どのように試合に入っていくかのイメージ作りをしていました。どんな状況下であっても、サッカーを楽しむ気持ちを忘れなければ絶対に成長できると思っています。その気持ちを途切れさせないようにしています。
──大津監督は指導するジュニアユースチームにどのような声がけをさせているのですか?
大津 起床、就寝まで規則正しい生活を続けるように伝えています。山本選手もやっている体幹トレーニングや、チームで取り入れている動作トレーニングを少人数制で週3回オンラインでやっています。再開に向けて身体作りをしている感じです。
──大槻さんは幅広いカテゴリーを担当する立場にあると思いますが、モチベーションの維持はどのようにされていますか?
大槻 みなさん本当に難しいと思います。小さい子たちはずっと家にいることでストレスが溜まってくるでしょうし、年齢が上になっていくと焦りも出てくるでしょう。子どもだけでなく、親が焦っているシーンもよく見聞きしています。年代によって抱える問題は違うと思いますが、私が直接見ているユース年代に関して言いますと、この年代であっても、パワーやスピードでカバーして、個々の技術は荒かったりするんですよ。利き足と逆の足の技術を見直すだとか、得意でないヘディングをやってみようかなど、自分に向き合ういい機会なんじゃないかと思っています。チームの練習していると、パーソナルな練習ってなかなかできないですよね?
大津 そうですね。どうしても他を優先してしまいますよね。
大槻 自分と向き合う時間なんだと割り切ってしまえば、有効な時間だと言えるのではないでしょうか。コロナ禍であっても、要は捉え方次第だと思います。
中学年代で広がる社会性
──小学生から中学生になることで、扱うボールもゲームの人数も変わります。中学年代で求められる能力とは?
大槻 個人からグループを意識するようになり、生活も変わってくると思います。関わる人が増えて行動範囲も広がり、社会性が求められるようになります。サッカーだけでなく、仲間と一緒に何をやることに意識が移行する時期なのかと思います。サッカーも1人でドリブルで抜いてシュートして「やったー!」ではなくて、2vs1、3vs1で崩すことに興味が湧いてくる、そういう時期なんじゃないかと思っています。実際にジュニアユースの監督をされている大津さんいかがですか?
大津 おっしゃる通りです。サッカーの楽しさが、小学生と中学生では全く変わってくると思います。僕は「本当のサッカーのスタートはここからだ」と伝えています。中学になると悔しい、上手くいかない、壁にぶち当たって悔しい、という思いをするようになります。しかし、その山を越える喜びがあることも事実。僕らがそこを教えてあげる必要があると思っています。
──山本選手は中学年代にサッカーとどんな向き合い方、トレーニングをしていましたか?
山本 中学年代は、筋力より持続して走れるよう心肺機能を鍛えることをメインにやってきたと思います。あまりに多くの距離を走らされ、「根性論」と言われることもありますが、この時期に肺を鍛えられたことは、GKであっても精神的によかったと思っています。
──心と身体、どちらを重視すべきなどはありますか?
大津 まずは心だと思っています。ただし最低限、自分の体重を支える筋力は必要だと思います。あと大事なのはその身体を効率よく動かせられるかどうか。そうでないと高校でつまずいてしまいがちです。上手いだけじゃダメだし、筋肉マッチョでもダメです(笑)。身体の向き合い方も、全て心につながっていくと思います。
──大人になる基礎の段階ということですね。
大槻 急激な身体の変化が起こる時期だと思うんです。成長には個人差もあり、クラムジー(急激な身体の成長変化に精神が追いつかず、今までできたことができなくなる現象)を起こす事例も多くあります。この年代はひょろっと背の高い子を見かけますよね? そういった子に多くを詰め込みすぎてはダメです。そもそも身体を動かせないのですから、反復練習や身体のバランスを整える作業など、ローパワーで行うトレーニングが中心になると思います。山本選手はいかがでしたか?
山本 僕は中学生の3年間で20㎝くらい身長が伸びたんですよ。オスグット(ヒザの成長痛)によって、それこそ手すりを使わないと階段も満足に登れないような状態でした。1ヶ月も練習でがきないこともありましたよ。でも、そこで練習場に行かないだとか、そういうことは一切考えなかったです。身体は動かせなくても、少しでもピッチに出て何かを得ようとしていました。ある意味、中学年代は一番サッカーにのめり込んだ時期です。小学生の頃は自分だけのことに夢中でしたが、他のチームメイトのことも知ろうと思うようになりました。
大津 子どもはケガをしても絶対に(サッカーを)やりたがります。指導者は選手を休ませている間に、どう成長させてあげられるかが重要だと思います。自分にも、身体にも向き合える時間なのかと思います。ケガは辛いですけど、大きく変われるチャンスなのかもしれません。
大槻 成長痛は個人差があって、オスグットで半年間プレーできない子もいます。最近は腰痛を訴える選手も多いですし、みんな無理してやっているんでしょうね。ご家庭の方もそのサインに気づいてほしいですね。
──親御さんにとってはトレーニングをさせすぎているのでないか、という懸念もあるかと思います。指導者としてそこはどのように対応していますか?
大槻 練習をすればするほど上手くなると思いがちですが、同時に心のリフレッシュもすごく大事なことです。サッカーと関係ないことをしていた方が、いざサッカーと向かい合った時に集中できることもあるんですよね。プロ選手こそ、その対処が上手いと思うのですが、山本選手いかがですか?
山本 練習のあるときはどんなに遊びたい時でも、優先順位はサッカーを一番にしていました。その分、週一回の休みはサッカーを離れてとことん遊んでいましたよ。サッカーばかりに固執すると、人間として考え方が狭まってしまいます。中学生の多感な時期こそ、いろんな経験をすることがメリットになると思うんです。オフの日は心身ともに超回復をさせてあげることが一番だと思います。
「入団することがゴール」になっていないか?
──小学生から中学生に上がるタイミングでは、クラブによっては「セレクション」という場でふるいにかけられます。親御さんにとっても非常に関心の高いことかと思いますが。
大槻 僕は残念な結果になったとしても、その結果が良いことなのか、そうでないかは振り返らないとわからないと言っています。良い結果だったと思えるように、この後をどう過ごすかが大事だと言い聞かせています。何でもその繰り返しなのではないでしょうか。リバウンドメンタリティと言われていますが、強い心を持てるように、周囲が促してあげることも大事です。セレクションを通過できないと「ダメだ」と言われているように感じてしまいますが、これを「良いきっかけをもらった」を思えるようになれるかどうか。合格しても悪い結果になることは十分起こり得るわけですから。
──セレクションがゴールではないと。そこは親の後押しが必要なのでしょうね。
「そうでうすね。ただ、その時だけ声をかけてもダメでしょうね。子どもが本当にその意味を理解するまで、伝え続けてそこに向かっていかないと。プロ選手は特にその繰り返しですよね? 日の丸を付けたことがある選手がここにいるんですから、本人から聞いた方がいいですよ(笑)」
山本 A代表、オリンピック、年代別、いろんな世代の日の丸を背負ってきましたが、試合には出てないこともあるわけです。では、なぜ出られなかったのかを考えるわけです。中学年代から、代表に入っただけで満足してしまって、消えていく選手を何人も見てきました。ゴールは強豪チームや代表に入ることではなくて、その先に何をしていくか。ゴールってないんですよ。僕はプロになって17年やっていても、ゴールが見えないんです。競争の中にいながらも、自分を知る、自分が何をすべきかを考えるいい機会なんじゃないかと思います。それがたまたまセレクションだった、という位の感覚で僕はいいと思いますよ。セレクションに落ちたからって、萎縮して小さくなってしまうのはもったいないですよ。
──どこでやるのかも大事ですが、何をするかがもっと大事だということですね。
山本 負けて経験できることって本当に多いんですよ。
大槻 深いですね。
山本 もし、ずっとトップにいたらこんなに長く現役を続けてこられなかったと思います。それは間違いないです。
大津 今まで経験した悔しい出来事は?
山本 自分に自信があって「絶対に試合に出られる」と思っても出られない時でしょうか。決めるのは監督なのですが、自分では納得がいかないんです。それを「監督のせい」にするのか、「自分に何か非がある」ことに気づけるかが重要だと思います。監督も友達もいずれ変わるんです。変わらないのは自分だけなんですよ。
大津 そういうマインドの選手がプロの道に行くんですよね。
山本 ただの負けず嫌いです(笑)。やはり、失敗に対して親が怒るのではなく、何でダメだったのかを問いかけてあげるといいと思います。考えさせる時間を与えることが大きいと思います。
大人の介入が、子どもに必要な「失敗体験」を奪う
──親の距離感について。中学年代の現場で見ていらっしゃる大津さんはどのように見て感じていらっしゃいますか?
大津 「もっと頑張ってほしい」と願うご両親のお子さんは、全体的に自信がない印象があります。逆に「本人に任せています」という親御さんのお子さんは、常に自分の判断ができている傾向があります。もちろん、それが全てではないでしょうが、親と子の距離感の難しさは常に感じています。
大槻 僕は幼児からも見ているので、色々な親御さんと接してきていますが、要は「失敗」をさせないように先回りをしがちです。大人の経験値から、予想し得る失敗が読めてしまう。それを先に準備してしまうと、子どもは覚えないですよね。命に関わるような過ちを正すことは当然として、何でも先回りして失敗しないようにコントロールすることは、考えるきっかけを奪ってしまうのではないかと思います。サッカーの練習では起こりそうなミスを何回も繰り返し、再現性を高めていくものです。「自立」という言葉にすると大きく感じてしまいますが、要は自分で経験をさせて、失敗をさせていくことからではないでしょうか。例えば、ある子が試合でスネ当てを忘れてきたんですね。
大津 サッカーあるあるですね(笑)。
大槻 そこで子どもが失敗に気づき、何を考えるかが重要なんです。それが、今の時代は携帯電話で連絡ができてしまうんですよ。それで親が大急ぎで持ってきてくれるわけです。親御さんの“カバーリング能力”が高すぎるが故に(苦笑)、考えるきっかけを奪ってしまっているんですよね。
山本 僕なんか全国大会で宿舎にユニフォームを忘れてきたことがありますから(笑)。
大津 一番やったらあかんやつですね(笑)。
山本 その時は「トイレに行きます」と言って、運転手さんにユニフォームを持ってきてもらうように懇願しました。
大槻 忘れたことを、なかったことにしたんですか?
山本 いえ、ちゃんとコーチに事実を伝えましたよ。(ユニフォーム到着が間に合わない)予選の一試合は外れて観戦しますと。でもミスをしてこそ、持ち物の大切さを覚えますからね。
大槻 全国大会で忘れたのなら、もう2度と同じミスはしないでしょう(笑)。
山本 そうですね(笑)。今もこうしてお話しさせてもらっているのも、忘れない記憶として残っている証拠ですから。ミスはミスで受け止めないと、いざ困ったときの耐性がつかないと思います。何かが起きた時に、耐えられなくなってしまう。そういう選手は監督からも「使いづらい」と起用を敬遠されてしまうでしょう。それも含めて経験なんでしょうね。
大津 指導者の立場として、出場させたかった子が試合で忘れ物をしたことがあったんです。僕の心の中の“リトル大津”は「やってしまった!」と大騒ぎ(笑)。でも、これで試合で起用してしまうと、他の子たちに示しがつかなくなってしまうんですね。さらにこの子はまた同じミスをしてしまう。指導者は選手を試合で使いたくても、我慢をしながら心を育てていかないといけないんですよね。
大槻 普段の生活からも、そのような働きかけはできるんですよね。ミスに対して、後で『こういうやり方もあったかもしれないね?』とフィードバックしてあげる。一番ダメなのはそこで怒ってしまうことです。萎縮してトライしなくなってしまいますからね。
山本 そうですね。僕は厳しくしすぎてしまって、子どもがサッカーを少し嫌いになってしまいましたから(苦笑)。段階を踏んであげることが大事だと思います。
──サッカーを学ぶことで人間力が培われるということを、本日のお話で再確認いたしました。最後に、スポーツが持つ教育の側面について、みなさんはどのように考えていらっしゃいますか?
大槻 苦しいことがあっても一歩前に踏み出せる、そういった能力がスポーツでは身に付くと思います。スポーツが見直され、指導者にとっても勉強になればいいなと思います。僕もできる限り、このような情報を発信していきたいと思います。本日はありがとうございました。
大津 山本選手をはじめ、プロの第一線で活躍されている方は、サッカーの能力だけでなく人間性が素晴らしい方ばかりです。こういう人がプロになるのだと日々感じています。お子さんの成長に悩んでいるのなら、サッカーだけに特化せず、スポーツを通じた人間の成長・教育にスポットを変えてみてもいいんじゃないかと思います。また会える日を楽しみにしています。
山本 サッカーをすることは、人間力や様々なことを学べるいい機会だと思います。プロサッカー選手はあくまで一つの小さな島だと思っています。大事なのは引退した後に何ができるか。問われるのは人間力の方だと思います。本日、みなさんとこうやって交流できたことは、僕にとってもすごく勉強になりました。現役としてさらに長くできるような情報を得られたと思います。本日、聞いてくださった方も、子どもと一緒に成長できるいい機会になったのではないでしょうか。みなさんと一緒に楽しくサッカー界を盛り上げて行きましょう。本日はありがとうございました。
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PROFILE
- 山本海人
- 静岡県出身。清水エスパルスJrユースを経て、プロへの階段を着実に駆け上がり、多数のJクラブでプレー。2009年~2011年に日本代表にも選ばれた実績を持つ。 プロサッカー選手として17年目を迎えた今、次のプロサッカー選手となる子どもたちの育成を視野に入れ、メッセージを伝えられればと考えている。
- 大槻邦雄
- 三菱養和SCジュニアユース~ユース、国士館大学サッカー部へ進む。卒業後、横河武蔵野FCなどでプレー。選手生活と並行して国士舘大学大学院スポーツシステム研究科修士課程を経て、現在は、三菱養和SCユースヘッドコーチを務めている。中学校・高等学校教諭一種免許状を持ち、サッカーをサッカーだけで切り取らず、多角的なアプローチで選手を教育し、育てることに定評がある。
- 大津直人
- 大学卒業後に4年間勤めた会社を退職し、指導者としての道へ進むことを決断。現在は岡崎慎司選手がスポーツダイレクターを務める兵庫県のジュニアユースチーム「Meister SUMA Football Club」で監督を務める。少年時代の逃げてばかりだった弱い自分に後悔している分、今は指導者として「サッカーを通じた心の成長」を大切にしている。ガンバ大阪Jr.ユース時代は、本田圭佑選手、東口順昭選手、家長昭博選手と同期。中心選手として全国大会にも出場している。
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