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COLUMN

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【4/16~18 biz Festa Preview#04】
“最強の論理的思考ツール”
「ゲーム理論」で考えるスポーツの駆け引きと意思決定/鎌田雄一郎

「SPODUCATION」では 4月16日(金)~18日(日)の3日間、ビジネスパーソンに向けたオンラインイベント「biz Festa」を開催する。スポーツで培われたノウハウが、ビジネスでも応用できることを紐解くべく、ビジネス書のベストセラーを生み出す有名著陣とアスリートが激論を交わす。数多の企業のビジネスパーソンを指導してきたスペシャリストたちと、トップアスリートの邂逅は、どのような“解”を生み出すのか。現状打破に日々を捧げる現代ビジネスマンに向けた大型オンラインイベントを前に、“ビジネスサイド”のゲストのインタビューを紹介していく。

『16歳からのはじめてのゲーム理論』ダイヤモンド社/160ページ/1760円(税込)

 

2020年のノーベル経済学賞受賞者は、「ゲーム理論」の一部である「オークション理論」研究に関する功績が評価された結果だという。このゲーム理論は、社会において複数の人や組織が意思決定を行う場合に、どのような行動が取られるかを予測する理論のことだ。ビジネスはもちろん、「駆け引き」が生じるあらゆる分野に通じるという。この数学的理論を難解な数式を使わずに“物語形式”で誰でもわかりやすく紹介したのが『16歳からのはじめてのゲーム理論』の著者で、アメリカの名門大学で教鞭をとる鎌田雄一郎氏だ。かのグーグルが経営戦略に取り入れる「ゲーム理論」はスポーツにも応用できるのか? 新進気鋭の若き天才経済学者に聞いた。

 

スポーツに限らず大切なのは「相手の行動に意味を見出すこと」

ーー鎌田さんのスポーツとの関わりは?

「長女がクライミングに真剣に取り組んでいて、サンディエゴの大会へ12時間かけて車で遠征したこともあります。まだ始めて数年ですが、アメリカではコロナウイルスの影響で小学校も1年くらい開いていない状況で、なかなか練習ができません。ただ、庭にクライミングウォールがある家もあって、そういう所で登らせてもらうことはありますね」

 

ーーご自身のスポーツ経験は?

「僕は全然上手いわけではありませんが、小学1年の頃からサッカーをしていました。中学受験で一旦止めましたが、中学に入ってから再開して、高校2年までやっていましたね。コロナウイルスが広まる前は、同僚と週1でサッカーしていました。最近はサッカーよりも、クライミングとかの方が多いですね」

 

ーー『16歳からのはじめてのゲーム理論』は、ネズミの親子の物語が展開され、ゲーム理論のエッセンスが紹介されています。本書には「囚人のジレンマ」(戦略形ゲーム)や、「ナッシュ均衡」(互いがベストな反応をしている戦略の組み合わせ)という、「ゲーム理論」のどの入門書にも登場するような専門用語が出てこなかったように思います。

「『16歳からのはじめてのゲーム理論』は、とにかく教科書みたいにはしたくないと思っていました。教科書みたいにすると、必ずと言っていいほど『囚人のジレンマ』から始まって、誰が書いても同じような説明になってしまう。それよりは、ゲーム理論の面白さを自分なりに分かりやすく伝えられたらと考えました。ゲーム理論は研究者が数学を色々と駆使するものですが、数学なしでも分かることはいっぱいあります。そういったゲーム理論の面白いところだけを、日常的に使う言葉で伝えようと思い、書きました」

 

ーー登場人物の会話が軽妙で、物語として楽しめました。鎌田さんご自身も言葉の掛け合いなどを創作するのがお好きなのですか?

「そういう物語形式、人との話を通して伝えていく形式は、担当編集者の方のアイデアです。それを聞いて、僕もいいなと思ったので対話形式になりました。僕自身もゲーム理論の問題を考える時に色々な登場人物を思い浮かべるので、そのイメージを文字に起こした感じですね」

 

ーーなるほど。6つのストーリー構成で分かりやすく語られていましたが、鎌田さんがこの本を通して伝えたかったことを改めてお聞かせください。

 「一番伝えたいことは『人が何かするのには理由がある』というメッセージです。誰かに何かされて『そんなこと、ひどい』とか言ったら、そこで話が終わってしまいます。でも、相手が何でそんなことをしたのかを考えると、『させないためにはどうすればいいか』と話が広がります。部活をサボっている子がいたら、非難するよりも『どうしてそういう状況になっているのかな』と考える。すると、どういう風に練習メニューを変えたらいいかとか、見えてくるわけです。言われてみれば当たり前かもしれませんが、そういうことをちゃんと分析しているのがゲーム理論です。若い子にも、そういうところを人生の教訓として伝えたかったですね」

 

ーー視点を変えることで、相手のことが見えてくることもありますよね。

「ゲーム理論はビジネスで実践的に使えるツールであると当時に、抽象的なレベルで思考を深めるための手法でもあります。この本では後者に力点を置いて書きました。前者のビジネスで使えるツールに関しては、関連書籍がすでに沢山あるので、それよりは考えが深まる、人生の教訓を得られる話の方がいいかなと思い、そういう話題を中心にしましたね」

 

ゲーム理論で、スポーツの意思決定を考える

ーー鎌田さんは東京大学の農学部出身ということですが、ゲーム理論の専門家として研究するに至った経緯は?

「僕が当時いた農学部では、公園をデザインして3Dの模型を作って、それがどんなに素晴らしいかプレゼンしたり、あるいはデザインするために植物や鳥の観察に行ったりしていました。ただ、それが『自分のやりたいことと違うな』と感じていて……。あと自分は数学が得意だったので、それを活かせることがやりたいなとも思っていました。そんな時に、たまたまゲーム理論の授業を受けたのがきっかけで、そちらの道に進むことを決めました」

 

――ゲーム理論の魅力とは?

「自分の得意な数学を使えるのが大きかったですね。社会のことを論じる時には色々な考え方がありますが、そこで『数学を使う』というのが面白かった。いったん社会状況を数式に落とし込んだ後は、分析自体には誰もが同意できる。『3+5=8』というのは誰もが同意することですよね。もちろんどのように数式に落とし込むかには議論のしどころがあるわけですが、このように、ある程度納得のできる形で社会のことを分析できるのが魅力ですね」

 

ーーこのゲーム理論は政治学や経済学だけでなく、色んな分野で使えるとうかがっています。スポーツでの応用というと、どんな可能性があるとお考えでしょうか?

「応用にもいくつか意味合いがありますが、有名な例だとPKの分析。キッカーがどの方向に蹴るか選ぶのとほぼ同時に、キーパーもどの方向に跳ぶかを選びますよね。これは、ゲーム理論における『同時手番のゲーム』と言われる状況と似ています。『キッカーやキーパーがどの選択をするか』という確率を事細かに分析して、結果がナッシュ均衡(お互いがベストな反応をしている戦略の組み合わせ)になっているかをチェックした研究もあります。他にも、テニスのサーブを打つ方向などでも同様の分析が可能です。このように、スポーツの試合で何が起きるかを分析するのに役立てられると思います」

サッカーのPK戦も「ゲーム理論」では、キッカーとキーパーが戦略を確率的に選ぶ「混合戦略」として分析できるという。 Photo:getty images

ーー実際に、プロのクラブで活用されている例はありますか?

 「スポーツの試合で作戦を立てるのに使うような例は、私は聞いたことがありませんね。スポーツビジネスでは、活用されていることもあります。たとえばスポーツ観戦チケットをどうやったら売れるか、いかにして欲しい人へ効率的に配分するか、という販売戦略です」

 

ーー数学的手法を用いて貧乏球団を強豪へと導く「マネー・ボール」という映画では、「セイバーメトリクス」という統計学的な分析手法をスポーツに応用していました。

「先ほどのPKの話は、マネーボールの話に少し似ていると思います。たとえば『左利きのキッカーは、右に蹴りやすい』というデータがあれば、キーパーがそれを考慮して跳ぶ方向を決めるとか。ジャンケンで考えると、分かりやすいと思います。自分が勝ったら相手は負けるから、スポーツと少し似ています。ジャンケンのナッシュ均衡は、グー・チョキ・パーを3分の1ずつ均等に出すというもの。PKも同じことで、キーパーが右・真ん中・左に跳ぶ確率を、それぞれ導き出します。これらの確率は、たとえば『左利きのキッカーだったら右に蹴った方が入りやすい』といった情報も考慮します。要するに、選択肢の中からどういう割合で選ぶのが最適なのかを分析できるかもしれない、ということです。もちろん、『キーパーは絶対右に跳びます』のような言い方はできませんけどね」

 

ーーどちらかと言えばプレイヤー視点よりも、チームをマネジメントする側の視点の方が応用しやすいのですね。

「簡単に思いつくところでは、そうかもしれませんね。もう1つ例を挙げましょう。実際にプレーしている立場で言えば、レピュテーション(評判)を築き上げていると、それが有利に働くことがあります。つまり、自分がある行動をすると約束されている状況だと、その影響で相手が行動を変えてくれるということです。たとえば、またサッカーの話ですが、監督はすごくプレーがラフなディフェンダーの配置場所を調整することで、相手の攻めるルートを誘導できます。本当に攻めてこられるとファールして困るようなディフェンダーだとしても、皆そちらに攻めたくないからファールは起きず、結局監督のチームは得をするのです」

 

ーースポーツでの応用と考えると、意思決定的な部分ですよね。相手がなぜこう思うかという面では、プレイヤーの視点からでも使えるのかと。

 「そうですね。あとは、個人競技でも駆け引きはありますよね。たとえば、クライミングだと与えられた課題にしたがって、いくつかの壁を登ります。序盤の課題で上手く行かなかった場合、リスクを背負ってでも次の課題で上手く登らないといけません。この時、他人がどれくらい登れたのかを計算しながら、自分がどれくらい登るべきか考えます。でもよく考えると、自分が上手く登れないということは、おそらく他の人もあまり登れていないだろう、と予想することもできますよね。そういったケースでは、ゲーム理論的な発想を使えるでしょう。そこまで精密な計算はできないかもしれませんが」

クライミングは個人競技ながら、競合相手との見えない「読み合い」が存在する。 Photo:getty images

ーー同じ個人競技で言うと、格闘技でゲーム理論的な発想を使った場合はいかがでしょうか?

「たとえば3ラウンド制の1、2ラウンド目で負けているなと思ったら、3ラウンド目でリスクを背負ってでも攻めないといけないでしょう。そして、おそらく勝っている相手もそのことは分かっていますよね。だから、相手の変化に対応した攻め方、守り方はできると思いますね。例えば、先日行われた2・28『RISE ELDORADO 2021』での那須川天心選手は、1、2ラウンド目で優位に進めていたので、3ラウンド目で相手はアグレッシブに出てきました。それは那須川選手も分かっていたはずで、相手の変化に対して備えをしていたのはゲーム理論的な発想だと思います」

 

ーーゲーム理論の発想は相手の思考を読んで、自分の置かれている立場を1歩引いて考えることですよね。俯瞰した思考が必要という意味で、スポーツに近いものを感じました。鎌田さんの中で、ゲーム理論を通じて伝えたい、期待したいのはどんなことでしょうか?

 「やっぱり、『16歳からのはじめてのゲーム理論』の最終章に書いてあることを強調したいですね。『相手が何を考えているか』に思いを巡らすことが大事です。そう考えると、自分が難しい状況に立たされた時も、『困ったり苦しんだりしているのは自分だけではないんだ』と分かることもあると思います。そう考えることで、マインドセットも、行動も、変わってくる可能性があると思います」

 

Photo: Jim Block

PROFILE

鎌田雄一郎(かまだ ゆういちろう) | カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院准教授
2007年東京大学農学部卒業、2012年ハーバード大学経済学博士課程修了(Ph.D.)。イェール大学ポスドク研究員、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院助教授を経て、テニュア(終身在職権)取得、現在同校准教授。専門は、ゲーム理論、政治経済学、マーケットデザイン、マーケティング。著書に『ゲーム理論入門の入門』(岩波新書)、『16歳からのはじめてのゲーム理論』(ダイヤモンド社)

 

2021/04/16(fri)~04/18(sun)
「SPODUCATION biz Festa」を開催!

4月16日(金)~18日(日)の3日間、ビジネスパーソンに向けたオンラインイベント「biz Festa」を開催。スポーツで培われたノウハウが、ビジネスでも応用できることを紐解くべく、「ビジネス」と「スポーツ」のスペシャリストが集結します。ビジネスに役立つテーマごとに、多数のスペシャルトークセッションでお届けする大型オンラインイベントの続報にご期待ください!

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