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【4/16~18 biz Festa Preview#05】 ニューノーマル時代にマッチするアスリート的人材育成法とは?/坂井伸一郎

「SPODUCATION」では 4月16日(金)~18日(日)の3日間、ビジネスパーソンに向けたオンラインイベント「biz Festa」を開催する。スポーツで培われたノウハウが、ビジネスでも応用できることを紐解くべく、ビジネス書のベストセラーを生み出す有名著陣とアスリートが激論を交わす。数多の企業のビジネスパーソンを指導してきたスペシャリストたちと、トップアスリートの邂逅は、どのような“解”を生み出すのか。現状打破に日々を捧げる現代ビジネスマンに向けた大型オンラインイベントを前に、“ビジネスサイド”のゲストのインタビューを紹介していく。

『残念な部下を戦力にする方法』フォレスト出版/204ページ/1650円(税込)

働き方改革やコロナウイルスの影響で、人々の生活スタイルも大きく変化している。リモートワークの増加にともない、対面でのコミュニケーションが減少した方も多いのではないだろうか。そして上司と部下、コーチと選手といった人間同士のつながりが欠かせない「人材育成」も、新たなフェーズに移行しつつある。そこで、アスリートの競技成果を向上させる座学プログラムを「ビジネスにも活用できる」として注目されているのが「スティッキー・ラーニング」だ。「絞って伝えて、反復させること」をポイントに、上司を悩ませる部下を「戦力」に変える指導法で、プロ野球球団ほか多数の企業研修で指導する坂井伸一郎氏にインタビュー。チームビルディング・教育研修のプロが語る、これからの時代に求められる人材育成とは?

 

人生の中で見出した「人材育成×スポーツ」の可能性

ーーまず坂井さんのスポーツとの関わりについておうかがいしたいのですが、名テニスプレーヤーの坂井利郎(としろう)さんの甥でいらっしゃるそうですね?

「はい、私の父親は3人兄弟の長男で、三男が利郎叔父さん。利郎叔父さんの息子の利彰(としあき)君は、現在慶應義塾體育會(たいいくかい)庭球部で監督を務め、テニス解説でも活躍しています。利郎叔父さんとは家が隣同士でした。私が中学生の頃はいとこにあたる利彰君と一緒に久我山にある『朝日生命』のテニス教室にも通いました。当時の朝日生命テニス教室(朝日生命TK)は日本を代表する強豪ジュニア選手を多く抱えるクラブでしたので、スポーツやトップ選手にはとても近い環境でした」

ーーテニス界一家の中で育たれたのですね。テニスは社会人3年目まで続けられたとうかがっています。

「私は何の実績もありませんが(苦笑)。『高島屋』に勤務していた当時は、テニス部のリーグ戦に入社3年目まで出場していました。『百貨店リーグ』というのが実業団のテニスリーグとは別にあって、それに高島屋の選手として出場していたのです。百貨店リーグの試合に、会社から出勤扱いで選手として出るのが月1回。また高島屋は当時『三和銀行』系列でしたので、それら系列企業が集まる大会があって、そちらにも年に春秋1回ずつ出場していました」

ーー仕事を続けていく中で、スポーツの割合が減っていったのでしょうか?

「そうですね。私が13年間働いた高島屋で所属していたのは食料品フロアー・事業開発・経営企画などで、スポーツとは全く関係ないものばかりでした。入社3年目までは試合に出場していましたが、それ以降は完全にスポーツは趣味。35歳で高島屋を辞めてからは5年間ギフト系のベンチャー企業で働いたのですが、やはりスポーツとは全く無縁で。スポーツと趣味以外の接点を再び持ったのが、40歳での起業でした。起業にあたっては、『人材育成に新しい価値を提供できるようなことを始めたい』という強い想いがありました。ですがすでに人材育成のビジネスは出揃っている感があり、それでも『今から参入できてまだ誰もやっていない、ビジネスチャンスがあるマーケットはどこかな…』と真剣に考えました。そして起業するからには、自分が一生飽きずに情熱を持ってやり続けられるビジネスでなければなりません。色々考えた末に、『やっぱりスポーツに関わる仕事がしたい。スポーツ×人材育成で社会に価値を提供したい!』という結論に至り、今につながっています」

ーーなるほど。人材育成も企業を考えた背景には、高島屋での経験が大きく関わっているのでしょうか?

「はい、高島屋での最後の1年半くらいで担当した仕事が大きいですね。私が入社した平成5年当時は社員であれパート・アルバイトであれ、百貨店の建物の中で働く人の約7割は百貨店から給料をもらっていました。でも私が辞める平成18年頃は逆に、約7割は百貨店から給料をもらっていなかったのです。たとえば百貨店内の有名ブランドの販売員なら、そのブランドで採用され、そのブランドから給料をもらっている人が働いています。さらには百貨店のショッピングセンター化によりレストラン街が充実したり、カジュアル衣料や雑貨小物、家具生活雑貨などの大手有名チェーンがテナントとして入っていたりして、そこで働く人達もみんな百貨店からは給料をもらっていないんです。でもその建物は百貨店ですし、そこにくるお客様は百貨店のクオリティーを求めています。そんな環境変化の中で『高島屋の建屋の中で働くすべての人達に、いかにして高島屋にロイヤリティ(忠誠心)を持ち、かつ高島屋ファンのお客様に満足していただけるクオリティーのサービスをしてもらうか?』、というプロジェクトを担当しました。ですから、高島屋の人事部が高島屋の社員やパート・アルバイトにこれまで行っていた教育研修とは全く異なるインセンティブ(意欲を引き出すための制度)や人材育成の体系を新たに考える必要があったんです。私が担当をしていた間には結局私はなんの成果も産むことはできなかったのですが、その仕事を進めていくうちに、社会では人々の働き方の大きな変化が起きつつあることを知り、人材育成に求められるものもこれから大きく変化していくのだということが見えてきたのです。その頃の私は、人材育成というのは会社が給与と人事権という支配力の下で行うのが常識だと思っていました。でもそうではなくて、もっと緩やかなつながりの人達をどうやって育んで戦力にしていくかがこの先問われていくのだということを教えてもらったんです。そしていざ自分が5年のベンチャー経験の後、起業しようと考えた時に、その学びを思い出しました」

ーーその仕事を経験して人材育成に対する見方が変わり、スポーツと人材育成を掛け合わせるビジネスにつながったのですね。

「世の中にある既存の教育研修サービスではカバーできていない、と私が感じた具体的なターゲット人材像は、働き方への固定観念がなく自分らしく生きていきたいと考えている人達。そういう人達の特徴としては、仕事に対するロイヤリティ(会社や組織に対するロイヤリティではありません)が高い、プロフェッショナル意識が高い、短期成果を求める、というところがあると思っています。そういう人達向けの人材育成サービスを提供できるプロフェッショナル集団になろうと考え、その象徴的な人達向けの事業からスタートしようと目を凝らして見つけたのが『プロスポーツ選手』だったのです。自分にできる限りの調査を行いましたが、プロスポーツ選手に特化した人材育成サービスを提供する企業はみあたらなかったので、ここを軸にビジネスを始めていきました。もちろん、プロスポーツ選手を対象に実績を重ねれば、アマチュア・学生と裾野を広げていける可能性は高いだろうし、既存の研修サービスに不満を感じ始め、時代の変化に対応している人材育成サービスを求める一般企業から『プロスポーツチームや選手が採用している人材育成サービスに興味がある』との問い合わせもくるだろうというマーケティング的な狙いもありました。おかげさまで、現在はプロ・アマ問わずスポーツ選手向けの人材育成サービス事業と、そのメソッドやプログラムの転用・応用に興味を持つ一般企業向け人材育成サービス事業の両方が順調に育っています」

ーー芸能人向けの教育研修も!?

「ええ、スポーツ選手向け事業よりさらにニッチですが(笑) 芸能人の方々もやはりスポーツ選手と似ていて『働き方への固定観念がなく自分らしく生きていきたいと考えている人達』が多いんです。そういう方々のために、短期間で目指す自分に近づくために必要な人材育成サポートをさせていただいています。例えばAO入試制度を使って大学受験をされる方や、スポンサーさんとの会食に備えてビジネスマナーを習得したい方、海外で活躍するための語学習得、芸能界で成功するための目標設定やコーチング、メンタルカウンセリングなどの支援をさせていただいてます。新しい時代を自分らしく飛び回り生きていきたいと願う人達のための人材育成サービスであれば、なんだって提供していきたいと考えているんです。ちなみに当社の名刺には『どこにもない学びの場がここにある』と書かせていただいてます。これが私達がこの社会に人材育成企業として存在していく『目的(Purpose)』であると考えているんです。」

 

スティッキー・ラーニングの根本思想
やる気のない子を即戦力に

ーー「スティッキー・ラーニング」についても、お聞かせください。米国の神学校で宣教師を育成するためのプログラムがもとになっていると著書で知り、意外だなと思いました。どういった経緯で、神学校に着想を得たのでしょうか?

「私達が求める人材育成の方向性に近かったのが、米国の宣教師の育成プログラムでした。アスリートの方はホワイトカラー(事務職)と違い、研修のために半日や1日という長い時間を確保できませんし、するべきではない。事業開始当初、どんなにスポーツチームに営業をしても、研修に必要な時間を聞いた途端に断られてしまう。『どれ位の研修時間なら可能ですか』と聞くと、60分~90分位というご意見が多数でした。しかも、学ぶことよりもそれがどのような成果に結びつくのかにしか興味がないという声が多くて。『それをやることで、選手のタイムはどれだけ早くなりますか?』『ホームランが何本増えますか?』という話が出てくるわけです。これは目から鱗でした。企業の教育担当の方からはめったに聞くことができなかったパワーワードです。でも教育や研修をなぜ行うのか?という本質に立ち返るならば、むしろここを『気づき』や『学ぶことそのものに意味がある』、『いつか役立つ時がある』なんていうあいまいな言葉で逃げていたことを恥ずかしく感じるようになりました。現実は私達のサービスでホームランを5本増やすようなダイレクトな成果を生むことはまだ難しいのですが(…あきらめてはいません!)、でも『短時間で成果を予感させるような兆しを手にできる人材育成サービスを提供する必要があるのだな』ということは良く分かりました。それで、『短時間で』『学習コンディションが良好ではない状態でも(スポーツ選手の場合、練習と試合の合間を縫って学習するため、疲労・ストレス・落胆や高揚といったノイズを排除できません)』『比較的即効性がある』と評価されている人材育成法がどこかにないか、いろいろと探したんです。調べていくうちに、スティッキー・ラーニングのもとになる米国の神学校で行われている育成プログラムが出てきたのです」

ーーなるほど。神学校の育成プログラムには、どのような特徴があるのですか? 

「神父さんを目指すための学校なのですが、真面目な子もいる一方、やんちゃ坊主といった子も多いようで。そういう子たちの中には座学を苦手とする子も一定数いて、それでも即戦力のプロフェッショナルにしていくための、試行錯誤の末にたどり着いた人材育成論が紹介されていました。それは脳科学をヒントにしていて、いかに大切なことを絞り込んで伝えていくか。いくら伝えても3歩進んで5歩下がるようでは全然成長しないので、できるだけ忘れにくく伝え・伝わるための工夫、短時間でインパクト強く教えるための工夫が必要だとわかりました。そこに書かれていた方法論や成功事例を手掛かりにして、そこからは自分達の経験や知っていることを注ぎ込んで広げていきましたね」

 

ーー座学を苦手とする子を即戦力にできるのが、米国神学校の育成プログラムだったのですね。それをもとに生み出したスティッキー・ラーニングが、スポーツ選手の成果につながっているかと思います。実際にスポーツで変化が出た事例について、お聞かせください。

「研修と成果の因果関係を説明するのは難しいので、私達も正直100%の自信にはたどりついていません。研修を受けた翌月に打率が上がったとしても、私達の研修のおかげとは言い切れませんよね。ただ、明確に手応えを感じていることが2つあります。1つは、研修を採用してくださっている主なスポーツチームが、これまでのところリピート率100%なのです。彼らは盲目的に私達を使っているのではなく、当然類似のサービスを探索し、比較検討をしているでしょう。それでもうちが選ばれ続けているということは、私達のやっていることが他に類がなく、望ましい変化や効果・可能性を感じていただけているということだと受け止めています。私達からは見えないところで、研修を受けた選手に変化が生じているのだと思います。某球団の育成担当の方から聞いた話ですが、その球団のある選手は座学をあまり好んでいなかったそうなのですが、何回か私達の研修を受け続けるうちに、『今日の研修はホープスですか? (育成担当「そうだよ」) よっしゃ!』のように言ってくれるようになったのだそうです」

 

 

ビジネスもスポーツも、
相手に合わせた教え方が大切

「もう1つは、特に数年間継続して研修を受けている選手を見ていると、私達の目にも変化が見えることがあります。研修1年目は意見を求めても冗談でしか返してくれなかった選手がいます。でも2年目、3年目と続くと、筆記用具を持参するようになったり、自ら要所要所でメモを取ったりするようになりました。また別の選手は研修終了後に残って講師に質問をするように変化したり、さらにはチームを通じて私達に講師の連絡先を問い合わせてきて、その後自分でお金を払ってその講師が提供するパーソナル指導のサービスを購入するまでの変化を見せた選手もいます。そういう場面を見ると、私達が伝えたいと願っているものが確かに届いているのだなと感じます。」

 

ーー練習や試合を終えたばかりのスポーツ選手にとっては、研修はつらいものではありませんか?

「スポーツ選手が練習や試合を終えて、クールダウンしてシャワーを浴びた後に研修室へと集められて、椅子に座って座学を受けるわけですからね。彼らのメンタルやフィジカルの状況を考えれば、当然嬉しいはずがありません。ですから最初は柔らかい話から入っていったり、疲れていても興味を持つような話でぐっと引き付けたりする必要があります。そうでなければ何も彼らには届かない。これはスポーツ選手の現場・現実をリアルに知っている人であれば誰にでもわかることです。でも、そこに対する想像力が足りない講師の方は少なくないようですよ。過去には講師である自分を受講者より上に置いてみたり、『おれがこんな良い話をしているんだ、それを活かせないなら君たちの責任だ』のようなことを言葉や態度で表す方もいたというのは、様々なスポーツチームや団体から良く聞く話です。私達は、スポーツそのものや選手に対する理解、リスペクトを大切にしています。たとえば某プロ野球球団でのケースですが、研修開始と同時に突っ伏して寝た選手がいたんです。そんな時に私達が最初に考えるのは『なんて態度だ?!』ではなく、『彼の今日の練習・試合での強度やダメージはどんなものだったんだろう?』です。すぐにチームスタッフの方に確認をし、その選手にリカバリーの時間が必要であり、研修を受けるのが難しいのであれば、『彼は今日は座学を免除して、この時間は部屋で寝かせてあげた方がいいのでは?』と提案します。学べるコンディションにない選手を研修室に縛り付けて、座り心地の決して良くない椅子に座り硬い机に伏せて寝ることは害でしかありませんから。そういう所が、私達が継続的に多くのスポーツチームや競技団体から受け入れられている理由だと思います」

 

ーー巨人、阪神、ヤクルト、西武、ロッテといったプロ野球球団が何年にもわたってホープスさんの研修をリピートされているということは、みなさんがその成果を実感しているのでしょうね。坂井さんの著書によると、昨年は企業からの研修依頼が前年比で5倍に増えたそうですね。スポーツ選手を強化する目的で作ったプログラムが、ビジネスでも急速に支持を得るようになってきた理由をどうお考えでしょうか?

「私が思うには、2つあります。1つは、スポーツの社会的価値が年々上がってきている事。東京オリンピックを始めとした様々な理由があって、スポーツから転用できることに関心を持つ人が増えてきていると思います。もう1つは、若手社員に行う教育研修の前提が変わってきている事。以前のように、基礎的な学ぶ意欲やその企業に対する高いロイヤリティを前提として設計される研修では成果が期待できなくなってきています。スポーツ選手と同様に『これを学ぶとすぐにプラスがあるよ』とわかる提示、もしくは相手に合わせた教え方・伝え方をしないと、発信者が期待するようには受け取れない若手社員が増えてきているのです。この2つの理由によって、スポーツ選手向け研修をやっている私達への注目が高まってきているんじゃないかなと思います」

 

ーーなるほど。実際に、スポーツからの学びが企業サイドから求められていると感じる場面はありますか?

「スポーツ選手を対象として作られた研修コンテンツに興味を持つ方は増えていますね。チームビルディングや目標設定、リーダーシップ、味方の増やし方など、スポーツと関わりの深いコンテンツへの問い合わせがとても多いのです。逆にスポーツとはあまり縁がないコンテンツ、たとえばエクセルの使い方やプログラミング、会計やビジネスマナーをうちの社員に教えてください、という依頼は来ません(笑)。それから『スポーツ選手でも飽きずに学べるプログラムを生み出している』という信頼感を持ってくださる方も多いです。実際に、『プロ野球選手が飽きずに学ぶ研修ならば、うちの社員達も学ぶんじゃないかと思って電話しました』というケースもあります。その辺りが、スポーツで培った私達のノウハウの中で、ビジネスサイドからも求められるところなのかなと思います」

ーープロ野球球団の方からは、リピートという形で成果を感じているというお話でした。企業からも、成果を感じる場面はありますか?

「たとえば『研修を受けた店の売り上げが何%増えた』とか、そういうのはありません。でも、『最初から最後まで誰も寝なかった研修は初めてです』といった、お褒めの言葉をいただくことはあります(笑)。あとはスポーツチームと同じで、リピートしていただけるのがやはり分かりやすいですね。この辺りが今、私達が確認できている成果です」

スポーツチーム・団体や企業が、坂井氏が開発した「スティッキー・ラーニング」を続々と導入。累計の受講者数は1万人以上にのぼるという

 

コミュニケーション量に依存しない
「アスリート型 チームビルディングプログラム」で時代の変化に対応

「企業ニーズで最近一番実施が増えているのは、『リモートワーク時代のチームビルディング』というタイトルの研修です。従来の仕事環境におけるチームビルディング系研修では、『コミュニケーション量を増やすことで関係が良くなり、コミュニケーションの質が高まる』というロジックが主流でした。でもリモートワークが増えてきたことによって、コミュニケーション量を増やすことを前提としたチーム作り・チーム成果の創出が出来なくなっているのです。それでも組織はチームで動かなければならない。ではどうするか?そこで企業の人事部や人材育成部門の方から関心を集めているのが、コミュニケーション量に依存しない『アスリート型 チームビルディングプログラム』です。スポーツの世界では、異なるチームのメンバー同士が招集されて、高い目標に向けてハイパフォーマンスを発揮し、期限までに成果を上げることを求められる場面がありますよね。オリンピックや国際競技大会での日本代表チームがそれです。そういう場合に活用できるチームビルディングのメソッドを、私達は持っています。これは私達が何年にもわたって様々な競技の様々なエイジやカテゴリ(U18日本代表やA代表など)のチームに提供してきたプログラムです。最近すごく問い合わせが多くて。ビジネスの世界で、チームで働くことへのニーズ変化が起きていると感じますね。飲みニケーションが大事だとか、世代間ギャップを理解しろ、みたいな話がナンセンスになってきているのだと思います。年齢や経験に囚われず、メンバーの個の力を最大限引き出すためのメソッドが『アスリート型 チームビルディングプログラム』の中核です」

 

ーーなるほど。マネジメントする側にとって大切なのは、まずは「部下やメンバーを信じる」ということでしょうか?

「おっしゃる通りですね。相手に合わせることを大前提としたマネジメントスタイルを取らないと、伝えても伝わらない時代です。1つの仕事を大人数で分け合っていた昔であれば、『あいつはダメだから』と放っておいても良かったのかもしれませんが、今はそういう時代ではありません。目の前にいる1人ひとりを貴重なチームのリソースであると捉え、責任を持って戦力にしていくことが、先輩やリーダーには求められています。部下やメンバーの能力や可能性を信じる、そしてそれぞれに合った伝え方をしていく。スティッキー・ラーニングというのは基本的にはコンテンツではなく、デリバリーのテクニックです。OJTやOne on One、マナー研修、会計やリスクの研修であっても、スティッキー・ラーニング的な伝え方、向き合い方を取り入れることは可能です」

ーー著書にはスティッキー・ラーニングについて詳細に書かれていますが、ポイントは「10を3つに絞って繰り返す」ということですよね。初めてスティッキー・ラーニングを学ぶ方に、あらためて坂井さんからご解説いただけますでしょうか?

「ポイントはとにかく伝える内容を絞る事。10伝えたい事があっても本当に大事な3つに絞っていく。これが実はとても大切で、大抵の場合伝える側が『伝えなければ』と思っていることの半分は、『自分が伝えたいと思っているだけ』であり、本当に伝えなければならないことではないのです。それから、相手に合わせた伝え方をする事。人間は五感を通してしか情報を受け取れないのですから、相手の五感に合わせることが大切です。ただし本に書いた通り、場面によってやり方は細かく変わります」

 

相手の話を聞き出すポイントは、
場所や環境の使い分け

ーー「五感に合わせる」というのは、まさにスポーツとリンクする部分ですね。ただ、スポーツだと五感についてイメージしやすいものの、ビジネスだと難しいですよね。何か、簡単なヒントはありますか?

「1番シンプルな例は、社員食堂。光の加減やかすかな匂い、椅子の座り心地、そういう五感からキャッチする情報が身体に対してリラックスの信号を出します。だから、社員食堂で会社の戦略のような突っ込んだ話をしようとしても、身体が無意識に受け付けません。似たようなケースでは、説教する部屋と褒める部屋を同じにしておくと、せっかく褒めていても褒められた感覚が相手の中に残らないのです。『説教かもしれない』というスイッチが先に入ってしまうからです。会社の中で1番実践しやすいのは、場所や環境を使い分けることですね。叱る場所、褒める場所。頭を使って深く考える場所、カジュアルな話をする場所。会議室での座り方にしても向き合うのか、横に並ぶのか。たったそれだけの違いで相手への伝わり方が変わってくるというのが、スティッキー・ラーニング的な考え方なのです」

ーー場所や環境の使い分けが大事なのですね。坂井さんご自身も、実践されているのでしょうか?

「もちろんです(笑)。うちの一番若い社員は25歳です。年齢は私の半分ですし、立場は社長と最若手の違いがあります。普段仕事の話をするときは、自分のデスクやミーティングスペースですが、『最近どうなの』とか『困っていることないの』とか彼の本音を聞きたい時は、あえて違う社員の席に私が座って彼に肩もみをしてもらいながら話すんです。私は身長が186cmあるのですが、彼は170cmくらい。だから立って話せば当然私が彼を上から見下ろすことになるし、座っていても社長の席では、彼はかしこまってしまう。でも肩もみしてもらうことで彼は私を後方から見下ろし、私の目を見ずに話せます。そういうシチュエーションを作り出すと、『実は最近…』とか『この間、友人と話していたら…』とか普段は出てこないような話が色々と聞けます。彼の普段見せないセンスや個性も見えたりします。上司が部下に肩揉みをさせることに賛否はあると思いますが(笑)、みなさんそれぞれの関係性やルールが許す範囲の中で十分ですので、場所や環境を変えてコミュニケーションをしてみることは簡単だけどパワフルなんです。こういうところも、スティッキー・ラーニングの面白い所ですね」

ーーなるほど。単純に五感と言っても、色々なとらえ方があるのですね。

「そうですね。あと研修でよくやるのは、『VAKテスト』。右利きや左利きがあるのと同じで、人間には『利き五感』があるのです。視覚(Visual)、聴覚(Auditory)、触覚(Kinesthetic)とありますが、どれから多く情報を得ているかは人それぞれ。そのテストをすると、自分や相手がどの感覚を重視しているかが分かります。このことを知らない指導者やリーダーが、スポーツにもビジネスにも結構多くて。自分が聴覚重視だと、やたら言葉で伝えようとする。でもそれを聞いている人が視覚重視だと、沢山しゃべられてもわかりません。それは相手の能力が低いからではなく、左利きの人に右手でボールを投げさせているのと同じこと。逆を言えば、相手が優先して使っている感覚に合わせて伝え方を変えてあげると、相手に伝わりやすくなるのです。たとえばホワイトボードを使って書いてあげた方が、視覚重視の人には届きやすい。こういうことを1つ知っておくだけでも全然変わるよと、スティッキー・ラーニングの中ではいつも話しています」

ーーマネジメントする側が正しい伝え方を知ることが、個々の戦力を上げていくことにつながるのですね。組織としての戦力を上げていくには、先ほどお話にあったチームビルディングについて学ぶ必要がありますよね。その根底にあるスティッキー・ラーニングは、チームの方向性というところにも応用できるのでしょうか?

「まさにその通りですね。チームビルディングで大切なことは3つあって、今のやり方のままコミュニケーションでなんとかしようとするだけではダメです。1つ目は、まずは個々が強みを徹底的に強化して際立たせるという事。実際、スポーツの世界は絶対そうですよね。チームというのは個の集合でできている。チーム強化の第一歩は個の強化であることは覆せない現実です。そういった意味でも個々の力を発揮させるためにスティッキー・ラーニングをマネジメントする側が理解しておくことは意味があると思います。2つ目は、少ないコミュニケーション量の中で相互理解するために、自分の強みを相手にもしっかり伝える事。そして発揮すべきタイミングで、ためらうことなく発揮する。自己主張と主体性が必要になってきます。3つ目は、目標の共有と目的の相互承認。この3要素がそろうと、コミュニケーション量に依存しないチーム力の強化ができます。これが、企業研修でも必要とされているのです」

ーーなるほど。先ほどもありましたが、少ないコミュニケーション量の中で伝え方を工夫していくことが大事。最近は『ニューノーマル時代』などと言われていますが、コミュニケーションを取る手段はリモート環境の中でも変わってきますよね。その中でも今後、必要になってくることは何でしょうか?

「やはり、個々がエッジを立てて自分を強化していく事。私なんかは起業して中小企業でやっていますが、『人材育成です、何でもできます』なんて言っていたら、ビジネスにならないわけですよね。だから『99%のことはできません、でもこの1%についてはプロフェッショナルです』としていかないと、誰からも選ばれませんし生き残れません。私達は、その戦略を取っているつもりです。今後は、1人ひとりの人間についても、こういった考え方が求められてくるでしょう。『高島屋で働いていました、使ってください』では、もう通らない。『高島屋の食料品フロアーで惣菜を担当していました、特に京都の和惣菜に関しては専門性が高いです』とやっていかないと、ニューノーマル時代に自分の付加価値を収入や、チャンスに変えるのは難しいと思います」

 

 

 

 

PROFILE

坂井伸一郎(さかい しんいちろう) | 株式会社ホープス 代表取締役
成蹊大学卒業後、株式会社高島屋に入社して13年間在職。販売スタッフ教育や販売スタッフ教育制度設計も担当した。ベンチャー企業役員を経て、2011年に独立起業。現在は教育研修会社の代表を務めつつ、自ら講師として年間50本・2500名(業界の偏りはなく、製造業・サービス業・金融業・病院・学校法人など多岐にわたる)の研修を行なっている。社会人研修の他に、プロスポーツ選手やトップアスリートに向けた座学研修の講師経験も豊富(年間のアスリート座学指導実績1000名超は、国内屈指の実績)。講師としての専門領域は、目標設定・チームビルディングなど。座学慣れしていないアスリートへの指導経験が豊富ゆえに、「わかりやすく伝える」「印象に留めるように工夫する」という指導法を用いる。この指導教育メソッドを体系化した「スティキー・ラーニング」は、アスリートのみならず、一般ビジネスパーソンにおいても、組織全体の人材レベルアップを図れると高く評価されている。

2021/04/16(fri)~04/18(sun)
「SPODUCATION biz Festa」を開催!

4月16日(金)~18日(日)の3日間、ビジネスパーソンに向けたオンラインイベント「biz Festa」を開催。スポーツで培われたノウハウが、ビジネスでも応用できることを紐解くべく、「ビジネス」と「スポーツ」のスペシャリストが集結します。ビジネスに役立つテーマごとに、多数のスペシャルトークセッションでお届けする大型オンラインイベントの続報にご期待ください!

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