日本で最初に「コーチング」を持ち込んだ日本最大のコーチングファーム「コーチ・エィ」の代表を務める鈴木義幸氏。ダイバーシティ(多様性)、課題の複雑化、イノベーションの必要性が求められる現代社会において、人の主体性に働きかけるアプローチは必要不可欠だ。これまで200人を超える経営者のエグゼクティブ・コーチングを行い、企業の組織変革を行ってきたコーチングのスペシャリストが、スポーツの領域を例に、日常で活用できるコーチング・スキルを連載形式でお届けする。
目次
コーチングにおける「成功体験」の危うさ
以前、現在ロッテマリーンズのピッチングコーチを務める吉井理人さんに弊社にお越しいただき、講演をしていただいたことがあります。
吉井さんはメジャーに挑戦されましたが、当時、日本には他の魅力的な選択肢もあったそうです。それでもメジャーへの挑戦を選んだのは、もっと新しい刺激を受け、新しいことを学びたかったからだとおっしゃっていました。
吉井さんは、ニューヨーク・メッツで、コーチのボブ・アポダカに出会います。ところが、コーチであるボブは、自分に何も教えてくれない。三日経っても一週間経っても、何もない。じりじりして、吉井さんはボブに「なぜ何も教えてくれないのか」と尋ねました。するとボブにこう言われたそうです。
「何を言っているんだ。おまえ以上におまえのことを知っているのは、このチームにいないんだ。だから、おまえのピッチングについて俺に教えてくれ。そのうえで、どうしていくのがベストの選択かは、話し合いながら決めていこう」
吉井さんの正確な表現は覚えていませんが、こういった内容のことを言われたとおっしゃっていました。
講演後の食事の席で、吉井さんは、日本の野球界のコーチングに関する問題意識を熱く語ってくださいました。日本の野球界では、選手として活躍し、実績を残した人がコーチになります。彼らには、自らの成功体験からくるセオリーがあります。簡単に言うと、それを選手に押し付けてしまうのです。たとえば往年の名投手だったある選手は、コーチになって、全ての投手に一様に毎日300球投げさせたそうです。肩が壊れる選手が出てきてもどこ吹く風。
「そいつが弱いんだ。俺はそうやって勝ってきたんだから」
さすがに今はそこまで「昭和な指導」は多くないかもしれませんが、コーチ側の理屈を押しつけるというスタイルのコーチングは、まだまだ多くのスポーツ界で残っているのではないかと思います。
一般的な見解が、必ずしも一般ではない
しかし、吉井さんのコーチであったボブ・アポダカが言うように「お前のことはお前にしかわからない」のが真実です。つまり「相手のエキスパートは相手」。
ゴルフなんかをやっていると、このことを痛感します。こちらの少し調子が悪いと、一緒に回っている人の中でいろいろ言ってくる人がいるわけです。
「もう少し力を抜いて、捻転をきかせて、切り替えしをゆっくりしないと、腰が先に行かないよ」
力があって、身体が基本的に柔らかい人には、このティーチングは当てはまるでしょう。ですが、力があまりなく、身体が堅い人は、そんな風にやったら、ボールは飛びません。だいたい「力を抜け」と言う人がよくいますが、もともと力がある人が力を抜くから飛ぶんであって、力がない人が力を抜いたら本当に飛ばないのです。ドラコンプロでアジアチャンピオンになった方も「人によって違うんですよー」とおっしゃっていました。
自分にとっての「当たり前」、世の中で言われている「一般的な見解」が、相手にもそのまま当てはまるわけではないのです。なぜなら、人はみんな違うわけですから。
見落としがちな「人はみんな違う」という当たり前の原則
しかし、この「人はみんな違う」という当たり前の原則を理解しているコーチ、そして、上司が意外に少ないのが現実です。
以前、ある高校のラグビー部のコーチを対象に、コーチングの指導をしたことがあります。コーチたちは、その学校ラグビー部のOBで、今は社会人。週末コーチをしにくるという人たちです。
その高校には、ウィング(端っこにいてトライを取るポジション)に足の速い子がいました。ですから、戦略的には、相手陣に入ってチャンスが訪れたら、スタンドオフ(バックスをリードする司令塔)から、ロングパスを放って、できる限り早くウィングの子にボールを持たせたい。ところが「チャンス!」という時に限って、スタンドオフの子のボールが乱れてしまう。そこで、コーチは叫びます。
「よく見ろ!」
選手にしてみれば、そんなことはわかっているわけです。わかっているけどうまくいかないから、困っている。「よく見ろ!」と言って問題が解決すればいいですが、解決しないのであれば、それを繰り返してもあまり意味がない。
「俺はそういう時に、良く相手を見るようにしたんだ。そうしたらうまく投げられた」
それでは通用しません。なぜ、チャンスにロングボールをいいところに投げられなくなるのか、スタンドオフの子自身が言語化できていないのですから。
押し付けるのではく一緒に考える
とはいえ、「相手のエキスパートは相手」です。言語化はできていなくても、その理由について一緒に探索してくれる人がいれば、彼は、その理由を突き止めることができます。そこで、彼に尋ねました。
「ここぞという時に、何が起こるんだろう?」
「その時、何を見てしまうがことが多いのかな?」
「体の状態、特に、ボールを受ける手や腕はどんな感じになる?」
「チャンスというとき、どんなことを瞬間的に思うんだろう?」
こういう問いを一緒に考えていくと、チャンスになると「ここで決めなければ」と思って腕がこわばり、柔軟性がなくなってしまうことや、相手のディフェンスばかりに意識が向かい、味方のポジショニングへの意識が薄くなること、結果的に、適切な位置へのロングパスが投げられないということがわかってきます。
起こっていることに自分で気づくことができれば、少しのヒントやサポートが必要であっても、あとそれを変えることはそう難しくありません。
自分の「怒り」を抑える方法も「相手」にある??
―#02後編に続く―
PROFILE
- 鈴木 義幸(すずき よしゆき) | 株式会社コーチ・エィ代表取締役社長
- 慶應義塾大学文学部卒業後、株式会社マッキャンエリクソン博報堂(現株式会社マッキャンエリクソン)に勤務。その後渡米し、ミドルテネシー州立大学大学院臨床心理学専攻修士課程を修了。帰国後、コーチ・トゥエンティワン設立に携わる。2001年、株式会社コーチ・エィ設立と同時に、取締役副社長に就任。2007年1月、取締役社長就任。2018年1月より現職。
200人を超える経営者のエグゼクティブ・コーチングを実施し、企業の組織変革を手掛ける。また、神戸大学大学院経営学研究科MBAコース『現代経営応用研究(コーチング)』をはじめ、数多くの大学において講師を務める。20年ぶりの大改訂版を上梓した『新 コーチングが人を活かす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)他、『コーチングから生まれた熱いビジネスチームをつくる4つのタイプ』『リーダーが身につけたい25のこと』(ディスカヴァー)『新版 コーチングの基本』(日本実業出版社)など著書多数。
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