日本で最初に「コーチング」を持ち込んだ日本最大のコーチングファーム「コーチ・エィ」の代表を務める鈴木義幸氏。課題の複雑化、ダイバーシティ(多様性)、イノベーションの必要性が求められる現代社会において、人の主体性に働きかけるアプローチは必要不可欠だ。これまで200人を超える経営者のエグゼクティブ・コーチングを行い、企業の組織変革を行ってきたコーチングのスペシャリストが、スポーツの領域を例にコーチング・スキルを連載形式でお届けする。
目次
監督に課せられる大きなテーマ
スポーツのチームには、通常、監督とコーチから構成される幹部チームがあります。企業でいうところの、社長と役員から構成される経営チーム。スポーツのチームが、チームとしてのパフォーマンスを高め、結果を手にするためには、一般的にはこの幹部チームが「良いチーム」になっている必要があります。
「良い幹部チーム」とは、幹部チームのメンバーがお互いをリスペクトし、一つの目標に向かって力を合わせているチームといえます。ところが、実はこれがなかなか難しいのです。
考えてもみてください。日本の場合、監督もコーチも、大抵はかつての名選手です。競争を勝ち抜き、その種目の歴史に名前を残した人たち。だからこそ、それぞれに信条があり、ポリシーがあり、一家言がある。そんな人たちがチームとしてまとまるというのは、そう簡単な話ではありません。監督が言ったことに対して、コーチが「はい、はい」と単純に聞くかいうと、怪しいところがある。コーチ同士も、そう簡単にはお互いに同調しません。表向きは首を縦に振っていたとしても、本心は違う可能性がある。
もちろん、問題なくさっとまとまることのできる幹部チームもあると思いますが、私の知っている限りはあまり多くありません。つまり、「どこまで幹部チームの心を一つすることができるか」が、監督に課せられた大きなテーマの一つなのです。
過去の実績か、指導者としての訓練か
大リーグなどをイメージするとわかりやすいと思いますが、米国の場合は、必ずしも名選手が監督やコーチになるとは限りません。過去に競技ではまったく実績を上げなかった人であっても、指導者としての訓練を受けて監督やコーチになることがよくあります。ケガで選手生命を絶たれてしまって指導者の道を歩む人もいれば、最初から指導者の道を歩むという人もいるようです。むしろそういう人の方が大多数の選手の気持ちがわかる人が多く、チームを率いるうえでは利点となるのかもしれません。
ロサンゼルス・ドジャーズで名監督と言われたトミー・ラソーダさんは、その典型です。自身はメジャー通算0勝4敗で終わったピッチャーでしたが、マイナーで監督としての実績を上げ、メジャーの監督に抜擢されました。こういう人は、コーチたちをまとめるのもうまいわけです。少なくとも、メジャーの監督になった頃にはその術に長けている。それぞれのコーチの強みを引き出し、うまく幹部チームを機能させることができます。
一方で日本のプロ野球。指導者としての訓練を積むこともなく、引退した有名選手がそのまますぐに監督になることがあります。そうした監督やコーチが幹部チームに対して威光を放てるのは、過去にホームランをたくさん打ったからだったり、ピッチャーとして勝利をたくさん挙げたからだったりします。しかし、過去の実績がいくらあっても、そのこととよいチームをつくることは、別の能力です。最初のうちは、過去の実績にものを言わせて幹部チームをまとめることができるかもしれませんが、それだけでは長続きはしないでしょう。水面下では幹部チームがばらばらになっているという話も漏れ聞こえてくるようになると、次の組閣の時には、自分の親しいコーチを集めたりします。

野茂英雄のメジャー挑戦の成功の影には、当時ドジャースの監督だったトミー・ラソーダの存在があった。現役時代の成績は振るわなかったが、人心掌握の長け、指導者としてその能力を遺憾なく発揮した。/Getty Images
幹部たちと徹底的に話す
過去に、ラグビーのトップリーグの監督のコーチングをしたことがあります。テーマはまさに「いかに幹部チームをまとめあげるか」でした。ラグビー・トップリーグの幹部チームは、とても多様性のある集団です。選手はもちろん、監督もコーチも、いろいろな国から集まってきている。私がコーチングした日本人の監督の元には、ニュージーランド人、オーストラリア人、日本人のコーチがいました。
ニュージーランドとオーストラリアはラグビーのライバル国です。お互いそれぞれに主張があり、簡単には迎合しません。また、当時はまだワールドカップで日本チームが躍進する前でしたから、外国人のコーチは日本人のコーチをどこか下に見ている。もちろん日本人コーチはそのことを感じ取りますから、面白くないわけです。監督はとても人柄の良い方でしたが、コーチ陣をまとめることにとても苦慮していました。
そこで、何をしたか?
監督がとった行動、そして人が人を信頼するメカニズムとは?
PROFILE
- 鈴木 義幸(すずき よしゆき) | 株式会社コーチ・エィ代表取締役社長
- 慶應義塾大学文学部卒業後、株式会社マッキャンエリクソン博報堂(現株式会社マッキャンエリクソン)に勤務。その後渡米し、ミドルテネシー州立大学大学院臨床心理学専攻修士課程を修了。帰国後、コーチ・トゥエンティワン設立に携わる。2001年、株式会社コーチ・エィ(http://coacha.com/)設立と同時に、取締役副社長に就任。2007年1月、取締役社長就任。2018年1月より現職。
200人を超える経営者のエグゼクティブ・コーチングを実施し、企業の組織変革を手掛ける。また、神戸大学大学院経営学研究科MBAコース『現代経営応用研究(コーチング)』をはじめ、数多くの大学において講師を務める。20年ぶりの大改訂版を上梓した『新 コーチングが人を活かす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)他、『コーチングから生まれた熱いビジネスチームをつくる4つのタイプ』『リーダーが身につけたい25のこと』(ディスカヴァー)『新版 コーチングの基本』(日本実業出版社)など著書多数。
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