アスリートの競技成果を向上させる座学プログラムを、ビジネスなどあらゆる分野の人材育成メソッドに体系化した「スティッキー・ラーニング」を開発した坂井伸一郎氏。「絞って伝えて、反復させること」をポイントに、多業種のビジネスパーソンを 「戦力」に変えてきた人材育成のプロが、時代の変化に適応するチームビルディングの在り方についてお届けしてきた連載も今回で最終回。コロナ禍により激変した世界におけるチームビルディングの在り方と未来について解説します。
ニューノーマルのビジネスシーンで直面する難題
こんにちは、坂井伸一郎です。アスリート育成に倣う「新時代のチームビルディング」というテーマでコラムを書かせていただいておりますが、今回が最終回となりますのでここまでのお話を少し整理させていただきますね。
まずこのコラムの出発地は、今年4月17日に公開されたJリーグ チェアマンの村井満さんと私とのオンライン対談です。「結果を出すチームビルディング」をテーマに約60分に渡りお話をさせていただいたのですが、その中で村井さんは2つのキーワードを挙げておられました。ひとつは「“臨時”チームのチームビルディング」という視点、そして2つめは「コンセプトの重要性」です。ですので前回および前々回とこの2つのキーワードに対して村井さんのお話を振り返りながら、私の考察をコラム仕立てで書かせていただいてきたわけです。
では最終回はどう締めくくろうかと考えました。考えて出した最終回のテーマは「ニューノーマルのチームビルディングにおける、時間と空間の超え方」です。
今、主にビジネスシーンにおいてチームビルディングを必要としているみなさんは、二つの難題に直面しているはずです。
多数の世代の塊が同時に存在する時代
一つ目は「コロナ禍による仕事環境の変化」です。これはテレワークが増えているということに止まりませんよね。会議は縮減され、机を並べて仕事をしていれば自ずと生じていた隙間時間のコミュニケーションも躊躇われる状況。飲食を伴う会食(接待や飲みニケーション、自宅に同僚を招くなど)や業務時間外の懇親(休日を利用した会社イベントや仲間同士でのハイキングや小旅行など)は、やったら場合によっては懲戒のリスクがありますし、外出同行の際の「軽くお茶していこうか」や「飯食ってから事務所戻るか」も激減しているでしょう。
もうひとつは「世代間ギャップの混在」です。これまでも世代間ギャップは社会の中に常に存在していましたが、現在は価値観や行動様式が異なる「世代」と呼ばれる塊がこれまでになく多数同時に社会の中に存在しています。具体的には、団塊世代、ポスト団塊世代、バブル世代、ロスジェネ世代、ゆとり世代、Z世代といった感じです。
定年年齢の引き上げ、再雇用制度の一部義務化、フリーランス・個人事業主という働き方の一般化、さらには技術や価値観が変化するスピードが劇的に加速していることによって、社会に影響を与え始めるタイミングが低年齢化していることも相まって、このような世代混在が生じています。
そしてこの二つはいずれもこれまで有効とされていた「チームづくりの基本マニュアル」である、「まずはコミュニケーション量を増やす」「自分と相手との共通点を探し出す」といったHOW TOをほとんど使えなくしてしまっているのだから困りものです。
ではどうすれば良いのか? 私は二つの提案をさせていただきます。
人への好奇心を阻む「内的傾聴」という聞き方
一つ目の提案は、相手への好奇心を持ちリスペクトする、です。これは今日のテーマ「チームビルディングにおける、時間と空間の超え方」の「時間の超え方」に該当するお話です。
人は相手に共通点を見出すと親近感が増し、相手との心理的な距離が縮まるものです。これ、心理学では「類似性の法則」と呼ばれています。しかしこの類似性、確かに初対面の相手であれば「出身地が同じ」「学校が同じ」などの表面的な類似性でも距離は縮まりますが、日々共に働く同僚や取引先となれば浅い類似性では心理的距離など縮まりません。
そのような中でより深い価値観や原体験などの類似性を見出そうとすると、もっと多くのコミュニケーション量つまり時間が必要となるのですが、コロナ禍で激変した仕事環境の中ではそれは無理な話です。
そこで好奇心の出番です。シンプルに、あなたが目指す成果を得るために必要な仲間たち一人ひとりに対して、好奇心を向けてみてください。
好奇心を向けるのに一番簡単な方法は、傾聴の方法を変えることです。私たちは通常、相手の話を傾聴する際、無意識に自分の中で評価や意味づけをしています。
例えば相手の話を聞きながら「(あぁ、あの話を相談しようとしているな)」「(こいつ本当に話が下手だな……これはまず話し方について注意しなきゃな)」「(よし、この話にはあの例え話を交えて応えてやろう)」など、自分の内面で相手の話を情報処理しながら評価し、次の自分のアクションを意識しつつ話を聞くことが多かったりしませんか。これは傾聴の中でも「内的傾聴」と呼ばれるものなんです。
「集中的傾聴」で縮まる相手との距離
これを意識的に「集中的傾聴」へと変えてみましょう。
「集中的傾聴」とは、相手を評価せずに聞く、相手の“真の”考えや思いを知ろうとして聞く、相手の立場や現在置かれている状況に想いを馳せて聞く、相手の基準や物差しに自分を寄り添わせながら聞く、相手の全てを受け取るために全力を尽くす、ことを指します。
「集中的傾聴」で相手の言葉に耳を傾けると、声色や抑揚の変化、言葉の奥にある何か(想いや事情)の気配、その人の今の心境などがぼんやりと見えてくるはずです。これが見えてくると、きっとあなたの中に自然と相手への好奇心、「なぜそうなっているんだろう……(もっと知りたい)」が浮かび上がってくると思います。
そしてその時、あなたが相手を一人の人格、一人の人間として捉え、リスペクトとともに「何か、あなたのために、私にできることはあるかな」「本当はもっと話したいことがあるんじゃないかな? よかったら話してみて」と受け止めることができれば、相手とあなたの距離は、類似性とは全く別のレベルで近づくことができるはずです。
距離を縮めるためにコミュニケーションの量を増やす、そのために多くの時間を共有することが唯一の解決策ではないのです。あなたが相手と、人格と人格、人間と人間で向き合うことで、限られた時間の中であっても、相手と“真のチーム”と呼べる関係になることは可能なのです。
人が本来持つ能力により実現できる「空間の超え方」とは⁉
PROFILE
- 坂井伸一郎(さかい しんいちろう) | 株式会社ホープス 代表取締役
- 成蹊大学卒業後、株式会社高島屋に入社して13年間在職。販売スタッフ教育や販売スタッフ教育制度設計も担当した。ベンチャー企業役員を経て、2011年に独立起業。現在は教育研修会社の代表を務めつつ、自ら講師として年間50本・2500名(業界の偏りはなく、製造業・サービス業・金融業・病院・学校法人など多岐にわたる)の研修を行なっている。社会人研修の他に、プロスポーツ選手やトップアスリートに向けた座学研修の講師経験も豊富(年間のアスリート座学指導実績1000名超は、国内屈指の実績)。講師としての専門領域は、目標設定・チームビルディングなど。座学慣れしていないアスリートへの指導経験が豊富ゆえに、「わかりやすく伝える」「印象に留めるように工夫する」という指導法を用いる。この指導教育メソッドを体系化した「スティッキー・ラーニング」は、アスリートのみならず、一般ビジネスパーソンにおいても、組織全体の人材レベルアップを図れると高く評価されている。
【アスリートに倣う「新時代のチームビルディング」/坂井伸一郎~back number~】
【#01】村井チェアマンの示唆を受けたビジネスとスポ―ツの相関関係<前編>
【#02】「臨時チームで個の戦力を最大化する方法を教えます」<前編>
RECOMMEND
前の記事
岡島喜久子│WEリーグ初代チェアが語る、アメリカのスポーツ教育と日本人が自分らしく生きるヒント
次の記事
西田優大│継続力で登る技術の山と心の山