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佐藤寿人│「全てをやり切った。そう言える状況を中学からずっと続けてきた」

Jリーグ通算得点数の歴代最多記録を持つストライカーは、サッカー界を代表する人徳者としても知られる。そんな彼が考える、スポーツが自分に与えてくれたものとは?(2020年5月に収録)

自分で思考して問題を解決する能力が自然と培われた

──佐藤選手は長くスポーツをやってきたことで、どんな能力が培われたと思っていますか?

「スポーツは個人競技と団体競技と、大きく分けて2種類あると思います。サッカーは自分1人のチカラで結果を出す世界ではありません。僕も常に仲間と高め合い、支え合いながら結果を出してきました。その過程で起こった問題を解決するために、自分で考えて、トライしていく。その作業をスポーツを通して学べたと思っています」

 

──仲間と高めていくのがサッカーの大きな魅力ですよね。その他にも団体競技はコミュニケーション能力を身につける必要がありますね?

「サッカーにおいて自分のプレー、特徴を周りに理解してもらうことは、非常に大事だと思います。それを子どもの頃からやってきて、チームが変われば、またリセットして人間関係を構築していかないといけない。僕もプロになっていろんなチームを渡り歩いてきたので、自然と順応性が身に付く環境にいたのだと思っています」

 

──小中高の切り替わりやセレクション等、サッカーは知らない輪に入っていく機会が多いですね。

「団体競技が個人競技と大きく違うことは、はっきりした評価が数字で表れないことだと思います。個人競技であれば数値化された目標に向かって、アプローチする方法があると思いますが、団体競技はそれが明確にありません。周囲が自分にどういう評価をしているか、自ら考え方を構築して行かなくてはいけません」

 

相手の痛みを理解し思いやる気持ち

──考える癖はもともとあった? それともサッカーをすることで身につけたものですか?

「サッカーのおかげだと思います。いろんな現象が起きたときに自然と考える習慣ができました。その延長として、相手の立場になって考える癖も身に付いたと思っています。例えば自分が試合に出ている時、そこには出場できない仲間がいるわけです。小学生から友達として、仲間とやってきて、必ずしも仲のいいチームメイトばかりが試合に出られるとは限らないですよね。自然と相手の痛みを理解し、思いやる気持ちを持てるようになったのもサッカーやってきたからこそだと思います」

 

──佐藤選手を慕う選手が本当に多いと感じています。人を巻き込む力も大事ですよね。

僕の場合、ゴールを決めて目立ちたいという性格的なものがあると思いますよ(笑)。パスをくれる仲間がたくさんいて、それに対して常に感謝の思いがあります。そして一緒に高め合いたいという想いもあります。ありがたいことに、たくさんの方とお会いする機会があり、本当に人に恵まれていると思っています。もし個人競技をやっていたら、人との接点もこれほどはなかったと思います。サッカーをやってきてよかったです

 

人の思考に興味がある。否定からは何も生まれない。

──佐藤選手は人の話を聞くのが好きですか?

「好きですね。他の人がどんな考えを持って行動しているかに興味があります。自分の知らないことってたくさんあるんです。例えば実績のある選手だけに耳を傾けるのではなく、若く、このプロの世界に入ってきたばかりの選手でも、『こんな考え方があるんだ』と気づかされます。人の考え方に対して、否定的なところから入ると何も生まれません」

 

──大事ですよね。プライドから人の話を聞かなくなると、人としての成長スピードが落ちると思います。

「プライドは全くないです(笑)。そんなのいらないです。僕はFWなのでゴールを奪い続けないといけません。だから、少しでもゴールのヒントになるものはないかと思ってやっています。どのクラブもFWに助っ人外国人を招聘するので、過去のゴールの余韻に浸っていては、すぐにポジションを奪われてしまいます。日本人選手として生き残っていくためには、常にポジションを奪われる怖さと向き合っていかなくてはいけません」

 

──常に向上心を持ってやっているのですね。子どもの頃と比較するといかがですか?

「今の方がその欲は強いと思います。厳しいプロの世界を見ているからこそなのかもしれません。育成年代の頃、ジェフ(ユナイテッド市原)のアカデミーはプロと距離が非常に近い環境にあって、1年、2年でプロから消えていく先輩たちをたくさん見てきました。そこに怖さというか恐怖心が子どもながらにありました。だから、僕はプロになってよかったというより、プロで生き残るため、常に不安と向き合ってやってきたと思います

 

父から「やり切ったか?」の問いに答えられなかった

Getty Images

──サッカーを途中で辞めたいと思ったことはありますか?

「一回だけあります。中学年代でジェフのアカデミーに初めて入って、プロを志している選手が集まる環境の中、試合に出られない時期がありました。もちろんカラダも小さかったですし、上手くいかないとき、父親に『サッカーを辞めようなか』と、一回だけ弱音を吐いたことがあります。そしたら父は『全てやり切ったのか?』と諭してくれました。僕はそこで『やり切った』と言えなかったんですよね。だから『これ以上やることがない』と言えるまでやって、それでも通用しなかったら受け入れるしかないと決めました。そこで次の日から誰よりも早く練習に行って練習の準備をし、率先して後片付けを誰よりも多くやるようにしました。その他にも、僕は何も考えずにウォーミングアップでのストレッチでやっていたのですが、コーチから『何でこの動作をするか考えてやってみよう』と言われ、伸ばす部位を考えてやるようになりました。そんな小さいことでも少しづつ積み重ねていったことで、試合にも出場できるようになり、状況が大きく変わったんです」

 

──その後も辛いことはあっても……。

「全部やり切ったと言える状況を続けてきました。上手くいかないことがあっても全部やり切ったと言えるように。だから中学のその時から辞めたいと思うことは一度もなかったですね。でもプロになって21シーズン、振り返ると結果が出なかったシーズンはもっとやれることがあったと思います。それは自分の弱さだと思うし、チームとしても、もっと違った結果できたのではないかと思っています

 

小さい頃から「上手くなりたい」という欲があった

──多くの親御さんは自分のお子さんにどうやって自主性を身につけさせるかを考えていると思います。

「両親から『あれをやれ、これをやれ』とは言われていません。しかし息子たちは自分とは違った時代、環境に生きていますから、父親としてどうアプローチすればいいのか四苦八苦しています。今は一つのことに打ち込むのが難しいのかもしれませんが、どれだけ矢印を太く強く向けれられるか、父親として最低限のサポートはしてあげたいと思っています」

 

──新型コロナ感染拡大の影響下、普段はどのように過ごされていますか?

「最低限の体力的な部分を落としてはいけないので、ランニングしたり、心肺機能に刺激を入れられるくらいのスプリントをしています。長男が高校2年、次男が中学2年、身長もほぼ3人一緒で(笑)、マスクをつけながら一緒に走っています。最近は坂道ダッシュで子どもにも負けました(笑)。改めて、楽しくやることも大事なのかなと思っています。お菓子作りをするとか、生活を楽しくすることで、この困難を乗り越えることにつながるのではないかと思います」

 

──プロになろうと思ったタイミングは何時頃になるのですか?

「Jリーグが誕生した小学校6年生の頃からですね。プロになれるかな、と思ったのはユース(高校時代)で年代別の代表に選ばれ、アジアの舞台で戦う機会を得た時からです。それでも、ジェフのユースからプロになれるのは年に1人いるかいないかの厳しい世界です。プロになる実感はないままやっていたのではないでしょうか」

 

──小学生、中学生の頃、目標は持っていましたか?

「正直、僕はなかったですね。上手くなりたいという欲があって、自然と今の自分に足りないことを補うために何をすべきか考えていました」

 

自ら学ぶ意欲を潰した時点で広がることはない

Getty Images

──勉強との両立に関してはいかがでしょうか?

「中学1年の担任の先生に『寿人君はサッカーが上手いけど、もっと上手い子はたくさんいるよね?』と言われたことがあります。『サッカーと同じくらい勉強に打ち込めば、サッカーが上手くいかなくても、勉強で行きたい進路に進める。いろんなことを頑張って10個の選択肢がある方と、サッカーだけやって1,2個の選択肢しかなかったら、どっちになりたい?』と。どっちがいいかは明白ですよね。そのおかげで、中学時代は本当にたくさん勉強しました。選択肢を広げることはすごく大事だと思います。今のままでいいと判断し、自ら学ぶ意欲を潰すと、選択肢は増えません。これは大人になっても続くことです。いろんなことに耳を傾けることで、選択肢は無限に広がっていくと思う。中学校で担任の先生が言ってくれたことは僕の人生においてすごく大きかったです」

 

──勉強は習慣化していましたか?

「帰ってから毎日机に向かって、その日の復習と次の日の予習をしていました。習慣をつけるって何事にもすごく大事ですよね。勉強したノートを先生に提出し、家に持って帰って、また次の日に提出するようにしていました。先生から習慣化してもらえる仕組みを作ってもらっていたのかもしれませんね」

 

──それでは最後にメッセージをお願いします。

「僕はスポーツでいろんなことを学ぶ機会を得ることができましたし、生涯スポーツを続けるつもりです。スポーツから幼少期で学べることと、大人になって学び続けることがあると思います。今は生活が制限されている中ですが、状況がよくなりスポーツを見られる時間も増えていくと思います。スタジアムで会うことが一番の望みですが、まずは皆さんが健康で楽しく日常生活を送られることが、僕にとってもの喜びです。またこのような場でお会いできる日が来ることを楽しみにしています」

 

PROFILE

佐藤寿人(元サッカー日本代表)
1982年生まれ、埼玉県出身。2012年にサンフレッチェ広島をリーグ初優勝へ導く原動力となり、その年JリーグMVPとJリーグ得点王を獲得。Jリーグ通算得点数の歴代最多記録を持つ。 2020年シーズン限りでの現役引退を発表した。3男の父。

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