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名波浩×室伏由佳×廣瀬俊朗│「スポーツ経験が社会に出てから役立つ理由」

サッカー日本代表の名波浩さんをホストに、さまざまな競技のトップアスリートを迎えて「スポーツが育むチカラ」を解き明かすこの当コーナーの最終回。ゲストに元女子ハンマー投げ日本代表の室伏由佳さん、元ラグビー日本代表の廣瀬俊朗さんをお迎えし、スポーツが育む「社会性」について分析した。(※2021年1月に収録)

スポーツに触れたのは、親がきっかけ

名波 本日のゲストは、女子ハンマー投げの日本記録保持者で、現在は順天堂大学で講師を務められている室伏由佳さん。そして、元ラグビー日本代表で、現在は株式会社HiRAKU代表取締役としてスポーツ普及と教育に重点的に取り組んでらっしゃる廣瀬俊朗さんです! まずはお2人の幼少期についてうかがいたいと思います。

廣瀬 僕がラグビーを始めたのは5歳の頃ですが、きっかけは親に無理やりやらされたことです(笑)。最初はあまり行きたくなかったというのが本当のところで。あと、ラグビースクールは4月から始まるのですが、僕は10月から入りました。それで、コミュニティが出来ている所に後から入るのがとにかく嫌で、「辞めたい!」と言っていました。

名波 ちなみに、そのチームから日本代表になった選手はいますか?

廣瀬 後輩で一番有名なのは、ドレッドヘアの堀江翔太選手(パナソニック ワイルドナイツ)ですね。昔はそこまで強いチームではなかったのですが、最近はかなり強くなったようです。この間優勝した桐蔭学園にも吹田の出身がいるようです。

名波 親御さんがラグビースクールに無理やり入れた理由は聞きましたか?

廣瀬 僕の親父は高校の先生なのですが、日体大生の頃に陸上競技をやっていました。それで「俺は個人競技やったから、子どもには集団競技」と、集団競技をやらせたかったようです。

室伏 親御さんは個人競技だったけれど、そこは逆なんですね(笑)。

名波 集団競技の人は個人競技に興味があったり、逆に個人競技の人は集団競技に興味があったり。そういった傾向はあるようですね。

廣瀬 なるほど。じゃあ僕は子どもに個人競技やらせますかね(笑)。

室伏 戻るんですね(笑)。

名波 室伏さんは「投てき一家」ということで父・重信さんは日本選手権10連覇、兄・広治さんはオリンピック金メダリスト。とんでもない家庭に生まれて自分もやらざるを得なかったのか、自分から進んで始めたのか、どちらでしたか?

室伏 自分としても興味はありましたが、今思い返すと父が私に陸上をやらせるのに大分頑張ったなという感じです。父は大学で体育学部の教員だったので、スポーツの楽しさを教えたいという想いが強かったのだと思います。

名波 実際は投てきじゃなくて、走りたかったとか跳躍がしたかったとか、ありませんでしたか?

室伏 中学校の部活で陸上を始めた頃は、100mや跳躍の選手だったんです。小さいころからかけっこが得意で、100mのベストは中3のときで12秒8くらいでした。

名波 僕は大学2年の時、12秒9でした(笑)。

室伏 同じくらいですね(笑)。でも実は走り込む練習など、体力が続かなくて、その時点では足が速くてもこれ以上伸びないなと思い、種目転向しました。回る運動に向いているという父のアドバイスで円盤投げを始めましたが、回って投げることがとても面白くて夢中になりましたね。それで、三半規管が鍛えられ、平衡感覚も向上しました。ハンマー投げというスポーツは、背中を投げる方向に対して後ろ向きになり、後方に4回転をして投げますが、回転に慣れているので何度回っても目が回りません。

 

スポーツでの挫折は人生の肥やしになる

名波 室伏さんは短距離から種目転向した時から、お父さんが指導者だったのですか?

室伏 そうですね。中高時代は学校部活動に所属して競技活動をしていましたが、それぞれの顧問の先生と父とでコミュニケーションを取っていました。将来的に大学生くらいまではやらせたいと考えていたため、練習をやらせすぎないよう制限を設けていたようです。やりすぎると燃え尽きて長続きしないので、根を詰めて練習させることはありませんでした。私は練習を多少サボれると思い「ラッキー」と思っていましたが(笑)。

名波 それが、学校を卒業しても継続していく要因になったのですね。

室伏 結果的にそうなりましたね。高校時代にはじめた円盤投げですが、技術系の競技であり、スムーズで効率の良い力を発揮するための技術習得には、何年もかかる種目です。8~10年にもなるかと思います。実は私は結構本番に弱い選手でした。高校時代、インターハイで優勝できそうな自己記録をそのシーズンで投げておきながら、実際インターハイでは過緊張となり、9位でした。8位の入賞ラインに届かず。優勝候補と期待されながら上手くいかないので、はずかしい想いもあり、心が折れまくっていた時代です。日ごろの練習ではうまく身を入れられず、やる気も中途半端でした。その後卒業し、父の勤めている大学に進学し競技を続けることになりましたが、そこでスイッチが入りました。それまでは思うようにいかない、全然日の目を浴びない気分でいましたね。

名波 なるほど。廣瀬さんも学生時代に心が折れた経験とか、折れかけたけど跳ね返した経験はありますか?

廣瀬 高校は文武両道という感じで、自主性を重んじていました。結果よりも、楽しくワイワイやるというのが居心地が良くて楽しかったですね。高校日本代表に呼んでいただいてキャプテンになったのですが、その当時は自分の軸や目標がちゃんと持てていなくて。周りの皆は「この人何考えているのか分からへん」と思っていたでしょうね。それでうまくチームをまとめられなかったのは、挫折というか失敗の経験ですね。

名波 僕がリーダーシップ論で個人的に思うのは、自分がやりたい・やらせたいことを押し付けすぎると、跳ね返されてしまう。それで、「何パーセントくらいをこちらに向かせるか」が集団スポーツでは大事だと思います。廣瀬さんはその当時、何パーセントくらいの感覚で他の選手を自分の方に向かせていましたか?

廣瀬 北野高校の時は結構いい感じでした。でも、高校日本代表の時は40パーセントくらいでしたね。あとは、「ついていきたいけど、他の人に何か言われるのが怖いから止めておこう」みたいな浮遊層が30パーセントくらい。あとの30パーセントは「こいつあかんな」みたいな雰囲気でしたね。

名波 室伏さんは個人競技なので、「チームワーク」とは無縁だったのでしょうか?

室伏 周りの仲間が頑張っていると影響を受けることもあるので、全くの「個人」というわけではありません。ただ、個人種目ではマイペースに自分と向き合う感じの人が多いですね。自分のペースでやりやすい分、決められた時間の中でやり方を自分で考える必要があるので、計画性は大事です。

 

スポーツで培ってきた感覚が、仕事とリンクする

名波 廣瀬さんはラグビーというスポーツを通して色々な経験をされていると思いますが、今の生活で役立っていると感じる場面はありますか?

廣瀬 色々カオスな所に放り込まれてきたこともあって、何があっても動じないのはありますね。あとは、モチベーションを失いかけた時に、ラグビーをやっていたから頑張れたなと思います。

名波 ラグビーを始めとしたスポーツの普及や教育に携わる会社を立ち上げられましたよね。その時は、自分が現役でやっていた時のプロセスを上手く活かそうと思いましたか? それとも、真新しいものに取り組もうとしたのでしょうか?

廣瀬 両方ありますね。今までスポーツで培ってきたことを活かして、リーダーシップを発揮していきたいなという想いはありました。一方で、ラグビーやスポーツからちょっと離れる、ずらす部分もあった方が自分自身もワクワクするかなと思いました。二つとも考えながらやっています。

名波 室伏さんは今指導されていますが、現役時代に学んだことを今の選手にどうやって伝えていますか?

室伏 実は今、競技の指導現場には立っていなくて、2019年度から順天堂大学スポーツ健康科学部で専任教員をしています。競技者時代から「研究者になりたい」という目標が明確にありました。研究者、大学の教員は狭き門ですが、2012年に引退して7年経ち、ようやく目標としていた次のキャリアにつながりました。今年度から私のアンチ・ドーピング研究室にゼミ生も一期生を迎え、中には陸上競技部の学生もいますので、部活など、スポーツ現場の話を聞くこともあります。私は教育・研究をメインにしていますが、これまでの自身のスポーツ経験をどう応用して伝えればいいのか、その点もとても考えることがありますね。色々考え教育に落とし込み彼らに伝えないといけないし、自分も絶えず新しいことを学び続けなければと考えています。経験の応用だけでなく、選手時代に行っていた「常に新しい技を身に付ける」という感覚で教育・研究活動にチャレンジしたいなと考えています。選手時代は「チャレンジし続ける」という感覚で、ないもの(感覚、感性)は作ればいい、そう思い、その構築にすごく興味を持っていました。それを教育の現場に応用しようと奮闘中です。

名波 なるほど。ではある意味で別世界といっても過言ではないのですね。

室伏 そうですね。ただ、追及する、新たな感覚を得るなど、スポーツの取り組み方や頑張り方に似ています。人見ていないところで勉強をしたり、研究に打ち込んだり。研究者の場合には、学術集会(学会)や論文などでの研究成果を発表する場がありますから、そこに間に合わせるように進めていくのも試合と似ている。本番にピークを合わせていくというのは、スポーツで培ってきた感覚です。すごく意義深くて、競技していてよかったなと思いますね。

名波 廣瀬さんはキャプテンをされていた経験がありますが、現役を退いてからそのリーダーシップは活かされていますか?

廣瀬 活かされていると思いますね。人間関係が大事な仕事ですが、新しいプロジェクトを立ち上げる時に何を大事にすればよいかが分かります。それに、プロジェクトの目的や存在意義という所にも共感してもらえる。やり方は裁量を持たせながらやっていくのが好きで、楽しみながらやれています。

名波 「継続していくことの難しさ」についてはどう考えていますか?

室伏 自分が継続しているつもりになっていないか、と日々考えています。続けることは慣れればできますが、ただ同じことを繰り返すような継続の仕方だと、だんだん生温くなってくる。だから、継続するには刺激が大事だと思います。継続に必要な刺激を自分から見つけるために、アンテナを張り続けていますね。

名波 陸上は取り立てて難しいですよね。サッカーやラグビーだと監督や選手が毎年入れ替わることも多いから、新しいことにチャレンジしやすい環境です。でも個人競技の場合、チャレンジ精神や前を向く姿勢は自分次第で、誰も後押ししてくれない。

室伏 慣れてきますね、孤独に。人からどう見られるか、どう思われたいかを捨てて究極のものを求めることが、継続できる秘訣でした。結果を出して良く思われたいという考えでは、モチベーションが続きません。父に1番戒められたところです。「自分が好きでやっている」ということを深めていかないと、その場限りの継続になってしまうのかなと思います。

名波 廣瀬さんは、継続についてはどう考えていますか?

廣瀬 僕は仲間に助けられることがたくさんありました。「きついな、フィットネスやりたくないな」と思って横を見たら、必死に走っている人がいて。「俺も頑張らなきゃあかんし、頑張ったらいけるかも」みたいに思えたことが大きかったですね。あとは、「ゼロにするのは嫌」という気持ちがありました。練習ができなくても、悩んだり考えたりしただけでゼロじゃないというか。そういう風に考えていくと、少し気が楽になると思います。

 

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