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佐藤寿人 × 木村文子│「スポーツを通した自分との向き合い方」~東京五輪2020陸上100mHを終えて~

元サッカー日本代表でJリーグのMVP・得点王に輝いた佐藤寿人氏をホストにお送りするコーナーの第5回。今回はゲストに東京オリンピック陸上競技女子100mハードルに出場した木村文子選手を招き、「自分との向き合い方」を見つけるためのヒントを聞き出した。(※2021年9月に収録)

東京オリンピックから得た気づきとは

──今回のゲストは東京オリンピック陸上競技女子100mハードルに出場した木村文子選手です。まずは、先日まで繰り広げられた東京オリンピック、本当にお疲れ様でした。オリンピックでは類を見ない、無観客での開催となりました。

 

木村 そうですね。無観客のオリンピックは初めてだったので、ロンドンオリンピックとは違う感覚でした。

 

──声援がパワーに変わる、というトップアスリートの方も多いですよね。佐藤さんの現役時代はいかがでしたか?

 

佐藤 昨シーズンまで現役だったので、僕も初めて無観客でのプレーを経験しました。公式戦ですがスタジアムで声を出せなくて、公式戦とは違った雰囲気でした。シーズン最終戦まで無観客のままで引退することになって、寂しい部分はありましたね。でも、それまでの20年間は声援で背中を押してもらっていたので、最後にちょっと違う経験するのも良かったかなと、前向きに受け止めています。無観客のオリンピックでも、自分自身も含めてテレビでたくさんの人が観ていました。ただ、出場する側の選手としては、やりにくさを感じる方もいたのかなと思います。木村選手はどうでしたか?

木村 初めてのオリンピックだったロンドンでは8万人という観客がいて、地に足が付いていない感じでした。今振り返るとすごく緊張していて、自分のペースで競技できなかった気がします。でも今回は無観客と知った上で臨むことになったので、自然と自分のことだけに集中できました。観声が嬉しくて自分のペースが乱れることもあるので、ある意味では良かった面もあるのかなと思います。

 

──声援がない分、自分の世界に入り込めるということですね。

佐藤 サッカーだと入り込めませんね(笑)。スタジアムで応援してくれる方々は、いい意味で緊張感を作ってくれるので。無観客だと、どの公式戦でも練習試合のような感じになってしまう難しさはありましたね。

 

──佐藤さんは指導現場にも行かれていますが、ジュニアのサッカーはどうですか?

佐藤 僕の指導現場は、サッカーやりたくて仕方ない子達が集まっています。逆に「休め」と言っても、すぐにボールを蹴りに行ってしまう。でも、それは健全なことですし、むしろ上手くなる素質があると思って見ています。子どもは退屈な方よりも、楽しい方を選びますよね。サッカーが楽しいと思ってくれている。

 

──ある選手からのお話ですが、何万人という観客の中でプレーする選手になると、アドレナリンが出すぎて寝られないことも。8万人の観客がいたロンドンオリンピックの時も、アドレナリンは出ましたか?

木村 すごかったです(笑)。初めての体験でした。

1年の延期を乗り越え出場した東京五輪女子100メートルハードル予選で力走する木村文子選手(右端)/ Getty Images 

オリンピック選手を生み出したのは「自己探索型の指導法」

──木村選手は、どのように陸上競技と出会ったのでしょうか?

 

木村 小学4年の時に、陸上の大会に出ないかと友達に誘われて、参加したのがきっかけです。そこで優勝できたことが嬉しくて。あと、遊び感覚で練習させてくれる先生だったので、その後も楽しみながら続けられました。

佐藤 好きじゃないと、続けられませんよね。スポーツを始める入口ももちろん大事ですが、実際に始めてからも大事。特に子どもが継続していくためには、「またやろう」と思わせるものが必要ですよね。

 

──小学生時代は、ただ楽しくて陸上をやっていたのですね。中学生以降は、何か変化がありましたか?

 

木村 中学生の時も、友達と練習するのが面白いから行くという感じでした。顧問の先生が、陸上専門ではないこともあって。高校生の時は、先輩達との練習がメインでした。進路指導が忙しい先生で、平日は遅い時間しか見られなくて。土曜日は見てもらえますが、平日はメニューをもらって、自分達で考えながらやる感じでしたね。

佐藤 自分達だけだと、手を抜こうと思えば抜けてしまうから難しいですよね。

木村 でも、手を抜いてやっていたら土曜日にバレます(笑)。平日に見られない分、土曜日はしっかり見ていただいていたと思います。

 

──良い環境、良い指導者の下で育つのが、プロへの近道と考える方が多いですよね。ところが木村選手の話だと真逆で、サークルに近い練習環境。それでも、オリンピック選手になっています。この点については、どうお考えですか?

 

佐藤 木村選手は「楽しいから」だけではなく、「少しでも良いタイムを」という気持ちでやっていたのだと思います。指導者にあまり見られていない環境で、自分に矢印を向け続けるのは難しい。どれだけの強度で練習をこなしていくかも、自分で考える必要があります。自己管理が大変な環境の中で競技を続けてきたからこそ、自分で考えて、自分と向き合う習慣ができたのかなと思います。

 

──そのあたりの意識が変わったのは、高校くらいからですか? 自分で考えることを、顧問の方が意図的に教えようとしたのかもしれませんね。

 

木村 そういう環境づくりはしてくださっていたなと思いますね。同期とコミュニケーションを取りながら何がベストなのかを話す習慣も、高校くらいから身に付きました。

佐藤 ある意味、質が高い指導ですね。人から答えを教えられることは、あまり身に付きません。自分達で答えを探しに行く方が身に付いて、成果も出ます。高校の先生は狙いを持って、意図的にやっていたのかもしれませんね。

木村 そうですね。そういう環境だということを、入学前から聞いていました。強豪校に行こうか、迷いもありましたね。でも強豪校じゃない所でチャレンジしてみたい気持ちがあったので、その高校へ行きました。

 

──木村選手自身も、自分を見つめながら成長していく進路を取ったのですね。

木村 一番のモチベーションは、「強豪校じゃないところで強豪校に勝ちたい」という気持ちでした。

佐藤 中々ない発想ですね(笑)。

木村 そうですね(笑)。中学校で一番仲の良いハードルの選手がいて、その子と「どこの高校行く?」みたいな話になって。それで一緒にその高校に行って、中国地方大会やインターハイに行けるように頑張りました。

 

──その高校に行ったことで、より真剣に自分で考えるようになったのですね。陸上競技者としてのレベルアップを考える機会が増えて、さらに陸上が好きになりましたか?

 

木村 そうですね。自分で考えてやったことが、成果として出るのが嬉しくて。成果が出たら「これで合っているんだ」と分かります。間違っていたら、「次こうした方がいいのかな」と考えられます。ダイレクトに自分に返ってくるのが、いい所です。誰かに言われてやったことだと、自分の成功体験にはなりません。

 

──ビジネスだと、ミスを誰かのせいにしてしまう方も多くいます。でも木村選手の場合は自分で考えてやったことだから、人のせいにできない。そういう意味で、良い訓練になっていますよね。

 

佐藤 そうですね。サッカーだとチームスポーツなので、他人に矢印を向けようと思えばいくらでも向けられます。でも陸上と同じで、自分で考えて答えを探しに行った中で結果を出せたら、自分にも返ってきます。陸上競技は、常に自分と向き合わなくてはいけない環境下ですよね。行き詰まったり、ストレスを感じたりすることはありましたか?

木村 社会人になってからの方がありますね。自分の責任がより大きくなったので。最初の頃は記録が全然出ないと、そのギャップに大きなプレッシャーを感じていました。それでも、試合はやってきます。上手くプレッシャーに対処できるように、自分の落としどころを探す作業はずっとしていますね。

2012年のロンドン五輪以来2大会ぶりの出場となった東京大会で1組に登場した木村選手は、13秒25で7着という結果に / Getty Images 

現在地を知り、現状を受け入れる。それがモチベーションに変わる

──壁にぶつかった時期もあるとうかがいました。その頃の状況や、どうやって乗り越えたのかについてお聞かせください。

 

木村 2011年にエディオンに入社して、社会人として陸上競技をやっていくと決めました。「自分でできるのかな」という不安はありながら、日本選手権に臨みました。その結果勝てたのですが、「実力がともなっていないな」と思ってしまって。

佐藤 勝ったのに、ですか? サッカーだと、結果が出たら普通に喜んでしまいますね(笑)。自己評価と結果の間でギャップがあったのですね。

木村 結果が出た直後に、「世界陸上行けるよ」と言われました。でも、その時は日本選手権優勝という目標が達成できて、満足してしまって。周りの人に言われるまで、世界陸上に行くことは考えていませんでした。日本選手権に優勝して初めてアジア選手権に出場しましたが、結果は4位。世界陸上に行けるのは3位までなので、ギリギリ行けませんでした。ただ、会社からその年の世界陸上を観に行かせていただけたのです。アジア選手権3位の選手が、世界陸上で走っている。でも、自分はスタンドにいる。3位と4位の差は、自分の身体の感覚で覚えていました。「この差を埋めればいいんだ」と分かって、「頑張って世界陸上を目指そう」と思えたのが大きなきっかけでしたね。

 

──ちょっとした差で、試合に出られる選手と出られない選手が決まってしまう。ピッチ上で戦ってきた佐藤さんも、そういった瞬間がたくさんあるのでは?

 

佐藤 僕の場合は、日本代表として強く感じる部分がありました。オリンピックやワールドカップの最終メンバーには入れなかったので。日本代表として活動しながらも、本当の意味で必要とされる所まで行けませんでした。同じ日本代表でも、その差はどうしても感じましたね。でも、いい意味でそれを力に変えて、クラブに戻ってから気持ちを切り替えてプレーができたと思います。

 

──気持ちの切り替えは大事ですよね。木村選手、これまでの競技生活で意識してきたことはありますか?

 

木村 チャンスを活かすか活かさないか決めるのは自分なので、絶対チャレンジするように心がけてきました。チャレンジしようとする自分が、ずっと根本にあって。やってダメだったら、その時考えよう。やらずにできない、と嘆くようなことはしていませんね。

佐藤 社会に出ても必要な考え方ですよね。会社が「観に行ってこい」と背中を押してくれても、自分で気づきが得られなかったら、ただ観て帰ってくるだけ。木村選手が「この差は埋められる」と肌で感じられたのは、大きいですよね。

木村 そうですね。3位になった選手の名前と国は覚えていたので、意識しながら観ていました。意識して観るのと、ただボーッと観るのとでは違ったと思います。

 

──受け入れる力や気づく力がないと、成長につながらないのですね。

 

佐藤 そうですね。自分の現在地を知って現状を受け入れることは本来、アスリートにとっては嫌な部分。そういった意味で木村選手は、自分をフラットに見て現状を受け入れられるマインドを持てたのが大きいと思います。自分の現在地を見ずに、遥か先にある理想ばかりを見てしまう選手もいます。そうすると、ずれたままどんどん進んでしまう。プライドが邪魔をするのかもしれません。木村選手は、プライドがある方ですか?

木村 うーん……一応、あると思います(笑)。

 

──サッカー選手の方に同じ質問をすると、即座に「ある」と言いますからね(笑)。負けず嫌いな方が多いようです。

 

木村 たとえば、空き時間にやるトランプでも負けたくない、という方は陸上選手でもいますね。でも、私はそういうのはどうでも良くて。自分が「勝つ」と決めた時だけは、勝てないと嫌なタイプです。

佐藤 自分が目標設定した時に達成できないのは、すごく悔しいですよね。

 

──社会人になると、組織も意識しないといけませんよね。この辺りの移り変わりについてもお聞かせください。

 

木村 陸上は個人競技と良く言われますが、試合で成果を出すためには、皆で協力して練習することが大切です。走る時は一人でも、それまでの過程には誰かの協力が欠かせません。私の高校・大学がそういう環境だったのもあって、社会人になってもその感覚はありましたね。孤独にコツコツとはできないから、周りと協力しながら陸上競技ができたらいいなと考えていました。それで、地元の企業を選んだのです。そこで、お世話になっているトレーナーさんやコーチの協力を得ながら、自分を磨いていく。それが、私の陸上のやり方と思ってやっていました。

佐藤 陸上競技の選手は個人で戦っていると、外から見て思っていました。木村選手との別インタビューで、「色んな人に支えてもらって」という言葉が印象的でした。競技で結果を出していくために、チームとして戦っているのだなと。僕らには見えない部分で、色んな方が力を注いでくれているのですね。木村選手は、それをエネルギーに変えている。

 

──誰もが予想しなかった、東京オリンピックの延期。観る側は驚くだけですが、出場する側は目標設定が変わるわけですから、驚くどころではありませんよね。自分との向き合い方は、どうされましたか?

 

木村 一年半もピーキングをずらす経験がなかったので、延期の話を最初に聞いた時はとても不安でした。2020年にオリンピックがあると思って、2019年にはポイントを取るためにすごく試合に出たのです。それでランキング上位に付けていたので、「このまま怪我なく行けば多分出られるだろう」と思っていました。だから、一年半もずれたら走れる身体にできるのか、不安がありました。

 

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