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野口啓代 × 二ノ丸友幸│「スポーツ経験を活かすキャリア形成 」

スポーツには人生の質を高める効果があるが、それをキャリア形成に活用するには? 東京五輪2020スポーツクライミング女子複合銅メダリストの野口啓代さん、そしてプロラグビーコーチ・人材育成プロデューサーとして活躍する二ノ丸友幸さんが語り合う。(※2021年11月に収録)

激動の東京五輪2020で銅メダル。軌道修正の鍵は?

──本日のゲストは、プロフリークライマーで東京オリンピック2020銅メダルに輝いた野口啓代さん、プロラグビーコーチで人材育成プロデューサーの二ノ丸友幸さんです。まずは野口さん、東京オリンピックお疲れ様でした。無観客という今までにない環境でしたが、アスリートとしていかがでしたか?

 

野口 応援ありがとうございました! 元々は自分の親や応援してくださる方が観客席にいる光景をイメージしていたので、大分違いましたね。ただ、コロナ禍でもこうして開催していただけたことが本当に嬉しくて。今年できて良かったなと思っています。

二ノ丸 お父さんやお母さんも、試合会場に入れなかったのですか?

野口 そうですね。直前までは「両親の分だけはチケットもらえる」という話もありました。でも最終的には両親も呼べない状況になったので、実家のテレビで応援してくれていましたね。

二ノ丸 なるほど。オリンピックで無観客というのは、今まで類を見ないことです。統制を取るために、徹底的に制限する必要があったのでしょうね。高校ラグビーの全国大会も、去年は完全無観客の開催でした。年明けからは保護者だけ予選を観に行ける、と少しずつ緩和されてはいるようです。

野口 知り合いにも「親は入れたの?」と結構聞かれますね。本当に一人も入れませんでした。

 

──イメージしていた試合とは状況が変わって、ピーキングが大変だったのでは?

 

野口 本番が近づくにつれて「たぶん開催されそう」という期待が高まり、無観客だとしても「開催してもらえるんだ」と思えたので、いつも通りの自分を作れました。あとは2020年後半、2021年の試合に何戦か出場できたことで、無観客試合に慣れていたのもあります。いきなり無観客というわけではなく、普段の延長線上にあるような大会だと思いましたね。

二ノ丸 僕もどちらかと言えば、お客さんが多い試合の方が燃えます。会場で大勢のお客さんを見て、テンションを高めていました。研修や講演でも、受講者は多い方がやりやすいですね。お客さんがいなかったことに関しては、率直にどんな思いがありましたか?

野口 オリンピックの時は無観客に慣れてしまっていて、「今はこれが当たり前なんだ」という感じでした。でも引退してから9月に行われたモスクワの世界選手権に行くと、すごい数のお客さんがいて。正直うらやましいというか、「本当の大会はこうだよな」と思いましたね。

 

──2020年、2021年とスポーツの世界もコロナ禍で大きく変わりましたからね。オリンピックまでの過程を振り返ると、いかがですか?

 

野口 私自身は2015年から招致活動に携わっていて、ずっとオリンピックを意識していました。最初は「クライミングをオリンピック種目にしたい」という所から始まって。2016年に正式種目に決まり、2019年の選考大会で内定をいただきました。それからコロナ禍で延期になって、無観客開催という流れでしたね。2015年に思い描いていたイメージとは全く違います。すごい人数の観客がいて、応援で普段以上の力が出せて、もしメダルを取れたら地元で凱旋パレードがあって、みたいな(笑)。すごく華やかなイメージだったので、「本当にオリンピックに出ているのかな」という感覚も少しありますね。

 

──2015年から、オリンピック本番に向けて目標設定しながら動かれてきたのですね。

 

野口 そのようにイメージしながら計画してきた部分もありますが、私自身が初めてのオリンピック。5、6年スパンで一つの目標に向かってピーキングしたりプランを立てたりすること自体が初めてでした。だから合っているのか分からなくて、手探りな5、6年でしたね。

二ノ丸 僕もピーキングに関しては、現役時代にもコーチとしても、すごく重要視しています。どうやってターゲットの試合に最高のパフォーマンスを持って行くか。アスリートは特に繊細になる部分ですよね。オリンピックの開催が一年伸びたことは、野口さんに限らず全ての出場選手に影響が大きかったと思います。団体競技か個人競技か、環境の違いも含めて、コントロールが難しかったんじゃないかな。

 

──絶えず状況が変わる中で軌道修正していくのは、大変でしたよね。

 

野口 3月に延期が決定したものの、いつまで延期なのかが決まらない期間が何週間かあって。その期間が一番辛いというか、何をしたら良いか分からなかったですね。どれだけの期間があるかで、できることも変わってきます。一年後の開催が決定してからは、すぐにコーチ陣を含めて作戦を練り直しました。

二ノ丸 スポーツに限らず何をするにしても、最終的なゴールが見えないとモチベーションを維持できませんよね。

野口 そうですね。一年あったら苦手分野の基礎から取り組めますが、二か月間伸びるだけなら、それほど大きな軌道修正はできません。どのくらい延期するかが分かるまでは、それまでやってきたことを継続しておこう、という感じでした。

 

──延期の期間が分からないと、逆算ができないということですよね。ビジネスの世界でも同じことがいえると思います。

 

二ノ丸 そうですね。逆算思考は、僕も一つのコンテンツとして皆さんによく共有しています。人間には、何をするにしても目標があります。「いつまでに何をするか」という目標に対して、計画を立てていくことが大事です。日本人は世界的に見ても真面目で、良くも悪くも敷かれたレールをきっちり脱線せずに進んでいく。今までの時代はある程度予測できたから、日本人が逆算思考の強みを発揮できました。ただ、今では不測の時代。敷かれていたレールがなくなっていたり、遠回りになったり脱線したりする状況が増えてきます。逆算思考できっちり計画を立てても、状況が変わればそのままでは上手くいきません。スポーツにおいてもビジネスにおいても、状況に合った形でいかに対応できるか。これからのアスリート・ビジネスパーソンには、対応力が求められます。

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不測の時代にも状況に合わせて乗り越える「対応力」

──野口さんは、日本女子クライミングのパイオニア的存在。クライミングの面白さを多くの人に伝えてこられたと思います。

 

野口 クライミングは、すごく対応力を求められる競技。というのも、オリンピックだと3種目の総合成績で競いますが、「ボルダリング」(いくつ登りきれたかを競う)と「リード」(どこまで高く登れたかを競う)の課題は本番まで分かりません。だから、どんな課題が来ても対応できるように、色んな練習が必要です。いざ出された課題をその場で読み解いて、登りながらも考えて、その課題に合わせていく。クライミングは、対応力を養う上で役に立つのかなと感じましたね。

二ノ丸 ラグビーも、同じシチュエーションに出くわすことが中々ないスポーツです。相手が変われば、自分達の想定通りに行かないことも。しかも、監督やコーチが試合中に指示を出せないのです。だから、試合に向けて多くの引き出しを用意して、自分達で状況に合わせて選択していく必要があります。ラグビーは15人でやるスポーツで競技性も全く違うのですが、クライミングと共通するものがありますね。野口さんの本や記事を色々読んで感じました。

野口 ありがとうございます(笑)。クライミングではその場で考えて、実践しながら対応していきます。私達は「現場合わせ」と言っていますが、今の時代に求められる対応力と似ていますね。その日のためだけに作られた課題なので、それ以降は一生登れません。ただ、100戦、200戦くらいワールドカップに参加してきたので、法則性やパターンは分かります。ホールドの形や色、大きさは変わっても、身体の動かし方には法則性があるのです。そういう意味で、クライミングは経験値が求められるスポーツ。自分の手数が増えて思うように引き出せるようになれば、それほど取りこぼしがなくなって成績が安定します。

二ノ丸 僕は「他競技から学ぼう」という団体を立ち上げました。ラグビーの常識が、たとえばサッカーやクライミングでは通用しないこともあります。もちろん、共通していることも色々ありますが。同じ競技の人間だけが集まっても発展性がありません。そんな壁を取り払って色んな指導者やアスリートが交流する目的で、未熟ながら展開している最中です。野口さんのお話を聞いて、ラグビーにも何かいいトレーニングを取り入れられないかなと思いました。それこそ、何人かの選手を野口さんのところで出稽古させてもらえたらいいですね。スキルどうこうよりも、どんな考え方で、どうやって作戦を立てて、どうやって壁を攻略していくか。そういう思考力はラグビーにも必要なので、ぜひコラボしたいなと思いましたね(笑)。

野口 ぜひよろしくお願いします(笑)。

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競技人口増加の試みと課題

──野口さんも今後、クライミングを通してスポーツ教育に関わっていきたい思いはありますか?

野口 そうですね。私は8月のオリンピックで現役を引退して、今後のセカンドキャリアについては考えている所です。でも、その中の一つが後進の育成。クライミングのトレーニングなどをメソッド化して、形づくっていけたらなと考えていますね。

二ノ丸 クライミングのゴールデンエイジ(運動神経が特に発達する時期の世代)の育成状況はどんな感じですか?

野口 難しいですね。しっかりしたユースの育成メソッドがなくて、個人に委ねられているのが現状です。協会から年齢に応じたコーチを付けてもらえるわけではありません。それに、しっかりと教育プログラムを受けた指導者もいなくて。それでも活躍できるセンスの良い子もいますが、怪我があって勝てなくなるケースもあります。スポーツ全般に言えることだと思いますが、クライミングは自分で考える力や、自分を知って色んな要素を取り入れていくことがすごく大切。その辺りがまだまだ未開拓で、これからのスポーツだと感じています。

二ノ丸 僕は、これまで生きてきた中でクライミングをやろうという発想がありませんでした。やったこともなかったし、名前も知らなくて。野口さんにとってのラグビーも、同じようなものだと思います。クライミングを始めたきっかけは何でしたか?

野口 小学5年生の時に、家族旅行でグアムに行きました。グアムのゲームセンターにクライミングの壁があって、そこで初めて登ったのがきっかけです。帰国してからは、都内のクライミングジムに通うようになりました。それから少し後に、実家の茨城にもクライミングジムがオープンしたので、そこに通うようになりましたね。

二ノ丸 きっかけは海外での体験なのですね。

野口 そうですね。私が小学生の頃は、クライミングをやる子どもはあまりいませんでした。まだスポーツとして定着していませんでしたし、きっかけも少なかったのです。私は運よく、クライミングする機会がありました。実家が酪農をやっていて、牧場の一角に父がクライミングの壁を作ってくれたので、下校してからも練習できました。色んなことが重なって続けられましたね。

二ノ丸 どうやって競技人口を増やしていくかは、重要なテーマですよね。僕もコーチとしてお金をもらって生活しているわけですが、選手がいなかったら仕事ができません。子どもの目に触れる機会があるスポーツだと、「やるか、やらないか」という選択肢が出てきます。近所の子どもがやっているサッカーや野球は、僕の4歳の息子でも分かります。でもクライミングやラグビーは普段の生活で触れる機会が少ないから、選択肢にまず挙がって来ないのですよね。

野口 そうですね。私もクライミングを始めるまでは、スポーツだと認識していなかったので。

二ノ丸 ラグビーも、ひと昔前までは知らない子の方が多くて。ありがたいことに、2019年のラグビーワールドカップで日本が躍進したことで、日の当たる機会が増えました。そのおかげもあって、近所のお母さんからも「子どもがラグビーしたいと言い出した」と僕に相談が来たのです。今までにない相談だったので、すごく嬉しくて。ラグビーがテレビで放送されるようになって、ワールドカップで子どもの心が動いたのでしょう。そのお母さん方にはラグビースクールを紹介して、6人の子どもに一回体験してもらいました。その中で、ラグビースクールにそのまま入って今もやっている子は何人いると思いますか? クイズにするほどでもありませんが(笑)。

野口 うーん、めちゃめちゃ失礼ですけど、一人か二人くらいですか?

二ノ丸 そうなんです。一人しかいませんでした。体験するところまで行ったのに、実際にラグビーをやるところまでたどり着いたのは一人だけ。それで、やらなかった5人が口をそろえて言ったのが、「指導者がイヤだから」と言う理由。ラグビーの指導者はどなることもあって、怖いと感じてしまう子どもやお母さんも多いのです。

野口 それは思いつきませんでしたね。

二ノ丸 普及させるために指導者が良かれと思ってやっていることが、せっかく出てきた芽をつぶしてしまう結果に。自分も指導者を指導する立場、プロのコーチという立場として、改善しなければいけないなと気づきました。知ってもらうことだけでなく、どうやって取り込んでいくかも大事。ラグビーでもクライミングでも、重要なテーマになってくると思いますね。

野口 東京オリンピックの招致活動で新種目に決まったあたりからは、クライミングの知名度も高まりました。でも、私がクライミングを始めた20年前くらいは、全然クライミングジムがなくて。初めて日本で行ったジムは錦糸町。茨城からそこまで行かないと、ジムが探せなかったのです。そのジムの方に「つくば市にクライミングジムがオープンしたよ」と聞いてからは、つくばのジムに通っていました。それでも親の送り迎えで30分以上かかるので、通っていたのは週末だけ。たまたま酪農の実家で父がクライミングの壁を作ってくれたから、続けられました。その時代で続けられたのは奇跡だったと思います。今ではオリンピック効果で、一気にクライミングジムが増えました。今では全国に600店舗以上のジムがあります。

二ノ丸 じゃあ大阪にもクライミングジムがあるのですね。

野口 もちろんあります。それどころか、山手線の全駅周辺にもあるほどです。ない県はないくらいに、体験できる場所を増やすところまでは来ました。ただ、コロナ禍でつぶれてしまったジムもあるので、質の良い所を増やすことが課題です。ジムだけでなく、指導者を増やしていくことも。クライミングの魅力をもっともっとお伝えして、日本で人気のスポーツにしたいですね。野球、サッカー、クライミングみたいな(笑)。そういうことを、セカンドキャリアでやっていきたいなと考えているところです。

 

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