元サッカー日本代表監督の岡田武史氏が4年の歳月をかけ完成させたサッカー指導理論『岡田メソッド』。2019年には300ページに及ぶ書籍を上梓し、映像でそのエッセンスを配信するYouTubeチャンネル『岡田メソッドTV』もスタート。さらにDX(デジタルトランスフォーメーション)の活用により、日々アップデートを続けている『岡田メソッド』とは何なのか? 岡田氏が思い描く日本サッカーの未来と、スポーツがもつ人を育むチカラの可能性について伺った。(2022年3月に収録)
取材・文=編集部 写真=Getty Images
目次
スペインにはプレーモデルというサッカーの型がある
──「岡田メソッド」を創り出すに至った背景について教えてください。
「Jリーグの設立当初(1992年)、日本には有名な外国人指導者がたくさん来ました。彼らは、なぜ日本の選手は『ここはどう判断したらいい?』と聞いてくるのかと疑問に思ったそうです。当時の日本サッカーは『ボール持ったらここへ蹴る』といったハウツーばかりを教わってきたので、ピッチ上で自ら判断できる選手が日本には育っていなかったんですよ。
そこから日本サッカーは選手に自由を与えるようになりました。選手は伸び伸びと成長し、高校生の年代からは戦術を知るようになり、日本サッカーは世界の舞台でも一定の成果を上げるようになりました。
ところが、その根本は変わってないと痛感したのが2014年のブラジルW杯です。アルベルト・ザッケローニ監督が率いた日本代表は本当に素晴らしいチームでした。大会前はそう思っていたんですが、初戦(vsコートジボワール)1-2で逆転されたら総崩れをしてしまい、誰も試合中に立て直すことができなかったんです。これにはすごくショックを受けました」
──W杯優勝を掲げて挑んだ日本代表でしたが、初戦の負けが響き1分2敗でグループステージ敗退となりました。
「そのW杯後の7月、日本サッカー協会のスタッフから紹介してもらったのがFCバルセロナのメソッド部長だったジョアン・ビラ(バルサの育成カテゴリーからトップまでのフットボールスタイルを確立し、シャビ、プジョルといった名選手を輩出)でした。当時、僕は平穏な老後を過ごそうと思っていたから『面倒くさいな』と思ったんだけど(笑)。実際に会って、彼が言ったのが『スペインにはプレーモデルというサッカーの型がある』ということでした。
衝撃だったよね。あれだけ自由な発想でプレーするスペインサッカーに型があるのかと。しかし、よく聞いていくとそれは型にはめるようなものではなく、そこには原則があって16歳までに教え込み、その後は選手の判断に任せるというものでした。その瞬間にビビッときて、日本サッカーの育成に足りないのはこれかもしれないと思ったんです」
──それまで日本サッカーが考えてきた自由とスペインのそれは違っていた?
「実は彼ら(スペインサッカー)の自由の根底にはプレーモデルという核があったんです。僕らは『自由』だけを真似てきて本質が見えてなかったのかもしれない。もしその型を浸透させることができれば、日本人も主体的にプレーする選手ができるんじゃないかと思ったんです。
2019年のキリンチャレンジカップで日本代表がベネズエラ代表との試合で前半だけで4点を取られたことがありました。そこで驚いたのが、ハーフタイムにピッチを引き上げる選手たちが誰も言い合いをしていなかったんです。『俺たちはどうしたらいい?』と目が泳いでいるようにさえ見えました。
同年、ブラジルでFIFA U-17ワールドカップが開催されました。この年代ではフランスが圧倒的に強いと言われていて、実際に準決勝戦まで勝ち上がり、地元のブラジルと対戦したんです。下馬評通り、開始15分でフランスが得点を重ねて前半を2-0で折り返した。前述の日本と同じ状況です。しかしそのあとテレビに映った光景は真逆のものでした。
17歳以下のブラジルの選手たちがレギュラーサブもグラウンドに集まって手を振りかざして激論してるんですよ。そこに監督コーチは一人もいない。そして迎えた後半、ブラジルは3-2の奇跡の大逆転で勝利したんです。この違いは衝撃的でした。
ブラジルでは、プロクラブのユースチームに合格しても翌週は自分よりうまいヤツが来たらクビになるんです。監督、コーチの言うことを聞いているだけじゃ生き残っていけないですよ。自分でどうやって生き残るか考えていかないといけない。じゃあ日本でその環境を作れるかといったら難しい。
日本ではゆとり教育に代表されるように『自分でやりたいことを見つけなさい』という自由がありました。実際、それを見つけられた子は大成しているんですよ。ゴルフの松山英樹選手、テニスの錦織圭選手とかね。ところが多くの人が見つけられなくて、目標もない人が増えたと僕は感じてるんです。だから原則を与えて、あとは自由にする。ちょっと逆のやり方をしたら、ひょっとしたら自分で判断できるような選手になるのかもしれない。そんな選手を育成しないと、絶対W杯のベスト16を越えられないと思っています。だから岡田メソッドというのは、日本人として自律した選手を育成するためのチャレンジをしているところなんですよ」
──そうした背景から始まった岡田メソッドは、どのような過程を経て構築されていったのですか?
「バルサにはメソッドルームというものがあって、そこのコンピューターでしかコーチ陣も見られないメソッドがあるんです。正式にジョアン・ビラと契約して、それを見させてもらって、1年でバルサの真似事のようなことはできたんです。彼らは静的・動的という表現をするのですが、その表現がどうにも我々には腑に落ちない。
例えば彼らは縦パスに二つの固有名詞があるんです。ディフェンスラインで横にパスし、相手のディフェンスが動いたら逆サイドに展開する縦パスと、まっすぐ出す縦パスがそれぞれある。それは彼らにとってそれだけの価値があるからなんです。我々にはそのバックボーンがないから言葉だけ真似てもストンと落ちない。そもそも理解していなんだから説明できるわけがないんですよ。
サッカーはその国の文化や歴史やスタイルというバックボーンがあって成り立ちます。このままではスペインの真似ごとをした恰好だけのものができ上がってしまう。それで一旦白紙に戻しました。さらに二回くらい白紙にしたかな(笑)。それで4年もかけて、ようやく今ある形になってきたわけです。」
原則があることで共通認識ができ、体系化されていることで整理ができる
──プレーモデルとは「プレーの原則を体系化したもの」だと岡田さんは定義されていますが、改めてサッカーの原理原則とは?
「今まで僕たちは状況で選手に説明していたんですよ。例えばボールを持った選手へのサポートの原則であれば、状況によって『今の状況は寄せろ!』と伝えるわけです。選手からしたら『今のって何だ?』となりますよね。それこそ原則が一万通りくらいあるように感じてしまう。
それを岡田メソッドでは[①緊急のサポート②継続のサポート③突破のサポート]の3つの原則に分類します。そしてゲーム中に自分がどのサポートをすべきなのか、全員に声を出させるんです。つまり、ボールを持っている人の状況、自分についているマークの状況が見えていないと番号が言えないわけです。
今まで僕は『周りを見ろ!』とずっと大声を張り上げていましたが、岡田メソッドでは自然と選手が周りを見るようになるんです。そして番号を間違えた場合でも、本人が『①ではなく②ですよね』と明確に間違いを理解できる。このように原則があると共通認識ができるようになります」
──プレーモデルの浸透が試合で活きた例はどんなものがありますか?
「我々はゴールを達成するためのオフェンスを3つの段階に整理しています。
①キャスティング……自陣から相手のFWのラインを突破していく段階
②ウェービング…… 攻撃の準備をする段階
③ガス&フィニッシュ……相手の守備陣を崩して突破しゴールを決める流れ
そしてピッチを第1エリア(自軍)、第2エリア(中間)、第3エリア(敵陣)の3つに区分けします。
昨年、FC今治のトップチームで、前半にプレッシャーをかけられて何もできていない試合がありました。ハーフタイムに攻撃の3段階の①②③のどれが問題なのかを監督コーチで話し合うのですが、体系化されているので整理ができるんです。なぜ①のキャスティングができていないのか? それは第1エリアに人がいないからだと。それを選手たちに伝えたら後半からガラッと試合展開が変わり、試合に勝利しました。
例えば、原則がないと『ストッパー(DF)がボールを持ったら、ボランチ(MF)がボールをもらいに行け!』という状況説明になるものが、原則があると『ストッパーがボール持ったら、第1エリアに人がいないから2人のボランチのどちらかが入る。ボランチがボールを受けるとそこにプレッシャーがかかるから、ストッパーがもう一度ボールを受ける。そしたら第3エリアが空く』と説明できるわけです」
──原則が体系化されていると選手自らで判断ができるわけですね。育成年代の選手には、岡田メソッドの座学の時間などを設けているのでしょうか?
「これはコーチのアタマの中に入っておくべきことで、選手に対して座学のようなことはしていません。最近はトップチームも岡田メソッドを取り入れているのですが、逆に彼らは座学をしないと把握できないことがあるようです。子どもはプレーの中で繰り返すことで刷り込まれていくのですが、大人はある程度頭で納得しないといけないですね」
──FC今治のアカデミーでは実際にどのように活用されているのですか?
「NECさんと開発したスポーツ育成支援プラットフォーム(以下:MethodBASE)を活用しています。FC今治では岡田メソッドがMethodBASEに蓄積され、年間・月間・週間ごとのサイクルが決まっています。
一つの原則をマスターするための体系化されたトレーニングがいくつかあって、コーチは「今日はどの原則の練習をするか」を決めます。練習後はその改善点をiPadに書き留め、新しい情報を貯めていくのです。これまで一人の経験で積み重ねていたものが、MethodBASEを通じて全コーチの知の共有・経験の共有ができるようになったんです。当初からアップデートし続けているので、いま今治だけで1400以上のメニューが積み重なっているんですよ。このデジタルツールは現在、Jリーグでも複数チームが導入しています」
──経験・知の共有は、選手だけでなくコーチ自身の成長にもつながりそうですね。
「特に中国でそれが顕著です。提携しているチームに9人のコーチを送り込み8年目になりますが、アカデミーの2学年が全国大会で優勝し、『岡田メソッドがすごい』と話題になっています。独占契約しているから他のチームでは使えないんだけどね(笑)。彼らは日々一緒に生活し、研鑽した内容をMethodBASEに書き溜めているので、知の共有の情報量がもの凄いことになっています。これまでコーチ一人が経験し成長していたものが、コーチ何十人分の成長になる。これが大きいですよ。もうちょっとデータが溜まったら、プロに成長した選手がどんなトレーニングしたかも一目でわかるようになります。まだ蓄積の段階ですが、今から楽しみで仕方がない」
部活動の在り方が変わりつつある今が変革のチャンス
──現在の中学、高校のサッカー指導者はどのくらい原理原則を考えて指導されていると思いますか?
「考えておられる先生方はたくさんいらっしゃいます。ただし、それが感覚的であったり、きちっとした言葉になっていなかったり、体系化されていないのが実情なのだと思います。高校の先生方はあれだけの人数を見て、1年ごとにメンバーが変わっていく中で結果を出さないといけません。とにかく時間がないわけです。原則を考えてじっくり体系化するとは現実的に難しいでしょう。
しかし世の中の趨勢として、先生の残業問題や部員不足など、部活動の今後のあり方が変わりつつあります。MethodBASEの波及も含め、僕らはこれを変革のチャンスだと思っています。何より、先生方の環境を変えていくことが大事なのかと思います」
──岡田さんが考える自律できている選手とは?
「どんな状況でもパターンに陥らずに、自分で判断していける選手です。守破離という言葉(「守』で師から型を身につけ、『破』で型を破り、『離』で師から離れ新しいものを生み出す)がありますが、岡田メソッドでは原則をマスターした選手『守』は、自分で選択していける『破』となり、感覚でプレーしたものが原則に沿ったプレーになっている状態を『離』と捉えています」
──ジョアン・ビラさんが言っているように16歳までに「型」を覚えることが「守」という意味ではないのですね。
「選手の成長度合いを守破離で捉えています。試合中に『今の原則は?』なんて考えていたらダメでしょ? 年はまだ幼くても、『守』が分かっている選手に何回も原則を積み重ねて教える必要はないです。岡田メソッド自体はあくまで競技内で主体的な選手をつくることを考えて生み出されたものですが、スポーツには自律した人間を育む大きなチカラがあると思っています」
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