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神川明彦×大山加奈│「スポーツから培われる自己管理能力」supported by SPLYZA Teams

スポーツ指導者は、子どものあらゆる生活シーンに立ち会えるわけではない。指導者の目が届かない時間が多い中で、子どもの成長を左右するのは「自己管理能力」。自己管理を形成する目標設定の考え方、客観的な思考力はどのようにして培われるのだろうか。元バレーボール女子日本代表の大山加奈氏と、元明治大学サッカー部監督で長友佑都をはじめ、多数のプロサッカー選手を育て上げたスフィーダ世田谷FCの神川明彦監督を招き、親でもあり指導者でもある両氏に、子どもの自己管理能力を高める指導法や環境づくりについて聞いた。

 

選手自身の判断を尊重する指導方法

 

──神川さん、スフィーダ世田谷のなでしこリーグ初優勝おめでとうございます。振り返ってみると、女子チームをまとめあげる時に悩んだ部分はありましたか?

 

神川 女子サッカー監督のオファーをいただいてから、色んな方にアドバイスをもらいました。「考えてもらうよりも、自分で指示を出したほうが結果が出やすい」という内容が多くて、自分のスタイルと違うので考え込みましたね。サッカーにはタイムアウトがなく、前半が始まったらハーフタイムまでは時間が止まりません。そういうスポーツの性質上、サッカー選手にはピッチ上で瞬時に自己判断できる能力が求められます。その能力を身に付けてもらうために、今までのやり方を女子チーム向けにアレンジしながら、スタッフと力を合わせてやってきました。選手の持ち味を最大限発揮できる指導方法を心がけています。

 

 

──大山さんも「”監督の言う事が絶対”ではスポーツの良さが半減する」と言っていましたね。

 

大山 まさにそうですね。「監督の指示通りに動かなければ」という感覚でプレーしている選手が多いのです。ラリーの中では、常にその瞬間に合わせて対応していく必要がありますが、自分の判断よりも監督の思い描く正解を求めてしまう。なぜ「女子選手には、ああしろこうしろと指示を与えたほうが良い」と言われるのでしょうね。男子と女子の指導方法が違うのは、バレー界でもよく言われます。身体のつくりが違う点は配慮が必要だとしても、指導方法に大きな差はないと私は思います。

 

神川 指導方法については、僕も大きな変わりはないと思います。ただ、サッカーの場合は骨盤の形が違うので、女子選手だとヒザがどうしても内側に入りやすい。「前十字靭帯断裂」という怪我をしやすい特性はあるので、そういった点には配慮が必要です。あとは、真面目でひたむきな女子選手が多くて、言われた事をすべて聞いてしまう傾向はあると感じます。とはいえ、指導者も経験を重ねて伝え方を工夫していけば、一方通行な指導にはならないでしょう。今回のスフィーダ世田谷の優勝が証明したと思います。僕はある程度の方針は示しますが、そこからは自分でやってもらう指導スタイルです。僕の評判を選手に聞いたら、「あの人何にも言わない、自由自由」と言われるかもしれません(笑)。

 

大山 私の中学高校時代の監督も、ひたすら黙って見守っている感じの方でした。自分たちで工夫して考えていかないと、上手くなって結果を残せない環境でした。だからこそ、考える力がすごく身に付きましたね。一方で、「怒ってくれたほうが楽だな」と思う時もありましたね。

 

神川 「自由という責任」を与えるということですね。東北高校の硬式野球部監督が元プロ野球選手に変わったと記事で見ましたが、その方がまさに自由な指導スタイルのようです。選手の話を聞くと、親や監督に怒られるのが怖くて、失敗しないようにびくびくしながら野球しているという声が多くありました。それを聞いた監督さんは「大人を代表して俺が謝る」と言って、三振やエラーをとがめない指導方針になったそうです。ただし選手が自由を獲得できると、その分責任も発生します。ミスをしたら次の課題を見つけてもらい、子どもの自立を促していく。それで子ども達が成長して、早くも選抜大会の出場権を獲得したようです。

 

 

自己管理能力には順番がある。まずは目標設定と時間管理

 

──神川さんから、「自己管理能力には順番がある」とうかがいました。一つ目からお聞かせください。

 

神川 最初は「目標設定」と「時間管理」ですね。僕は2004年に明治大学サッカー部のヘッドコーチに就任しました。強いチームにあって当時のチームになかったものは、目標設定と時間管理です。まずは、「人間的成長」と「大学サッカー界のトップに君臨すること」をチームの目標として掲げ、部員ごとにバラバラだった目標を統一しました。しかし当時は単位が取れないことを、部活動で授業に行けないせいにする部員も少なくありませんでした。そこで導入したのが朝練です。朝の6時~6時半に朝練をする代わりに、朝9時の1限から夕方の5限までは授業に出られるようにしました。自分で時間をコントロールできるようにして、1限スタートの子が言い訳できないような仕組みを作ったのです。

 

 

──その仕組みを導入した時に、順応できない選手はいませんでしたか?

 

神川 最初は批判の嵐でしたね。学生の一番苦手なのが早起きで、うちの娘も中々起きてきません(笑)。練習には顔を出さないといけませんが、明治大学では事務職員の仕事も抱えていたので、朝練しか選択肢がありませんでした。当時の明治大学サッカー部には、夜間照明の付いたグラウンドがなかったのです。それを逆手にとって、「朝しかないじゃん」という流れで導入しましたね。

 

 

──足並みがそろうまでに、どの位かかりましたか?

 

神川 2月に導入して、4~5月くらいには定着してきましたね。朝練を導入したことで時間を有効に使えるようになって、「朝練いいですね」という声も多くなりました。昼間はサッカー部以外の友達とも交流できるし、夕方に帰ってくるとまだ時間がたくさん残っている。あとは、朝に食べておかないとお腹が空くので、寮の朝ごはんをしっかり食べるようになったのも大きいですね。以前は朝ごはんを残す子が多くて、食品ロスが問題になっていました。様々な問題が解決したからか、前期は6勝1敗という好成績で、関東大会で1部リーグのチームに勝って初優勝もできました。朝練でも強くなれると、選手が実感できたのが大きかったと思います。

 

 

──大山さんは指導でもあり、お子さんを持つ親でもあります。子どもは楽なほうを選ぶので、勉強とスポーツがあったら、勉強を捨ててしまう子がほとんどですよね。

 

神川 私自身も、中学生の時はバレーボール以外のことがないがしろでした。「バレーボールの道に進むのだから、それだけやればいい」という考えもありましたね。でもその頃は、あと一歩の壁を乗り越えられず、結果が中々残せなかったのです。それで「バレーボールしか頑張っていないからだ」と気付きました。そこからは、勉強や周りの人に対する態度など、全ての行動を変えましたね。あの時気付いたからこそ、全中で日本一になれましたし、今もこうしてお仕事をいただけています。でも最近になって、実は先生がヒントを与えてくれていたのだと気付きました。「こうしなさい」ではなく、私が気付けるように環境を整えてくれていたのです。細かく指示されていたら、反抗していたか、見られている時だけ守っていたと思います。でも、自分で「行動を変えよう」と決めたので、誰が見ていようが関係ありません。それが大きかったですね。

 

 

──自己管理能力の次のステップがまさに「気付き」でしたね。

 

神川 気付きは選手の行動を自発的に変えるので、重要ですね。「ああしなさい」と言われた通りにやれば、上手くいくのは当たり前です。でも、いつでも上手くできなければ、それは実力ではありません。本当の実力は、自分なりの気付きから生まれます。「こうやったら上手くいくんだ」という成功体験を自信に変えて、試行錯誤しながらチャレンジを繰り返す。いつでも出せるレベルの実力に育てるためには、選手が自分でやると決めるプロセスが大事です。それがないと、失敗した時に誰かのせいにしてしまいます。最終的に自分が決めたというプロセスは、上手くいかなくても乗り越える原動力になります。

 

 

「気付き」が自己管理能力アップにつながる

 

神川 かつての長友佑都選手(FC東京)も、色々アドバイスしても変わらない子でしたね。でも二年生の時にヘルニアを患い、復帰した夏には今の原型という感じになっていました。ヘルニアは治すまでに半年かかる大病です。試合に出られない苦しさの中で、「やっぱりプロサッカー選手になりたい」という思いに気付いたのでしょう。「自問自答」する期間があったことが、気付きにつながったのだと思います。復帰後はアドバイスする必要もないほど自力で成長して、日本代表への階段を上がっていきました。

 

 

──長友選手の自己管理能力は、苦しい経験を通して養われたのですね。

 

神川 千鳥のノブさんと対談している番組を見ましたが、彼の一日のスケジュールはすごいですよ。あのレベルの生活を365日、何年やっているのかと驚きます。とんでもないレベルの自己管理能力を持っている選手だと思いますね。

 

 

──今の中学生年代では週4、5日塾に行く子も少なくありません。親が勧める勉強のほうに行きがちになって、スポーツで気付ける機会が減っていますよね。

 

大山 まず、部活動が6、7月に終わってしまうのが問題だと思います。大会が終わったら部活も終わって、あとは受験勉強、というのが当たり前になっていますよね。スポーツをやりたくても、やれる環境がないのです。でも、試合に出なくてもスポーツは楽しめますし、やる意義があります。試合のための部活にならないように、仕組みも変えていくべきだと思います。

 

神川 日本の学校教育では、部活動と勉強を切り離す傾向が強いですよね。僕が総監督を務める学校でも、「試験の成績が一定レベルを下回ると部活停止」という制度があります。部活動自体は奨励しているのに、成績の低さが部活のせいにされるのは疑問を感じますね。これから世界を生き抜く子達には、3つも4つも同時にやれるぐらいの人間に育つような仕組みが必要だと思います。そういうのを変えていくのは、僕も含めて大人の役割ですね。ただ、24時間は誰にとっても平等に与えられます。24時間をどうコントロールしながら目標を達成していくか、大人が教育的な視点で語ってあげるのも大事です。

 

 

──子ども達がやり遂げられるように、大人が考えてあげるのも大事なことなのですね。

 

大山 まさにそうですね。一緒に考えてあげるという作業ができず、「こうしなさい」と押し付けてしまうケースは少なくありません。私も親になったばかりなので、気を付けたいと思いました。子どもが何を求めているのか、どうしたいのかを何よりも尊重しないといけませんね。

 

神川 どこに才能があるかは分かりませんからね。勉強、スポーツ、音楽、何をやるのも子どもの自由です。子ども自身も最初は気付かないので、興味があることはまずトライさせてあげるのがいいと思います。

 

 

子どもの強みを見つけてあげる作業が大事

 

──自己管理能力の次のステップは「個人の価値づくり」でしたね。

 

神川 明治大学サッカー部の例だと、ピッチに出られるのは11人、ベンチが7人、残りはスタンドにいます。でも、ベンチやスタンドの選手がチームにとって価値がない、ということは決してありません。ベンチの選手は試合の状況を観察しながら準備して、試合にでる時は全力を尽くす。スタンドの選手も悔しさをこらえて、今自分にできることを考えて、明るく元気に情熱を持って振る舞う。そういう選手達もチームに貢献しています。今年のスフィーダ世田谷も、まさにそうです。アウェー戦だとスタンドの選手は遠征できないので、東京に残って居残り練習をしますが、それで手を抜く選手はいません。置かれた状況が違っても、お互いを尊重し合いながらチームを盛り上げていく。お互いの立場を理解して協力し合っていくのは、ビジネスの組織でも一緒ですよね。

 

大山 共感するところしかなかったです。高校時代には荒木絵里香、木村沙織がいるチームで、3冠を取っています。でも、いい選手がいたから勝てるほど、高校バレーは甘くありません。ほかのチームとの大きな差は、ユニフォームを着ていない子達にあったと思います。試合に出られず苦しい思いをしてもモチベーションを保ち続けて、チームのために尽くせるのは本当にすごいことですよね。社会に出て活躍しているのは、やっぱりそういう選手達です。あの3年間で身に付けたことが活きているのだと感じますね。

 

 

──ただ、試合に出られない選手も、望んでスタンドにいるわけではありませんよね。今は一人ひとりが自分の活躍する場を選べる時代なので、組織づくりが難しいという声もあります。

 

神川 それはありますね。ただ、磨き上げてきた力を活かせる組織を選んで入っていくのも、ひとつの自分の活かし方だと思います。今は鎌倉インターナショナルFCのアドバイザー、ジュニアのスクールをやっていますが、面白い組織になりつつあります。皆が違う強みを持っていて、それぞれの強みを認め合っているのです。お互いが尊重し合っているから、若い人も僕をおじさん扱いしません。皆がそれぞれの強みに合った役割を担うことで、組織になっている。組織に貢献できている実感が強いから、皆が「もっと組織のためにやりたい」という気持ちになっていると感じます。

 

大山 皆が強みを活かせるというのは、すごく素敵な組織ですね。ただ、自分の強みは中々自分で気付けません。選手を指導する時も、その子の強みを見つけてあげる作業は大事だと思います。育成年代で「お前はダメだ」と言われ続けたら、大人になってから強みを見つける作業が難しくなります。だからこそ、私達の責任は大きいですよね。

 

神川 子ども達が強みを見つけられる環境づくりは、大人の役割ですね。僕も大学時代にはチームに対して色んな思いがありましたが、やっぱり変えられませんでした。でも、監督になったら数か月でチームを変えられて、優勝につながりました。選手がチームを大きく変えるのは難しいので、大人が手を入れてあげる必要があります。環境を整えてから選手とどうアジャストしていくかは、年代や性別で変わらないと思います。サッカーだとゴールまでの道筋が自由で、絶対的な正解がありません。正解のないゴールに対して、自分がどう振る舞うか考えることが求められます。だから僕のスクールでは、子ども達の選択を否定しない方針で指導しています。

 

 

スポーツで得られるものは結果だけではない

 

──スポーツで結果を出すことは、大きな自信につながります。ただ、たとえ結果にはつながらなくても、自分なりの魅力を見出すのも大事ですよね。

 

神川 結果が分かりやすいのもスポーツの魅力です。ビジネスだと結果が見えづらい仕事も多いですよね。ただ、社会を生き抜くうえで必要な全部の答えが、スポーツだけで得られるわけではありません。僕自身も就職活動で気付いたのですが、置き換え作業が大事です。スポーツで何を身に付けたか、強み・弱みはどこかと言語化する。それらを自分の中で整理しておけば、社会に出た時にも仕事と結び付けやすいでしょう。日頃から置き換え作業が行えるようになるには、指導者がきちんと教育してあげる必要があります。その先の人生と結びつく思考回路を作ってあげられれば、スポーツはもっと有意義なものになります。スポーツで結果を出すのは素晴らしいことですが、それ以外に得たものも無駄にしてはいけません。

 

 

──結果にこだわってしまい、置き換え作業が行えないケースも多いですよね。

 

神川 「インカレで優勝しました」と言っても、「で、うちの会社で何するの?」と聞かれてしまいます。優勝は価値があることですし、それに向かって自分を磨き上げていく作業は素晴らしいと思います。でも、世の中が求めるのは「優勝した自分」ではありません。優勝した自分が社会で何ができるのか、その力を使ってどうしたいのか、といったことが求められます。

 

大山 「何のためにスポーツをするのか」という軸をしっかり持っている選手やチームはすごく魅力的だと感じます。トップ選手も、そのスポーツだけやっていればいい、という時代ではなくなりつつありますよね。自分の役割、価値を見出して、いかに社会に貢献できるか。育成年代も、ただスポーツやるのではなく、培ったものをどう活かしていくかが大事だと思います。

 

──最後に、皆様へひと言ずつメッセージをお願いします。

 

神川 月曜日の遅い時間にもかかわらず、多数ご参加いただきありがとうございました。大山さんからお話を聞く中で、僕自身も多くの気付きがありました。それを大切にして、また明日から指導現場で躍動していきたいと思います。本日はありがとうございました。

 

大山 皆様、ご参加いただきありがとうございました。お忙しい中でも勉強しようとしている皆さんを本当に尊敬します。私自身も子育てを始めてまだ一年半ちょっとで、楽しさと難しさを日々実感しています。その中でこういった機会をいただけて、神川さんのお話も聞けて、本当に勉強になりました。スポーツは生きていくうえで必要な、たくさんの力を身に付けられます。私は、ただスポーツしてきたことを後悔しています。ぜひ皆さんには、そういう力が身に付くことを子ども達に教えていただけたらと思います。スポーツを通じて、子ども達の人生が豊かになることを願っていますし、私もそのお手伝いができるように頑張っていきたいと思います。ありがとうございました。

 

PROFILE

神川明彦(スフィーダ世田谷FC監督)
1966年生まれ、神奈川県出身。神奈川県立鎌倉高等学校の2年時にインターハイでベスト16、第62回全国高等学校サッカー選手権大会に出場。その後明治大学サッカー部に入部。卒業後は明治大学サッカー部のコーチに就任し、2004年にサッカー部のヘッドコーチを務め、2005年よりサッカー部の監督に就任した。2007年には43年ぶりに関東大学サッカーリーグ戦優勝を果たした。この年には、長友佑都を始め、後にJリーガーとなる選手が多数いた。2016年よりグルージャ盛岡の監督に就任。2017年より明治大学付属明治高等学校・中学校サッカー部の総監督に就任した。2021年シーズンよりなでしこリーグ・スフィーダ世田谷FCの監督を務めている。
大山加奈(元バレーボール女子日本代表)
1984年生まれ、東京都出身。小学校2年生よりひまわりバレーボールクラブでバレーボールを始めた。全日本バレーボール小学生大会(ライオンカップ)で全国制覇を成し遂げた。成徳学園中学に進学。成徳学園高校(現・下北沢成徳高校)では、主将としてインターハイ・国体・春高バレーの3冠を達成し、小中高全ての年代で全国制覇を経験した。2001年に全日本代表に初選出。高校卒業後は、東レ・アローズに入団し、2004年にはアテネオリンピックに出場。力強いスパイクを武器に日本を代表するプレーヤーとして活躍した。2010年に現役を引退しキッズコーディネーショントレーナーの資格を取得し、全国での講演活動やバレーボール教室に精力的に取り組み幅広く活動している。

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