COLUMN

<前編>スポーツ経験者は将来賃金アップ!?
経済学者が語るスポーツ教育の真価 
佐々木 勝教授(大阪大学大学院 経済学研究科)

PROFILE

佐々木勝(大阪大学大学院 経済学研究科 教授)
アメリカのテンプル大学教養学部卒業後、ジョージタウン大学でPh.D.(経済学)取得。世界銀行(ワシントンDC)コンサルタント、アジア開発銀行(マニラ)エコノミストを担当。帰国後、関西大学、大阪大学社会経済研究所を経て2012年4月から現職。専門は労働経済学。

学歴重視の日本教育において、大学入試の評価基準は認知能力に偏る傾向にあります。しかし、それだけでいいのでしょうか? 実際に社会に出たときに、協調性や統率力、判断力などの非認知能力がある人材とそうでない人材とでは、会社はどちらを必要とするでしょうか。給料を決める要因を需要と供給から考察する「労働経済学」を専攻する佐々木勝教授(大阪大学大学院経済学研究科)は、認知能力に偏った学力重視の日本教育に異を唱えます。「スポーツ経験者の将来賃金は1割増加する」という興味深い研究結果をもとに、スポーツ教育の真の価値を経済学の視点から伺いました。

 

社会に出た後に必要になるのは
「認知能力」と「非認知能力」の両翼

――まずは佐々木教授の活動のご紹介からお伺いできればと思います。

「私は2004年に今の大阪大学に来てから、今年で17年目になります。労働経済学を担当し、研究に関してはスポーツ経済学もやっていますし、行動経済学に関係する実験・研究を行っています。例えば、集団と個人でそれぞれ決定する場合はどのように違うのか、経済実験から観察し研究するなど幅広くやっています」

 

――大阪大学での佐々木先生の講義では、恋愛など普段の生活を例に、学生にもわかりやすいアプローチをされていらっしゃいますね。

「例えば失業とは企業と労働者のミスマッチから起こることなのですが、それを男女に置き換えれば恋愛にも応用できます。失業者は恋人がいない1人ぼっちで、企業で働いている労働者は彼女がいる、と置き換えれば労働市場の理論が恋愛に置き換えられるわけです。我々経済学を研究している者たちは、私に限らずほぼ全員が若者に興味を持ってもらえるように、かみ砕いて教えています。というのも、分かりやすく教えないと学生がついてこない(笑)。経済学部は志願者こそ多いですが、偏差値などが判断基準で、純粋に経済学を学びたくて来ている学生は少ないと思います。私の世代もそうでしたが……」

 

――佐々木教授は学力重視の日本教育を危惧され、スポーツ活動による教育効果の有用性を発言されていらっしゃいますが、「スポーツの価値」についてどのようにお考えですか?

「お子さんをもつ親御さんは、誰もが我が子の成功を心から祈っていると思います。成功するための手段に“学歴”、すなわち偏差値の高い大学に入学することにあるのはわかりますが、いい大学に入れば成功できるかといえば、そうではないと思います」

 

――そうですね。

「大人になって社会で成功するには2つの能力が必要になります。1つは『認知能力』、もう1つが『非認知能力』です。認知能力とは知能検査等で測定できる情報処理や記憶能力のことで、読み書き、算盤、計算や暗記など、主に学校、予備校や塾等で形成されます。それはそれで重要ですが、飛行機は片翼だけでは飛べません。もう1つの翼である、非認知能力は協調性だったり根性だったり、リーダーシップであったり、社会生活に求められる能力を指します。それを習う場の1つが学校の課外授業、つまり部活動になるわけです」

 

 

“学歴の効果”はいつまで?
キャリア形成に役立つ真の能力とは?

――認知能力があれば大学には入学できても、その先の社会では非認知能力が必要になると。

「その通りです。学歴が高いといい会社に就職でき、同期よりも出世しやすいかもしれません。でも、それはキャリアの前半の段階であり、後半になればむしろ学歴ではなく、仕事の成果により評価されることになると思います。そこで必要になってくる能力は、人を惹きつけるコミュニケーション力、判断力、理不尽なことにも屈しないレジリエンス(=耐久性)等です。例えば部活動では、実力があるのに試合のレギュラーに選ばれなかったことなど、納得のいかないこともあるでしょう。試合の戦術をめぐって仲間と対立するかもしれません。しかし、社会に出ても理不尽なことは絶対にあるわけです。学生のうちにそれをどうやって克服をするのか。真正面から対抗するのか、折衷案を見つけ、相手の立場を考えて折り合いを付けていくことも、重要な訓練です。もちろん、勉学から得られる情報処理や記憶力といった認知能力は社会でも必要です。認知能力と非認知能力の両翼があることで、人は大きく羽ばたくことができるんじゃないかと思います」

 

――佐々木教授はどのようなスポーツ体験をされていたのですか?

「中・高で陸上部をやっていました。競技は中距離でしたが、当然、根性は鍛えられたと思います。なんでこんなにも走らされるのか、というくらい夏休みの暑い時期に毎日、毎日走っていましたからね。部活からの帰宅の際に、友人と『明日こそは絶対にサボろうぜ』と誓うのですが、結局、友人も私も次の日にはまた学校にいました(笑)」

 

――勉強と部活の両立は?

「期末・中間試験期間中でも部活動の練習はありましたから、勉強する時間を捻出するために、一日の生活のタイムスケジュールを意識して工夫したように思えます。私は個人競技でしたがキャプテンを務める機会をいただいたので、幸いにも集団をまとめる経験を積むことができました。学生時代のスポーツ経験が、現在の自分の人間形成に大きな影響を与えたと思っています」

部活動で経験する成功や挫折は、忍耐力や協調性、統率力、判断力といった非認知能力の向上につながり、経済的価値である人的資本を高めることになるという。Photo:AC

 

スポーツ経験者の将来賃金は1割増
非認知能力の習得が「人的資本」を高める

――スポーツ教育を身に付けた人と、そうでない人とでは賃金に差があるという研究結果があるそうですね。

「これは海外の研究結果になるのですが、アメリカのパデュー大学が発表した研究結果によると、スポーツをしていた男子高生は、そうでない生徒に比べて高校卒業後の11年~13年の賃金が4~15パーセント高いという結果が出ています。僕らの研究では、ある自動車メーカーの工場勤務の社員の昇進の度合を見ると、スポーツ経験があるほど昇進しているケースが多いことが分かっています。昇進するということは給料が高いと考えられますので、スポーツ経験がある人材が評価され、さらなる昇進や収入増につながっていることがわかります」       

 

――スポーツ経験者の将来賃金が1割増加する、というのは分かりやすいですね。親の目線からも一番関心があることかもしれません(笑)。

「教育経済学では『教育』は、子どもへの『投資』に置き換えられます。投資として費用を捻出して将来的にリターンを得ます。その人の経済的価値である人的資本を高めると、労働生産性は高くなり、高賃金を得られるという発想です」

 

――つまり、スポーツ活動に投資することで得られる「リターン」が非認知能力であり、それが労働生産性を高め、先ほどの研究結果からも高賃金を得ることにつながっているということですね。

「そうです。非認知を鍛えることが投資のリターンになる。つまりは認知能力のケースの考え方と同じことです。リターンが認知能力に紐づく学歴であれば、親後さんは投資を惜しみませんが、スポーツとそれにつながる非認知能力となるとリターンの部分を認識しなくなるのです。スポーツをするには、当然費用もかかります。ユニフォームや靴、月会費、遠征費もあるでしょう。それを単にコストと考えてしまい、肝心なリターンが見えていないのです。教育の時間的な効果ばかりを考え、『スポ―ツをすると勉強する時間がなくなる』と子どもを叱ってしまうのは、その発想から来るものです。スポーツに費やす時間に“負の認識”を持ちがちですが、そうではなくて、非認知能力を鍛えることで、『さらにリターンが上積みされる』と考えるべきなんです」

 

――後編に続く――

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