日本で最初に「コーチング」を持ち込んだ日本最大のコーチングファーム「コーチ・エィ」の代表を務める鈴木義幸氏。ダイバーシティ(多様性)、課題の複雑化、イノベーションの必要性が求められる現代社会において、人の主体性に働きかけるアプローチは必要不可欠だ。これまで200人を超える経営者のエグゼクティブ・コーチングを行い、企業の組織変革を行ってきたコーチングのスペシャリストが、スポーツの領域を例に、日常で活用できるコーチング・スキルを連載形式でお届けする。
目次
問題は、何が問題かがわからないこと
ほとんどの問題は、問題が何かがわからないことが問題なのであって、それが特定できてしまえば、解決することはそれほど難しくはないのです。選手自身が問題を特定できていないにもかかわらず、コーチが自分の方法論だけで「いいからこれをしろ」という。選手はとりあえずそれを試してみるけれど、うまくいかない。そうすると、選手は一層混乱し、自己効力感が落ちていく……。こういう例は、枚挙にいとまがありません。これはスポーツの世界に限ったことではなく、ビジネスの現場でも同じです。
繰り返しますが、「相手のエキスパートは相手」です。
ずいぶんと昔の話になりますが、ある製薬会社の役員から、その人の部下にあたる部長のコーチングを依頼されたことがあります。
「部長がすぐに部下に怒鳴る。何度も『怒ってはだめだ』と言っているけれども、変わらない。なんとかしてもらえないだろうか」
私たちは、通常、こうした問題行動の修正といった対症療法的なコーチングは提供していないのですが、このときはこの役員のあまりの熱心さに引き受けることにしました。
怒りの是非を問うのでなく、そのプロセスを探る
部長と話してみると、先ほどのスタンドオフの子と同じで、なぜ自分が怒るのかよくわかっていませんでした。
そこで、尋ねました。
「どうやって自分を怒らせているんですか?」
すると、部長は答えます。
「怒らせている?? 違いますよ、部下が私を怒らせるんですよ」
そこで、言いました。
「その部下の行動に対して、怒る人もいれば、怒らない人もいます。とすると、その『部下』という刺激を使って、あなたは自分を怒らせているとも言えるのではないでしょうか。今は、怒ることがよいかどうかを問題にしたいのではなくて、怒るメカニズムを発見したいだけなんです」
聞いていくと、自分の机に近づいてくる部下の顔を見ると、何かバッドニュースを言おうとしているのがわかると言います。部下の顔にロックオンし、目を離さずにいると、自分の机の前に立った部下が話し始めます。
何が起こったのか、どう改善できるのかではなく、部下は自分と約束したことを果たせなかったことに対して言い訳をします。それを聞いているうちに、だんだんと自分の息が浅くなり、自分の中で声がするといいます。
「何言ってるんだ。許せない!」
そして一気に感情が表に出てしまう。
「バカヤロー!」
あなたの問いが「相手が自分自身を知る」ことになる
このプロセスが、毎回同じように繰り返されるわけです。このプロセスを一緒にたどったことで、部長は「自分を怒らせる」という、それまで無意識にやっていたプロセスに、自分で介入できるようになりました。つまり、途中で立ち止まり、違う選択肢を取ることができるようになったのです。
「何を言ってるんだ。許せない!」
ではなくて、
「彼がうまく行かなった原因を、彼にどう認識させることができるだろうか?」
そう自分に問いかけることを始めたら、怒りの爆発は止まりました。
相手の行動を変えたいというときに、自分のやり方を押し付けるのではなく、まずは思い出してください、「相手のエキスパートは相手」だということを。そして、どうすれば相手は自分自身について、より深く知ることができるのかを考えてみてください。
あなたの問いが、相手が自分自身を知ることの助けになれば最高ですね。
PROFILE
- 鈴木 義幸(すずき よしゆき) | 株式会社コーチ・エィ代表取締役社長
- 慶應義塾大学文学部卒業後、株式会社マッキャンエリクソン博報堂(現株式会社マッキャンエリクソン)に勤務。その後渡米し、ミドルテネシー州立大学大学院臨床心理学専攻修士課程を修了。帰国後、コーチ・トゥエンティワン設立に携わる。2001年、株式会社コーチ・エィ設立と同時に、取締役副社長に就任。2007年1月、取締役社長就任。2018年1月より現職。
200人を超える経営者のエグゼクティブ・コーチングを実施し、企業の組織変革を手掛ける。また、神戸大学大学院経営学研究科MBAコース『現代経営応用研究(コーチング)』をはじめ、数多くの大学において講師を務める。20年ぶりの大改訂版を上梓した『新 コーチングが人を活かす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)他、『コーチングから生まれた熱いビジネスチームをつくる4つのタイプ』『リーダーが身につけたい25のこと』(ディスカヴァー)『新版 コーチングの基本』(日本実業出版社)など著書多数。
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