COLUMN

【#03】鎌田雄一郎│60点ボクサー村田諒太、感じる。<前編>

ビジネスの戦略決定や市場分析のほか、政治など多分野で応用される「ゲーム理論」を専門に、アメリカの名門大学で教鞭をとる鎌田雄一郎氏。社会において複数の人や組織が意思決定を行う場合に、どのような行動が取られるかを予測する「ゲーム理論」のスペシャリストは、トップアスリートの思考をどう解析するのだろうか。「bizFESTA」にて、 WBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太選手と対談した鎌田氏。若き天才ゲーム理論家が、たった一度の対談を基に<王者の意思決定>に至るメカニズムを複合的な視点でひもといていく。

 

 4月16日 – 18日に開催されたSPODUCATIONのイベント「bizFESTA」にて、プロボクサーで現WBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太選手と対談をした。初回の記事では、私の専門であるゲーム理論について説明しながら、この対談を概観した 。

 前稿からの数回は、対談内容の細かいところを振り返りつつ、私なりの気づき を加えていっている。本稿は、その第二弾だ。

 対談を振り返ると言っても、対談内容の全ては書ききれないし、私の筆力で村田選手の発言のニュアンスを正確に伝えきれているとは限らない。なので、この記事を読んで興味を持たれた方は、ぜひ見逃し配信をご覧いただきたい。

 

100点を出そうとするから、負ける

  村田選手と対談をしていて、高校生の頃を思い出した。

「満点を取らなくたって、東大には受かる。絶対できる問題を、ミスしないように解け。それだけで、十分だ」

 大学受験を控えた高校三年の時、化学の先生が口を酸っぱくして言っていたのだ。なぜ先生がそんなことを言ったかというと、それは「完璧を狙ってつい難しい問題に時間を使ってしまうと、結局解けない確率が高いし、他の確実に得点につながる簡単な問題に時間を使うことができなくなってしまう」からだ。

 村田選手も、文脈は違えど、同じことを言っていた。

 前稿で触れたように、ボクサーが崩れる時に一番多いのは、「自分から崩れる」ということらしい。そう聞いたので、「ではどのように準備をすれば、自分から崩れることのないようにできるか」という質問をぶつけた。その回答は、

「消去法ですね」

だった。

 この答えの真意が、先述の化学の先生の言葉と同じなのだ。どういうことか。この真意を、2019年7月に勝利してWBA世界ミドル級王者の座を奪い返したロブ・ブラント戦を例に、村田選手が語ってくれた。

 話は2018年10月のラスベガスに遡る。WBA世界ミドル級王者としてブラント選手の挑戦を受けた村田選手。試合はブラント選手のペースで進み、12ラウンドを終え結果は村田選手の判定負け。村田選手曰く、「ダメなところばかり出て0点の試合だった」。

 そこから村田選手は、「ダメなところを徹底的に洗い出す」という作業をした。何が悪かったかが分かっているので、その逆をやればよかった。だからやりやすかった、とのことだ。

 この準備をしたおかげで、下馬評では不利であったものの、自分としては勝てる自信があった。

 そして2019年7月、大阪にて開かれた、世界戦(ダイレクト・リマッチ)。村田選手は、第1ラウンドから完璧な立ち上がりを見せ、完全に圧倒した第2ラウンド、見事TKOでブラント選手を撃破する。

 対談で、村田選手はこう続けた。

「練習では50 − 60点の動きなのに、試合になると100点やそれ以上を出そうとするから、自分から崩れて失敗する。そういう人に限って、『練習通りできなかった』と言う」

 そうではなく、「短所を徹底的に潰して平均点さえ取ればいい」というように発想を変えれば、自分から崩れることはなく、勝利できるというのだ。

 ブラント選手との再戦に向けて、村田選手はこのような発想に基づき、準備をした。そして、王座奪還に成功したのだ。

2018年の王座陥落から1年、村田諒太は敗戦の要因を徹底的に洗い出して臨んだロブ・ブラントとのリマッチで2TKO勝ち。WBA世界ミドル級王者に返り咲いた/Getty Imeges

 

ボクシングの面白さの正体とは

 少し話は変わるが、ボクシンングは面白い。これは間違いない。でも、このボクシングの面白さの正体とは、いったい何だろうか。

 これを考えるために、いったん他のゲームを考えてみよう。他のゲームと比べることで、ボクシングの特殊性を理解しよう、というわけだ。

 まず、将棋を考えよう。将棋には、果てしない「読み合い」が存在する。この読み合いは人間では(むしろスーパーコンピュータでさえも)終わらせることはできない。私は将棋にそこまで詳しくないのだが、おそらく、「より相手を読んだ方の勝ち」ということになっている。だから将棋は面白い。「相手をどれだけ読めるか」が競われるからだ。

 これと真逆と言ってもいいのは、ジャンケンや◯×ゲーム(9個のマスに◯と×を交互に埋めるゲーム)だ。ジャンケンには読み合いも何もないし、◯×ゲームも、少し考えれば、必ず負けない方法が分かる。

 だから大人にとっては、ジャンケンも◯×ゲームも、面白い遊びではない。いくら暇だからと言って、繰り返しジャンケンをしたり◯×ゲームを何度もなんどもやったりする人は、まずいないだろう。

 しかし、子どもにとっては、ジャンケンも◯×ゲームも、面白いゲームだ。◯×ゲームではまだ必勝法を見つけていないし、ジャンケンでは、どうにかすれば相手の手を読めるのではないかと考えている。

 そして、そのように考えて手を決める子どもの出す手にはパターンがあるかもしれないから、大人としても、子どもとジャンケンをするのは面白い。「読みがい」があるからだ。

 さて、ボクシングは、これらのゲームと比べると、どのように位置付けられるだろうか。

 子どものジャンケンや○×ゲームのように、読み合いが完了し得るのに、し終わっていない状況なのだろうか。いやしかし、プロ同士のしかも世界王者の座を懸けたアスリート同士の対決なら、できる読み合いをしないで試合に臨むということはなかろう。

 では、「読み合いの完了したジャンケンや○×ゲーム」のような状況なのだろうか。それとも将棋のように、「読み合いが果てしなさすぎて、どんなに頑張っても読みきれない」状況なのだろうか。

 このような点を考え、ボクシングの戦略的な位置付けを理解すると、ボクシンングの面白さの正体が何なのか、分かるかもしれない。

 

“60点”が最適解? ボクシングの勝敗を分ける「読み合い」ともう一つの要素とは?

―#03後編に続く―

 

PROFILE

鎌田雄一郎(かまだ ゆういちろう) | カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院准教授
2007年東京大学農学部卒業、2012年ハーバード大学経済学博士課程修了(Ph.D.)。イェール大学ポスドク研究員、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院助教授を経て、テニュア(終身在職権)取得、現在同校准教授。NTTリサーチサイエンティスト、東京大学大学院経済学研究科グローバル・フェローを兼任。専門は、ゲーム理論、政治経済学、マーケットデザイン、マーケティング。著書に『ゲーム理論入門の入門』(岩波新書)、『16歳からのはじめてのゲーム理論』(ダイヤモンド社)

 

【若き天才ゲーム理論課家による至高の意思決定/鎌田雄一郎~back number~】

【#01】言語化するボクサー、村田諒太<前編>

【#02】百戦殆うからざるボクサー、村田諒太<前編>

【#03】60点ボクサー村田諒太、感じる。<前編>

【#04】客観視するボクサー、村田諒太/鎌田雄一郎<前編>

【#05】人のふり見て我がふり直すボクサー、村田諒太<前編>

【#06】創意工夫するボクサー、村田諒太<前編>

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