ビジネスの戦略決定や市場分析のほか、政治など多分野で応用される「ゲーム理論」を専門に、アメリカの名門大学で教鞭をとる鎌田雄一郎氏。社会において複数の人や組織が意思決定を行う場合に、どのような行動が取られるかを予測する「ゲーム理論」のスペシャリストは、トップアスリートの思考をどう解析するのだろうか。「bizFESTA」にて、 WBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太選手と対談した鎌田氏。若き天才ゲーム理論家が、たった一度の対談を基に<王者の意思決定>に至るメカニズムを複合的な視点でひもといていく。
考えるな、感じろ!
そう思い、これら諸々のゲームの例について話した後、村田選手に聞いてみた。「ボクシングで勝敗を分けるのは、何か?」というのが質問だ。より相手を読んだ方が勝つのか? パンチが強いと勝つのか? それとも何かしらの「センス」が優っている方が勝つのか?
最初に村田選手が言ったのは、
「将棋とボクシングの大きな違いは、ボクシンングにおいては考える時間がないことだ」
ということだった。
まず、村田選手がボクシングを(ジャンケンや◯×ゲームではなく)将棋と比較したのは、おそらくボクシングにおいてもやはり相手を読み切ることが不可能なものだと考えているからであろう。
これは納得できる。3分×12ラウンドでの攻防には、(まさに将棋のように)無数の試合運びの可能性がある。これは他のスポーツ──例えばサッカー──でも同じで、ボクシングも、いくら世界戦だといってでも「読み合いの完了したゲーム」とみなすのには無理があるだろう。
さて、将棋とボクシングを分ける「考える時間」だが、たしかにこれはボクシングというゲームの特殊性と考えられる。他のスポーツと比べても、特に反応スピード・一瞬の判断や意思決定が重要となるスポーツだろう。
だから、ボクシングにおいては、ブルース・リーの言うように、「Don’t think. Feel!(考えるな、感じろ)」で行動を瞬時に決定していかなければならないのである(村田選手のブルース・リーのモノマネをまだ見ていない人は、見逃し配信をチェック!

2019年7月のロブ・ブラントとのリマッチは、練習の段階から始まっていた。「0点」と振り返る前戦から「50-60点」の動きを発揮し完勝を納めた /Getty Imeges
メンタルの安定と、瞬時の判断
単なる読み合いではなく、そこに「考える」だけでは完成されない「瞬時の判断」という要素が加わるというのは、ボクシングの醍醐味であろう。
では「瞬時に感じて動く」ためには、何が必要か。 ここからは私の推測だが、そのために重要なのが、メンタルなのであろう。100点を狙って自分から崩れるようなことがあると、試合中のメンタルが維持できない。そうすると一瞬の判断が鈍ってしまう。
100点を狙わずに、短所を消す作業に専念することで練習通りの60点を必ず出せるようにする。そうすることでメンタルを強く持ち、試合中にしっかり「feel」できる状態を作る。そうすると、読み合いに加わるボクシングの特殊性である「瞬時の判断」が鈍らず、試合で優位に立てるのであろう。
高度な読み合いに、メンタルが絡み合う。これが、ボクシングの面白さの正体なのではないか、と私は考える。
ちなみに私の行った東大の理科2類も、実際の合格点はちょうど60%弱くらいであった。無事合格できたのは、しっかり化学の先生の言いつけを守り、堅実に分かる問題を解くことに集中したからかもしれない。
PROFILE
- 鎌田雄一郎(かまだ ゆういちろう) | カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院准教授
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- 2007年東京大学農学部卒業、2012年ハーバード大学経済学博士課程修了(Ph.D.)。イェール大学ポスドク研究員、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院助教授を経て、テニュア(終身在職権)取得、現在同校准教授。NTTリサーチサイエンティスト、東京大学大学院経済学研究科グローバル・フェローを兼任。専門は、ゲーム理論、政治経済学、マーケットデザイン、マーケティング。著書に『ゲーム理論入門の入門』(岩波新書)、『16歳からのはじめてのゲーム理論』(ダイヤモンド社)
【若き天才ゲーム理論課家による至高の意思決定/鎌田雄一郎~back number~】
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