COLUMN

【#04】鎌田雄一郎│客観視するボクサー、村田諒太<後編>

ビジネスの戦略決定や市場分析のほか、政治など多分野で応用される「ゲーム理論」を専門に、アメリカの名門大学で教鞭をとる鎌田雄一郎氏。社会において複数の人や組織が意思決定を行う場合に、どのような行動が取られるかを予測する「ゲーム理論」のスペシャリストは、トップアスリートの思考をどう解析するのだろうか。「bizFESTA」にて、 WBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太選手と対談した鎌田氏。若き天才ゲーム理論家が、たった一度の対談を基に<王者の意思決定>に至るメカニズムを複合的な視点でひもといていく。

 

 

#04前編はコチラ>

 

村田選手の細分化法を、アカデミアに応用してみる

 村田選手の細分化法を応用するケーススタディとして、少し私の話をしよう。

 私が身を置くアカデミアでは、「結果」というのは論文が学術雑誌に掲載されることである。しかし論文を書けば必ず掲載されるというわけではなく、論文を学術雑誌に送ると、編集者(典型的には、学会の大物)がその論文の分野に明るい研究者を3人ほど選び、レポートを依頼する。この研究者たちは、査読者(英語で「レフェリー」)と呼ばれる。これら査読者たちのレポート(論文内容の要約と、いいところ悪いところなどが書かれ、結局論文を掲載すべきかどうかの推薦が書いてある)をもとに、編集者が掲載可否を決定する。

 だからせっかく何年もかけて大論文(と、自分では思っているもの)を書いて学術雑誌に送っても、掲載されないこともある(ちなみにそのような場合は、もう少しレベルの低い他の学術雑誌に投稿し、同じプロセスを歩むことになる)。トップレベルの雑誌だと、掲載率が10%を切ることもある。

 ここにも、村田選手が細分化したような4つのパターンがある。

1. いい論文が掲載された

2. あまりいい論文ではないけど掲載された

3. いい論文なのに掲載されなかった

4. あまりいい論文ではなく、掲載されなかった

 よく考えると、村田選手が言っていたのと同じように、「あまりいい論文ではないけど掲載された」と「いい論文なのに掲載されなかった」が、次に繋げるのが難しい。

 「あまりいい論文ではないけど掲載された」場合は、最初は「ラッキー!」と思うわけだが、時間が経つとどうしても、「いい論文だったから掲載されたんだな」というふうに勝手に論文の自己評価を上げてしまう。これでは、「いい論文」の自己スタンダードが下がってしまい、研究の質に影響してくる。

 「いい論文なのに掲載されなかった」(と少なくとも自分が思っている)場合(「疑惑の判定」のケース)は、まず精神にこたえる。大概、「査読者は何も分かっていない!」と悪態をついてみたり、「だからこの学術雑誌はダメなんだ」と偉ぶってみたりする。でも次投稿する雑誌には是非とも掲載させたいので、時には(元からいい論文だったのに)必要のない修正まで加えて論文を改悪してしまうこともある。エンダム選手との再戦に備える村田選手のようなものだ。

2017520日、WBA世界ミドル級王座決定戦ではアッサン・エンダム相手に優位に試合を進めながらも疑惑の判定でプロ初黒星を喫した。僅か5カ月後のリマッチでリベンジを果たしたが、「内容のある負け」は調整段階から村田選手を苦しめた/Getty Images

「客観視」が強さの秘訣

 私は、村田選手がエンダム戦再戦に向けて、「結局思うように調整ができなかった」と回顧していることに面白さを感じた。勝敗を細分化し、自己を客観視する。世界王者がそこまでしても、うまくいかないこともある。

 人は結果がついてくると、それを美化しがちだ。成功があれば、そこに理由を見出す。「努力が実った」と思いたくなっても不思議ではない。しかし村田選手は、できていなかった調整をできたことにするのではなく、冷静に「調整はできていなかった」と認めている。

 また、オリンピックの金メダル後も、ただ単に金メダルを喜んで「今までのトレーニングが報われた、全て良かったんだ」と美化するのではなく、「メンタルもコンディションも悪かったのに勝ててしまった。その後の練習もうまくいっていない」と冷静に自己分析している。

 このように自己を客観視できることが、これまた村田選手の強さの秘訣なのかもしれない。

 私も「いい論文なのに掲載されなかった」場合に論文を改悪してしまっている可能性があるので、次の学術雑誌に投稿する前に一度立ち止まって、「本当にいい論文になったのか?」ということを問いたいと思う。また、「あまりいい論文ではないけれど掲載された」場合には、むやみに自己評価を上げず、次の論文こそは質の高いものを仕上げられるよう、努力したい。

 幸い、私には時間がある。ボクシングの試合は、あらかじめ決められた日時に行われるので、調整うまくできていなくても試合を避けることはできない。翻って、論文投稿は期限のあるものではない。だからもし変更を加えたければ、思う存分変更を加えて、質を高めてから、投稿できるのだ。

 読者の皆さんの仕事においてはどうだろうか。仕事の結果を村田選手のように4つに分類し、今自分がどこにいるのか客観視するところから、始めてみよう。

 

―#05へ続く―

PROFILE

鎌田雄一郎(かまだ ゆういちろう) | カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院准教授
2007年東京大学農学部卒業、2012年ハーバード大学経済学博士課程修了(Ph.D.)。イェール大学ポスドク研究員、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院助教授を経て、テニュア(終身在職権)取得、現在同校准教授。NTTリサーチサイエンティスト、東京大学大学院経済学研究科グローバル・フェローを兼任。専門は、ゲーム理論、政治経済学、マーケットデザイン、マーケティング。著書に『ゲーム理論入門の入門』(岩波新書)、『16歳からのはじめてのゲーム理論』(ダイヤモンド社)

 

【若き天才ゲーム理論課家による至高の意思決定/鎌田雄一郎~back number~】

【#01】言語化するボクサー、村田諒太<前編>

【#02】百戦殆うからざるボクサー、村田諒太<前編>

【#03】60点ボクサー村田諒太、感じる。<前編>

【#04】客観視するボクサー、村田諒太/鎌田雄一郎<前編>

【#05】人のふり見て我がふり直すボクサー、村田諒太<前編>

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