ビジネスの戦略決定や市場分析のほか、政治など多分野で応用される「ゲーム理論」を専門に、アメリカの名門大学で教鞭をとる鎌田雄一郎氏。社会において複数の人や組織が意思決定を行う場合に、どのような行動が取られるかを予測する「ゲーム理論」のスペシャリストは、トップアスリートの思考をどう解析するのだろうか。「bizFESTA」にて、 WBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太選手と対談した鎌田氏。若き天才ゲーム理論家が、たった一度の対談を基に<王者の意思決定>に至るメカニズムを複合的な視点でひもといていく。
「成功の3条件」を手に入れるには?

対談を振り返り、村田諒太選手の思考を分析してきた当連載も今回で最終回。来春に予定されるゲンナジー・ゴロフキンとの「世紀の一戦」を前に、ぜひ鎌田氏による王者の意思決定の在り方を第一回から読み直していただきたい。 / Getty Images
問題は、どうやったらこの「成功の3条件」を手に入れることができるか、ということだ。(例えばスポーツの)指導者としては、基本と継続については、「基本をやりなさい」「継続しなさい」と口を酸っぱくして言うだけでいいかもしれない。しかし、創意工夫については、「創意工夫しなさい」と言ったところで、誰もが即それをできるようになるということではないだろう(それだけで誰でもできるならば、苦労はない)。
これは私が学生に「研究アイディアを閃きなさい」と言っても学生が「そんなこと言われても…」となるであろうことと似ている。
さらに、「継続する」「やる気を出す」というのは、そうそう簡単にできることではない。同じことを繰り返すこと、モチベーションを保ち続けることは、それはそれでスキルを要することだ。
そこで、「どうやったら閃けるのか」「どうやったら継続できるのか」というのとは少し違う、「どういう人が閃いているのか」「どういう人が継続できているのか」というクエスチョンを考えよう。
村田選手の考えによると、これらのことができる人は、ボクシングが「好きだ」ということだ。そして、好きだから、例えば親にやらされるのではなく、自分の意思でボクシングに取り組んでいる。そういった自己決定力を持つ選手は、継続できるし、創意工夫も得られる、とのことだった。
これには、また私のいる研究者の世界を考えてみると共感するところがあった。私は現在に至るまで、大学、大学院と、研究者を目指す多くの同士と、同じ時間を過ごしてきた。その中で、成功する者、脱落する者、様々な人間模様を観察してきた。そこで私が思う「成功と失敗の分かれ目」もやはり、研究が「好きかどうか」ということなのである。
同じ研究テーマに向かい、同じような着想を得たとしても、それをとことんつきつめて考えることができるかどうかには、やはりその研究テーマに本当に「excitedしているか」が重要である。私が自分の書いた論文で結局形になったものは、確かに自分が本当に好きで考え抜いたものだった。一方、結局論文にならず他の研究者に似たようなアイディアで論文を書かれてしまったものは、やはり私の考える気合いが足りていなかったものであった。
成功者だけが知っている、「好き」ということ
結局、「好きかどうか」という話になってしまった。たとえばサッカー選手が、
「自分はサッカーが好きだったので人一倍努力しました。だからこうやってプロになれたのだと思います」
と言っているのを聞いて、
「いやあ、結局才能でしょ」とか、「人より練習するだけでプロになれるなら苦労はないよ」とか、「『成功したのは才能のおかげです』って言いにくいから努力ってことにしているんでしょ」と思うこともあるだろう。少なくとも私は、そう思ったことがよくある。
しかし私が今思うのは、こういった発言をするスポーツ選手は、実際本当に、心の底からそう思っている、ということだ。つまりこれらのスポーツ選手は、「自分は努力したから成功した。ここまで努力できたのは他の誰よりもそのスポーツが好きだったからだ」と思っている。そして私は、彼らのこの考えは、おそらく間違っていない、と考える。
これは、私が研究者として論文を書いていく中で成功したり失敗したりしてきた経験を通して、そして村田選手との対談を通して、たどり着いた考えである。
だから、もしあなたが、例えばスポーツの指導者ならば、やはりやるべきは、子どもたちにそのスポーツを「とことん好きにさせること」だと思う。そうすれば子ども達は村田選手の言うような自己決定力を自ずとつけていくし、それがあれば継続もでき、その先には創意工夫をする能力がついてくるだろう。
もしあなたがスポーツの指導者ではなかったとしても、似たような考えが使える局面があるかもしれない。例えばあなたは今、どうしても成功させたい仕事に向き合っているとする。そんな時は、なぜ成功をしたいのかを考える。誰かにやらされているのではなく、「自分はこれを成し遂げたいからこの仕事をやっているのだ」という何かを見つける。そう、自己決定力を持つのだ。それが、継続、そして閃き、最終的には成功を得るための、第一歩なのだ。
基本を磨き、継続し、創意工夫を重ねてきた村田選手。世界の注目する世紀の一戦では、どのような閃きを見せてくれるだろうか。
PROFILE
- 鎌田雄一郎(かまだ ゆういちろう) | カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院准教授
- 2007年東京大学農学部卒業、2012年ハーバード大学経済学博士課程修了(Ph.D.)。イェール大学ポスドク研究員、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院助教授を経て、テニュア(終身在職権)取得、現在同校准教授。NTTリサーチサイエンティスト、東京大学大学院経済学研究科グローバル・フェローを兼任。専門は、ゲーム理論、政治経済学、マーケットデザイン、マーケティング。著書に『ゲーム理論入門の入門』(岩波新書)、『16歳からのはじめてのゲーム理論』(ダイヤモンド社)
【若き天才ゲーム理論課家による至高の意思決定/鎌田雄一郎~back number~】
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