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<後編>日本、オーストラリア、タイ 海外から学ぶサッカー教育のあり方

 

国が違えばスポーツ教育も変わります。それはサッカーも例外ではありません。海外の教育方法を知ることで、自国の課題が見えてくることもあります。日本、オーストラリア、タイ。3か国でそれぞれサッカーコーチを務めており、選手としての経験も持つ3名の指導者をゲストに招き、それぞれの教育論やこれからの課題を語ったパネルディスカッションの後編です。

>前編はコチラ

 

経済や文化の違いから生まれる、日本と外国のサッカー教育の違い

ーー育成年代では日本の方が強いけど、成長するとオーストラリアの方が強くなる部分もあると聞きました。これは教育方法の違いが関係しているんでしょうか?

三上 育成年代で考えると、オーストラリアの州代表チームと日本の全国大会レベルの高校チームで戦ったら、オーストラリアが負けてしまうかもしれません。もちろん環境の違いによる有利不利もあると思いますし、失礼な言い方かもしれませんが。高校生くらいまでは、他の国と比べても日本の平均レベルはすごく高いですね。小学校から高校まで、最低週3は体育の授業があることが大きいと思います。オーストラリアの子どもたちにストレッチしてもらっても、自分のやり方を持っていなかったり。サッカーのエリート層は裕福な家庭が多いから、トレーニングルーティンは誰かが作ってくれるという感覚なのでしょう。2、30年前の移民からサッカーエリートになった人達とはバックボーンが全然違います。指導を追求すればするほど、ハングリーじゃない子と接することになります。まず、頑張らせるところから始めなくてはいけません。僕の教え子は、10万円くらいするGPSをつけながら練習しています(笑)僕が幼いころに比べると物価が3倍以上になっていて、経済力が上がりましたからね。裕福になって、教育も十分に受けられるようになりました。我々年代だと稼ぎたいから頑張る、という人が多かったですから、そこの違いが大きいですね。

 

ーーオーストラリアでは、経済の発展によってサッカーの教育も充実してきたんですね。そういった視点で考えると、タイではどうですか?

樋口 タイだと、富裕層はサッカーしない人が多いですね。どちらかというと裕福でない家庭の子が、サッカーやムエタイで成功して稼ごうという傾向が強いです。タイ人にとっては、Jリーグも、ヨーロッパのリーグもまだまだ高みにあります。自分たちがどうやってセルフマネージメントして、一流に上がっていくか。このプロセスが分からないんです。それに、タイではAFC(アジアサッカー連盟)の指導者ライセンス保持者はまだ少ないですね。そして、その指導者も今の子達と同じように育ってきているから、一流への道がイメージできません。タイは育成年代が強くて日本にも勝つことがあるという話でしたが、それは選手のポテンシャルでどうにかなっていることが多いと思います。しかし大人になった時に、メンタル面やフィジカル面など色々な課題が見えてくる。それで頭打ちになってしまう、というのが現状のタイの問題だと思います。タイの育成はエコノメソッド(選手自身に周りの状況を把握、判断させる)をベースにしたコーチが多いですが、この手法は僕には正直良く分かりません。他の国のやり方がタイに合っているとも限らないですし。あとは、サッカー以外のメンタル面などを教えられるコーチが少ないですね。

大槻 タイに行ったときに、ペットボトルをグラウンドに捨てていました。理由を聞いたら、これが普通のことなんだと。

樋口 それは文化の違いですね。むしろ拾ってはいけない、と僕もタイ人から聞きました。掃除専用の人がいて、その人の仕事をとってしまうからだそうです。

 

日本のサッカー教育の現状。日本人の性格が良くも悪くも影響している

ーー国によって色々な事情があるんですね。大槻さん、日本はスポーツを通して教育をするところが素晴らしいと思いますが、そのあたりはどうお考えですか?

大槻 日本人の良さは勤勉さや、一生懸命考えて努力出来ること、それに仲間や他者を思いやれることですね。これらは世界でも誇れる良さだと思います。その反面、自分の主張を前に出しづらいこともありますが。あと、指導をしていて思うのは、指導の視点が細かいことですね。職人肌というのかな。例えば、「立っている人の奥の足に取りやすいパスを出しなさい」という風に細かい指示を出します。タイの子達にもそうやって細かく教えたら、向こうのコーチに「それいいね」って言われました(笑)。でも日本の子達は、どんな状況でもそれをやろうとしてしまう。勤勉なのが悪い方向に出るというか、それを応用させることが苦手ですね。だから、日本の子達に「こういう考え方があるんだよ」って提示できたらいいなと思います。それには、僕達指導者自身のことを知らないといけないなって、タイやオーストラリアに行って感じました。向こうの指導者はベースを作るのが上手だと思います。

三上 そうですね。日本は職人肌の選手が多いから、指導者にもそういう人が多いですね。僕のユース時代から、そのメンタリティーは変わっていないと思います。それって日本の教育につながるところがあって。日本の教育は暗記、詰め込み型ですよね。独自研究する人もいるけど、それはごく一部。技術や知識をどれだけ沢山つめこめるかが重要視されていると思います。

 

海外のやり方から考える、日本のサッカー教育の課題

三上 オーストラリアでは日本と異なり、専攻科目を最初から自分で選べます。必須科目をたくさんやる必要がありません。今娘が小1なんですが、幼稚園や保育園のころから思ったことは挙手して発言できるんです。それで、若くても積極的に自分の意見を言う子が多いんです。僕も職人肌なので、最初は反発されているようで抵抗がありましたが、次第にそれは悪気はないんだなと思うようになりました。ただ、日本のエリートの人が指導に入ったら、そこで最初につまずくと思います。自信とプライドがあるから、そこのマインドを変えるのはすごく大変でしょうね。僕はプレーをしながら指導にシフトしていきました。しかしオーストラリアだとセミプロ選手が多くて、サッカーしながら仕事する人が多いですね。僕みたいな例は少ないですが、まだ自分の身体が動くうちに実演しながら教えられるのがメリットです。

 

ーー現在の指導者の育成については?

三上 今は指導者の育成も進んでいて、ライセンスを取るのがスタンダードになりました。日本だと、プロレベルの人がライセンスを持たずにチームを率いていることが良くありますよね。でもそれだと、その人のカリスマ性に依存するため後継者がいません。オーストラリアは、育成システムに沿って指導者を確実に育てます。そこに個人のエッセンスを入れていく感じです。僕も最初は決まったシステムに沿った指導方法に否定的でした。でも、かたくなに職人としてだけではなく、協会の指示に従いつつ自分のカラーを出していくのもいいかなと。これは日本の社会人も同じです。自分の個性だけを押し付けても受け入れてくれる土壌はなくて、ある程度のルールは必要でしょう。多分、この3人はプレイヤーとしての経験が長いから、指導に対してこだわりがあると思います。それは面白いことですね。オーストラリアは日本のように全部つめこみは難しいです。人によってフィジカルも違うし、相性の問題があります。例えばアフリカ系移民だと、ウイングのポジションがあっていることが多いです。走ってドリブルするのが好きだったり。でもゲームメイクに長けた人は少ないですよね。

大槻 日本的な感覚だと、なんでもできる人を求めてしまいますよね。個性がすごいとかよりも、ボール扱いがうまいとか。もっと個性を尊重しよう、って各ポジションのスペシャリストが言ってもいいと思います。職人肌だからか、突き詰めるからうまい子は多いですね。でも11人同じ子がいていいのかっていう発想にもっと早くなったら、個性を大事にできるのかなと。

三上 オーストラリアに限らず、ベルギーやブラジルなども随分前から人種のるつぼですよね。だから人種の違いを受け入れるバックボーンがあるのだと思いますし、各ポジションに各移民の個性がフィットするから強くなるのかなと。日本だと基本的には同じ人種の中から選ぶことになりますが、ヨーロッパやオーストラリアだと骨格的に合っているポジションが決まりやすい。だから、選びやすいのだと思います。日本のナショナリズムは、中盤のゲームメイクなどには向いていないと思います。逆に、バシッと止めたり、ゴールを決めることに妙にこだわる選手は自然に出てきているかなと。僕が教え始めた10年くらい前は、出来ないことをなくそうと思って、インサイドだけでリフティング10回できるまでやらせる、みたいに指導してました。それで上手くはなるんですが、今は逆に、その子達の粗削りな個性を伸ばす方が面白いんじゃないかと思いますね。

 

ーー大槻さんは、オーストラリアのシドニーに行かれたんですよね?

大槻 オーストラリアのシドニーではなくブリスベンに行きました! オーストラリアの子達を指導しましたが、身体のコーディネーション能力は日本人やアジア人の方が長けている印象です。タイやシンガポールの子達も指導をしましたが、小さくても動ける選手が多かったですね。
両国の現状に触れてみて、育成の現場だけ、サッカーの技術や戦術の違いだけで解決出来ない問題もあるような気がしました。日本にも国境を越えた様々な価値観が入ってきていますが、日本の良さを理解した上にどのような進化をして行けば良いのかなと、考えさせられました。

 

ーー最後に、今回のパネルディスカッションを通してのご感想を一言ずつお願いします。

三上 僕は何回かウェビナー(Web上のセミナー)に参加させていただきましたが、個別ルームでのパネルディスカッションは初めての経験でした。よくオーガナイズされたウェビナーで感激しましたし、すごく楽しかったです。本日は遅くまでありがとうございました。

樋口 僕もオンラインのイベントには何回か参加させてもらいましたが、小さなグループで会話することは今までありませんでした。だから、今回やってみてすごく良いなと思いました。良い経験をさせていただきました。

大槻 サッカーの教育というと、技術や戦術にフォーカスされがちですが、今回は異なる歴史や文化の面から考えることができて良かったです。サッカーに限らず、色々な見方を持つことが指導者にとって大切だと思います。3人で話して、いい学びになりました。こういった機会をもらえて感謝していますし、こういった感覚を大切にできる指導者を増やして、一緒に勉強していきたいと思います。

 

PROFILE

みかみ・りんいち
三菱養和SCユース出身。大学卒業後、生まれ故郷のオーストラリアを拠点に現地2部リーグで選手として活躍。競技活動と並行してサッカー指導を始め、現在はAリーグ・ブリスベンロアーFCのアカデミーコーチ、ニューファームユナイテッドSCのテクニカルディレクター、クイーンズランドライオンズFCのNPLコーチに従事。2012年に創設した豪侍アカデミーも併せてオーストラリアの選手育成に奔走している。ブリスベンロアーFCアカデミーコーチ。
おおつき・くにお
三菱養和SCジュニアユース~ユース、国士館大学サッカー部へ進む。卒業後、横河武蔵野FCなどでプレー。選手生活と並行して国士舘大学大学院スポーツシステム研究科修士課程を経て、現在は、三菱養和SCユースヘッドコーチを務めている。中学校・高等学校教諭一種免許状を持ち、サッカーをサッカーだけで切り取らずに多角的なアプローチで選手を教育し育てることに定評がある。
ひぐち・だいき
熊本県出身。福岡大学卒業後、JFLでアマチュア選手としてプレー。それでもプロになる夢を諦めきれず、2011年にタイヘ渡り、8年間プロサッカー選手として活躍。2018年に現役を退き、そのままタイでコーチ業をスタートさせた。現在はチェンライ・ユナイテッドのアシスタントコーチとしてアジアチャンピオンズリーグを戦う。
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