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佐藤寿人×永井友理│東京五輪ホッケー女子代表FW&Jリーグ得点王が考える「目標設定とモチベーションの高め方」

高い壁を超えるためには、確固たる「目標設定」と「モチベーション」の維持が必要となるが、両者はどちらかが欠けると成立しない両輪のような関係にある。Jリーグを代表するストライカーとして活躍した元サッカー日本代表の佐藤寿人さんがホストを務めるコーナーの第3回のゲストはホッケー女子日本代表で東京五輪への切符をつかんだソニーHC BRAVIA Ladies所属の永井友理選手。ともに点取り屋としてチームをけん引し、きょうだいが同競技のトップ選手、という共通点も多い二人が、目標設定とモチベーションの関係性について話し合った。(※2021年月6に収録)

家族3人で東京五輪へ。ホッケーを始めたのは自らの意思

──永井選手、東京オリンピック代表決定おめでとうございます。

永井 ありがとうございます!

佐藤 初めて会うのは3年位前でしたよね? 広島でのトークイベントで、元広島東洋カープの北別府さんと3人でお話しする機会があって。お久しぶりです(笑)。

永井 お久しぶりです(笑)。またお会いできて嬉しいです。

 

──今は東京オリンピック開催について色んな声があって、気持ちの整理が大変ですよね。

永井 そうですね。毎日のように開催すべきだ、中止すべきだと声が聞こえてくるので、最初の方はメンタルがやられそうな時もありました。でも、今はとにかく自分にできることだけにフォーカスしてやっていこうという気持ちです。今はあまり気にならなくて、開催されるものと思って準備していますね。

 

──今回のような状況だと、コンディションをピークに持っていくことは特に難しいですよね。

佐藤 そうですよね。本来であれば一年前にピークを持っていこうとしていたものが、延期になってしまったので。本番に向けて逆算しながら色んな準備をしてきたと思いますが、開催が白紙になって、いつになるのか分からない状況ですから、頭を一回リセットしてそこに臨むうえで、僕達が想像する以上の心労があったと思います。

 

──まさに今回のテーマである「目標設定とモチベーションの関係」に関わる部分ですね。その前に、永井さんがホッケーを始めたきっかけをお聞かせください。お父さんが日本代表監督で、お母さんが元日本代表選手とうかがっています。

 

佐藤 すごいですよね。姉妹でというのは知っていましたが、まさか弟さんも日本代表選手とは知りませんでした。今回3人で東京オリンピックに出られるのは、家族としての素晴らしい取り組みなのだなと感じますね。

永井 弟の場合は、コロナウイルスの影響で一年延期になったからこそ日本代表に入れたというのも正直あって。それでも、切符をつかんだのはすごいと思います。三人選んでいただいたのはすごく光栄ですが、それ以上に責任の大きさも感じますね。

現役時代は点取り屋としてだけでなく、リーダーシップを発揮してチームを文字通りけん引していた佐藤氏/Getty Images

 

──元々、生まれながらにホッケーをする自然な流れだったのでしょうか?

 

永井 「やれ」と言われてやったということはありませんね。実は、他のスポーツもやっていました。私は水泳やテニス、妹はバレー、弟はサッカー。親に強制されることもなく、かと言って多くのアドバイスを受けるでもなく。皆さんから「意外だね」と言われます。

 

──プロとして活躍されている方の多くは、強制されてやっていないと聞きますね。色んなスポーツのご経験は、今振り返ると自分にとって良かったなと思いますか?

 

永井 そうですね。本当にたくさんのスポーツをやったことが、今の競技にも活きています。ホッケーの世界だけじゃなく、テニスはこうなんだ、水泳はこうなんだと多くの環境で人間関係などを学べたので良かったなと思います。

 

──佐藤さんも色んなチームをご経験されて、環境が常に変わっていく中でやってきましたよね。すごく大変な道のりだったのではないでしょうか?

 

佐藤 若い時は中々結果が出せない時もあって、出場機会を求めてチームを移籍することが多かったですね。結果が少しずつ出せるようになってきてからは、自分の意思で移籍を決断してきました。色んなチームを経験する中で、色んな人の考え方に触れられたのが良かったなと思います。チームメイトだけではなく、その街で生活する人達の考え方も。

 

同じフィールドで共闘する、兄弟姉妹の存在とは

──お二人の共通点としては、兄弟や姉妹で選んだスポーツ、ましてやチームまで同じということ。兄弟姉妹が同じスポーツをやることの良さは、どのようなことでしょうか?

 

永井 やはり血がつながっている分、言わなくても分かることですね。プレーに関しては阿吽の呼吸で、チームにとってもプラス。妹がミッドフィルダーで私がフォワードというポジションなのですが、パスをもらってシュートを決めたことが何度もあります。本当にそこ「だけ」は良かったなと思いますね。

 

──最後、「だけ」をすごく強調されましたね(笑)。その点については後で詳しくうかがいたいと思います。佐藤さんが兄弟で同じスポーツをやっていて良かった点は、いかがでしょうか?

 

佐藤 ポジションは僕がフォワードで、兄がミッドフィルダーでした。双子で同い年の兄弟ということもあって、子どものころから兄の勇人に対しては、他のチームメイト以上に要求できました。自分の意思を伝えてひとつの形にまとめていく経験が、子どもの頃にできたのは大きかったですね。家族だからこそ言えたこともあって、家族でなかったら言葉の使い方とか難しかったと思います。一方で、試合中ケンカになることもよくありました。僕が「出せよ」と言うと、兄に「出せねーよ」と言われたり(笑)。

 

──ジュニア時代にそういった経験を積んでおくと、スポーツで上を目指していく時に大事なコミュニケーションがスムーズになるのでしょうね。

 

佐藤 ホッケーもサッカーも同じで、ひとつのボールをどうつないで行くかが大事。特にフォワードは、最終的に自分がボールを受け取れないとシュートまでいけません。それを実現するためには、チームメイトと連携することが必要不可欠です。僕は環境に恵まれていて、自分の要求を伝えてチームメイトと連携していくことを自然に学べました。

 

──フォワード、点取り屋というところもお二人の似ている部分ですね。自分にパスをくれるパートナーをしっかりつくることが、成功の秘訣でしょうか?

 

永井 本当にそう思いますね。私は逆に妹から要求されていましたが(笑)。寿人さんと似ていて妹や弟の方が強くて、私はあまり言いませんでした。逆に、そのおかげでコミュニケーションが取りやすい面もあります。試合の中でケンカもたくさんしましたが、自分の動き方を学ぶこともできたので、今では良かったなと思います。そういうチームメイトがいるということが心強いですね。

リオ五輪に続き、東京五輪での活躍に期待がかかる永井選手/Getty Images

 

──佐藤さんも、パスの出し手はすごく大事な要素だとよく言いますよね。

 

佐藤 そうですね。いかにボールを持っている選手に決断させるか。スポーツ選手は本当にトレーニングの割合が圧倒的に大きくて。数少ない試合の場で、練習でやっていることをどう出していくか。ありきたりな言葉なのですが、日々の積み重ねが試合の結果に直結しますね。

永井 特にフォワードは、皆のつないできたボールをゴールにつなげる責任重大な役目ですからね。日々の積み重ねがないと、その責任は果たせません。常にそこは意識しています。昔から自分はあまりセンスがないと思っていたので、練習は人一倍やってきましたね。

 

目標を見失うとモチベーションの維持は困難。原点回帰が大切

──東京オリンピックがまさかの一年延期となり、今でも開催について様々な意見が挙がっています。永井さん、予想できない状況の中での目標設定についてお聞かせください。

 

永井 正直、最初に一年延期と言われた時は、「あと一年増えた」「まだ準備できるんだ」というポジティブなとらえ方でした。でも、大会もなく練習もうまく出来なくて、次第に「これって何のためにやっているのだろう」という気持ちが強くなって。身体も自然と動かなくなって、「もう引退かも」と思った時期も。その中で、一度原点に戻ってみようと思ったことがあります。「自分がここまでホッケーを頑張ってきたのは何のためだろう」ということを掘り下げて、紙に書き出したのです。すると自分の目標、本当にやりたいことが再確認出来ました。そこから考え方もポジティブになって、今はその目標に向かってやっているから、モチベーションが保たれていますね。

 

──モチベーションが下がっていた時期もあるのですね。その時は、「オリンピックが目標じゃない」という気持ちになったのでしょうか?

 

永井 オリンピックを目標にやっていましたが、その目標に到達できない自分がもどかしくて。考え方にしても、プレーの精度にしても、自分が納得できるレベルではなくなってしまったのです。「ちょっとおかしいな」と思い始めて、そこからモチベーションが大きく低下してしまいました。

佐藤 本来オリンピックが開催される一年前にピークを持っていこうとしていた分、その反動は少なからずあったと思います。オリンピックが延期となった後、なかなか活動できる状況ではなかったですよね。対外試合とか色んなものが制限されて、本来であればポジティブになれる要素がなかなか持てない。それで、おそらくコンディション的にも崩してしまったのかなと思います。

 

──ピークに持って行ったものを、そのまま維持することの難しさですよね。

 

佐藤 そうですね。同じ形で活動できればさらに自分を高めることもできますが、活動できない中でピークを保つのは困難です。スポーツの活動が制限されるということは本来ありませんから。

永井 開き直った、に近いかもしれません。今まで出来てきた活動が失われて、自分はもっと上手くなりたいのに、それができない。でも結局どうしようもないことだから、今ある状況の中で次にやることを考えるようにしました。その切り替えがうまくできたのが良かったかなと、今は思いますね。

 

──なるほど。佐藤さんが目標設定で苦労したご経験についても、お聞かせください。

 

佐藤 サンフレッチェ広島時代は2012、2013年に優勝して、大きな喜びを感じていました。でも2014年はチームの状態もあまり良くなくて、僕自身の起用法に対するストレスもあり、監督と一度ぶつかることがありました。チームを良くしていくためにある程度の世代交代は仕方ないと思います。でも、少しずつ自分の出場時間が少なくなり、「自分がこのクラブでやる意味は何なのかな」という疑問が大きくなって。その時は僕も原点に戻って、自分がどうしたいかを考えました。すると、「やっぱり自分は広島やこのクラブが好きなんだ」と再確認できたのです。だから、このクラブから「いらない」と言われるまでは、色んなものをしっかり受け入れてプレーしようと思えました。目標設定とは少し違いますが、モチベーションを維持するのが難しい時期に、自分が本来行きたい方向を見つけられました。

 

──社会で生きていく上で、環境は常に変わるもの。その時に、原点に戻って自分がどうしたいか、自分に何ができるのかを問う。それが新たな目標設定につながり、モチベーションもおのずと上がるのですね。スポーツをしている方が、そのような経験は多いのでしょうか?

佐藤 どうなのでしょうね。大人になっても、常に最良の回答を出せるわけではありません。30歳を過ぎた僕も含め大人でも間違えることはありますし、言われて「そうだな」と思う事もありますよね。2014年の時は、今日本代表監督の森保一さんがサンフレッチェ広島の監督でした。その当時は、年上や同い年なのに自分よりも試合に出ている人と比較してしまい、悩むことがあって。それで、森保さんに「他人と比べると、自分に矢印を向けにくくなる。他人は他人でいいんじゃないか」と言われたのです。確かに他人と比較していたらストレスが溜まるしキリがないなと気づいて、そこから考え方を変えられました。自分より長くやっている選手もいれば、自分より早く辞めていく選手もいる。そんな中で自分が今どういう状態か、何をしたいのかだけを考えるようにしたらスッキリしましたね。その後のキャリアも、常にその考えでいられました。そのマインドは良かったなと思います。

 

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