最大の原動力となる「夢」。その最大の目標を実現させるためのプロセスにこそ子どもの成長がある。Jリーグを代表するストライカーとして活躍した元サッカー日本代表の佐藤寿人さんがホストを務める当コーナー。第4回は興國高校サッカー部監督の内野智章氏、多数のプロ選手を輩出しているプロサッカーコーチの大槻邦雄氏を招き、親としての顔も持つ三人のプロフェッショナルが「育成年代に大人ができること」に迫る。(※2021年7月に収録)
目次
結果だけに価値を見出す危うさ
佐藤 内野さん、大槻さん、お忙しい中貴重な機会を作っていただき、ありがとうございます。今回のテーマは「夢の作り方」。まずはお二人が育成年代の指導において一番大事にしていることからお聞かせください。
大槻 僕は幼稚園児から大人まで、普段から幅広い年代に関わっています。サッカーを通して目標や夢を持つことで、人間的な部分も高めていく。試合に出られず辛くなってしまう子もいますが、そこで少しでも立ち向かえる勇気を与えてあげたい。それには、保護者の方の協力も欠かせません。一緒になって、子どもの成長を手助けしていけたらと思い指導にあたっています。
内野 僕らの現役時代は、高校を卒業してサッカーから離れる選手が多かったですし、大学に行ってもその後燃え尽きてしまったりするケースをたくさん見てきました。だから僕は、サッカーをできる限り好きなまま次のステージに送り出したいと思って指導しています。どんな形でも良いので、高校を卒業してからもサッカーに関わってもらいたいですね。
佐藤 将来プロサッカー選手、Jリーガーになりたいという子は多いと思います。でも、プロになることが全てではなく、人生にはその先があります。育成年代の「夢の作り方」についてどうお考えですか?
大槻 今の子ども達は、選択肢が豊富にありますよね。色んなことに興味を持てる一方で、「絶対にこれでやっていくぞ」という気持ちが薄いと感じることもあります。あとは、結果だけに価値を見出そうとする子も、特に少年サッカーでは多いですね。それでは、上手くいかなかった時に何も残らなくなってしまう。僕は、「どういう風に取り組んだのか」という過程を見て、賞賛してあげるべきだと思います。そうすることで、頑張り方がわかります。たとえサッカー選手になれなかったとしても、違うことで頑張れる。そういう指導を心掛けています。内野さんはどうですか?
内野 夢に対するサポートは、年代によって変わってくると思います。小学生だと皆「プロサッカー選手になりたい」と言います。でも中学生、高校生になってくると「夢」だけでなく「現実」も見えてきます。競争の中で自分の現在地が見えてきて、「プロを目指してきたけどなれそうにないな」と思ってしまう子も。その子たちへのアプローチは、すごく難しいですね。でも先ほどあったように、プロになることが全てではありません。サッカーへの関わり方は、プロ以外にもあります。だから、そういう所も含めて高校生年代に合わせた色んなアプローチをしています。
佐藤 興國高校からは、たくさんプロ選手が出ていますよね。個々の選手にどうやってアプローチしているのですか?
内野 僕は2009年から毎年スペインのバルセロナに行って、ヨーロッパ最先端のサッカーを体感しています。自分がスペインで学んだことを、自分なりに工夫して取り入れながら指導します。でも一年経ってまたスペインに行くと、全く別のサッカーになっていることもあって。ヨーロッパの方が、進化のスピードが速いのです。日本でトレンドと言われている戦術が分析・攻略されて、もう通用しないことも。そういうことを踏まえて、逆算したアプローチが必要となるでしょう。佐藤さんも実際に体感されてきたと思いますが、外国人と言っても色んな人種がありますよね。アフリカ系選手の中にも、体型の違いがある。日本人に通用しても、外国人選手には全く通用しないこともあります。逆に、「日本人よりも外国人の方がドリブル嫌がるな」という見方もあり、日本人のすばしっこい選手に手こずっているのを見ると、メッシが活躍しているのも良く分かります。そういった海外から得たものを個々の選手に落とし込めるのは、ちょっと他の高校とは違うのかなと思いますね。
「見守る=失敗させない」ではない
佐藤 「個」の指導と「チーム」の指導はバランスが難しいと言われていますが、大槻さんはどうお考えですか?
大槻 最近は組織が優先されて、個性を出しにくい傾向がありますよね。ジュニアからジュニアユース、もしかしたらユースのクラブでもそういった面があるかもしれません。あとは、8人制ではフィジカルが際立ってしまい、タイミングを外すのが上手い子でも、小さいと埋もれてしまったりするわけです。めちゃめちゃスピードのある子が、「早熟傾向だからダメだよね」と評価されてしまうこともある。裏腹なことが増えてきている中で、僕は組織の中で「個」を活かしたいと思っています。「自分の活かし方」を知ることが大切なので、「皆と同じ選手じゃなくていい」と言います。個人を活かすのは組織ですが、組織をつくっていくのは個人なのです。
佐藤 選手自身が、どういう選手なのかを認識する必要がありますよね。
大槻 そうですね。小学生だとボールを持っている子が目立ちますが、走ってボールを追いかける子とか、ボールを配る子がいてもいいのです。みんな、同じになりたがる子が多いですね。成長するにつれて、個よりも組織が重視されていくこともあります。でも、「君はこういう良さがある」と個人の良さを少しずつ見つけ出して、活かせるようにしてあげることが必要だと思います。
内野 僕も息子がいて、幼稚園くらいからずっとサッカーしています。今は中1なのでジュニアユースですが、8人制のサッカーは難しいですね。最近うちからプロに決まった選手がいて、彼は高校入学時には身長159cmくらいでした。めちゃくちゃ小さくて、足も超遅くて。ただ、すごくドリブルのセンス、テクニックがあって、アイデアを持った選手でした。2021年2月くらいにチーム体制が変わった時には、レギュラーではありませんでした。それが、年が明けてから急に足が速くなって。50m走が一年で一秒くらい速くなっているんですよ。
佐藤 それは、どういった指導のアプローチをしているのですか?
内野 ある時「めっちゃ速くない?」となって、僕らもびっくりですよ。始めは「ドリブル上手いからそう見えるだけやろ」と言っていましたが、対戦相手も皆「あいつ速いな」と言い出して。計ってみたら6秒3くらいで、まあまあ速い。入ってきた時は多分、8秒台くらいじゃないかというくらい遅かったので(笑)。
大槻 やっぱり、成長の個人差は大きいですよね。
内野 そうなんですよ。3拍子そろっている選手は、Jリーグのアカデミーに行ってしまいます。でも、センスがあるけどまだ成長期に入っていない子、スピードがあるけど技術的にはまだ低い子もいます。そういう選手たちの個性をどうやって引き出すかは、日本のサッカー界ではそれが高体連の役割だと思いますね。
佐藤 選手は、指導者も含めた他者からの評価を常にされるわけですよね。たとえば選考で落ちたら、否定されていると受け取ることになってしまいます。指導者が育成年代の選手を評価していく中で、どのようなことに気を付けるべきでしょうか?
大槻 僕らの仕事は、保護者の方と話すことが重要です。僕自身、保護者としてちゃんと話すべきだと実感して、話すようになりました。僕の子ども達はサッカー以外の競技をしていますが、その分野のことは詳しくないので。もっと知るためには、自分の意図やアプローチ方法をもっと発信すべきだと気づいたのです。僕が保護者の方に話す中で一番理解を得ているのは、「失敗させないことが見守ることじゃない」ということ。失敗しても怒らないで見守ってあげる姿勢は、それこそ幼児からでも大事なことです。失敗がプラスになることも多々あります。中には、絶対にやってはいけない失敗もあるので、その場合はまた別ですが。
佐藤 ピッチ上での感覚的なことも含めて、失敗から自分で学ぶことは大事ですよね。僕はプロを辞めて、指導の現場に少しずつ入っています。やっぱりプレーで選手がした決断は、本人の意図を聞かないと中々分かりません。そのうえで、どういった投げかけが必要なのかを考えてやっています。
タイミングを見誤ると、夢が遠ざかってしまうことも
大槻 佐藤さんに質問があります。ストライカー不足と言われている中、ストライカーを育成していくためには何が必要だと考えていますか?
佐藤 まず、自分で考えてプレーを実行させること。ストライカーはシュートを打ちますが、ゴールを奪う回数よりもミスする回数の方が圧倒的に多いですよね。ミスの蓄積を成功につなげるには、やっぱり指導者が答えを与えるのではなく、選手自身に考えて認識してもらうべきです。たとえば、浮いているボールをどうシュートするか。ピッチ上では指導者がアドバイスできないので、選手自身がコンマ数秒の中で判断しなければなりません。シュート練習ひとつ取っても、ただやっている選手と、一本一本いろんなイメージを膨らませながらやっている選手では、蓄積するものが全く変わってきます。プロでもそうなので、育成年代ではもっと大事になってくると思います。
大槻 ジュニアやジュニアユースもそうですが、「いやそこはパスだろ」みたいな声が聞こえることも。周りの大人が実際に言ってしまうこともあると思います。
佐藤 それはありますね。でも、なぜそういった判断をしたのか選手自身が考えることが大事です。そして指導者は、判断ミスなのか技術の問題なのか、そういった所を整理してあげる役割。僕が現役の時は、息子にサッカーを教えることは絶対にありませんでした。関係的に一番伝えづらいのです。お二方は、指導のご経歴が長いですよね。内野さんは、息子さんにサッカーを教えることはありますか?
内野 聞かれたら教えますが、自分から進んで教えることはありません。でも聞いてこないですね(笑)。
佐藤 僕は指導の現場で勉強中ですが、子ども達は親の言葉に敏感だと感じます。多分、どういう言葉をかけられるか気にしていますよね。5歳の三男には楽しいと思ってもらえるように、どういう風にボールを蹴ったらどういう風に飛んでいくのか、とか教えています。中学生の次男にはあまり言いませんが。
大槻 僕の子どもは小学3年生でまだ小さいから、「楽しかった?」くらいしか聞いていません。「楽しかった」「良かったな」で終わってしまいます(笑)。
佐藤 でも、子どもの言葉を引き出してあげることも大事ですよね。
内野 うちの場合は、僕がサッカー指導者だと知っているので、子どもが「魔法のトレーニング」を求めてきます。上手く行かない時に、一瞬で良くなる方法を求めるような質問が多くて。でも、そんなトレーニングがあれば、僕は今頃高校の先生をやっていないと思います(笑)。結局は反復して、最後は自分で感覚をつかむしかありません。フェイントのやり方なんかも、シザースするのかステップ踏むだけかとか、結局最後は選手のひらめき。「樺山諒乃介選手(モンテディオ山形)は、こういうことをやっていたぞ」とか、トレーニングのメニューは教えますけどね。でも同じことを2、3日やっただけで、劇的に変えられるわけではないので。
大槻 物事に対する向き合い方ですよね。それは提示できますが、できるかどうかはまた別の話なわけですから。
内野 結局はストイックにやれる子が、うちでは成功しています。タイプ的に、高卒でプロにならない方がいい子もいます。精神的にまだ未熟と言いますか、ネガティブな意味ではなくて、発達がまだこれからといった選手です。そういった子が大好きなサッカー一色の生活になるのは、まだ早いかなと思います。例えば古橋亨梧選手(スコティッシュ・プレミアシップ・セルティックFC)はめちゃくちゃ真面目で努力していましたが、彼は早生まれで、一学年下の4月生まれと数か月しか変わりませんでした。だから、ポジティブな意味で幼いところがあって「高卒でプロに行くと、一歩間違えればつぶれてサッカー嫌いになってしまうのでは」という懸念があったくらいでした。
大槻 未熟だと、大人の社会に入れないんですよね。相馬勇紀選手(名古屋グランパス)も早生まれでした。小さい時から見てきましたが、やはり当時はまだ精神的に未熟な部分もありました。そういう選手は、周りが引っ張ることも必要です。技術、戦術だけではない人としての成長につながると思います。
佐藤 指導者はもちろん、保護者が見守ることも大事ですよね。内野さんからもお話ありましたが、全員の夢や進む道がプロだけとは限りません。とはいえ、まだ未来設計ができていない子ども達もたくさんいると思います。サッカーをやりながら先がイメージできない選手には、どのようにアドバイスしますか?
内野 正直、結構難しくて。内なるモチベーションというのは、外からは簡単に引き出せないこともあります。僕は悩んでいる高校生の選手に、好きなサッカーを続けながら、大学への進学を提案することが多いですね。せっかく長年やってきたのだから、もう少し続けてほしいですし、そうすることで普通よりも色んなジャンルの人に出会えます。色んな出会いの中で、自分のやりたいことが外的にも内的にも出てくることもありますからね。
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