東京2020オリンピック、体操の男子個人総合・種目別鉄棒で2つの金メダルを勝ち取り、体操の歴史にその名を刻んだ橋本大輝。2022年の世界選手権でも、個人総合の金メダルを獲得した。ミスが許されない世界の大舞台で結果を出し続ける橋本選手の強さは、どこから来るのだろうか。メンタルをコントロールするための練習方法や、世界を経験して培ったスポーツ観について伺った。
写真/Getty Images
目次
練習から試合のイメージを思い描く
──本番に向けて練習する時に気を付けていることは?
「『練習し過ぎないように練習する』ことを心がけています。『練習でうまくいけばOK』と練習基準で考えてしまうと、いざ本番に対応ができません。だから、『試合だとこういう状況が想定されるから、こういう練習もしておくべきだな』とイメージする。普段の練習から試合会場をイメージして、目の前に審判員の方が立っていると思って演技しています。イメージトレーニングは大事ですね」
──東京オリンピックや世界選手権を見ると、橋本選手は自分のピークを持って行くのが上手という印象があります。
「僕自身は、難しいと感じています。実際、今年はどの大会でもピーキングがうまく行かず、苦しかったですね。ただ、自分の身体をコントロールする競技なので、特にピーキングが求められます。昨年の経験で感じたことは、準備期間が大切ということです。東京オリンピックの時は、周りのサポートが手厚かったからこそ、結果につながったと感じています」
──いざ本番が来た時には、どのようにメンタルをコントロールしていますか?
「あまり深く考えすぎず演技しています。練習でやってきたことを、一つひとつ積み上げていくことだけを考えて演技していますね」
現実的な判断を試合でできるために練習をする
──内村航平選手ですら「僕ならやらない」と言わしめた“自身最高難度であるF難度の「リューキン(鉄棒を背面でとび越しながら1回ひねり、再び鉄棒をつかむ離れ技)」にチャレンジすること、自分のステージを上げていくことについては、どう考えていますか?
「最後にメダルの色を決めるのが鉄棒で、逆転優勝も狙える種目です。一番の勝負所と見て、チャレンジしました。僕は余裕ができてきたら、『もっと難しいことをやりたい』と思ってしまうタイプで、挑戦したいという強い気持ちがあります。単純に鉄棒が好きということもあって、挑戦したいという気持ちはより強くなりますね」
──自分が表彰台に立っているイメージから逆算することは?
「いえ、表彰台に立っていることはイメージしません。それよりは、鉄棒の最終演技をやり切ることをイメージしています。トップのまま迎えて、最後は難度を落としてトップを守り抜くのか。トップに届く点差で迎えて、高難度の技を完璧にやって逆転優勝を狙うのか。色々な状況を考えて、鉄棒に飛びつくことをイメージしていますね。どんな試合状況にも対応できるような演技構成を考えながら練習しています」
──試合の状況によっては、安定した技で手堅くいくことも想定しているのですね。
「もちろん、自分が考える理想の構成をやり切って優勝できるのが一番です。でも、実際の試合は簡単ではありません。勝負に出るべき時があれば、難度を落とすべき時もあります。そういった判断が普段からできるように練習して、試合に臨んでいますね。試合をイメージした練習で、自分にさらなる緊張感を与えることも大事です」
緊張を完全になくすことはできない
──「緊張しないように」と考える選手が多いですよね。「緊張」をどう捉えていますか?
「緊張にはメリットもあるので、プラスに捉えています。緊張すると身体が締まる分、集中しやすくなります。僕は元々緊張しやすいタイプで、完全に緊張をなくすことはできません。だから僕にとっては、緊張をコントロールすることのほうが大事です。緊張を抑えようと考えるのではなく、『この一本に集中しろ』と自分に言い聞かせています」
──橋本選手は何度も世界の舞台に立っていますが、環境が変わる中でどのように精神を集中させている?
「一種目ごとに色んな不安要素や誘惑があって、自分が有利ではない状況も少なくありません。その中でも、上手くコントロールしなければならないのが難しく感じますね。特に、二種目のあん馬は緊張するので、緊張し切った後は一旦気持ちを落ち着かせます。リラックスした状態で次のつり輪をしっかりやる、という風に一種目ずつ気持ちを切り替えるようにしています」
──体操を始めた頃から、今と同じように練習を行っていたのでしょうか?
「今思えば、試合で勝つことを想定した練習はしていませんでした。試合と同じ6種目の演技構成をやって終わり、という形の練習だけでしたね。小さい頃は、試合にこだわるよりは『技をいっぱいやって楽しい』と思うタイプでした。ただ、それが全然マイナスだとは思っていません」
──スポーツの楽しさを感じない選手は長く続かない、とよく聞きます。技の練習が好きだったところが、体操の原点だったのですね。
「はい。普段から張り詰めた雰囲気で自分を追い込んでいると、調子が悪くなる日もあります。そういう時には、やりたい技の練習をして楽しんで、プラスのイメージを持つ。そこから『明日からちゃんとやろう』と切り替えると、元の練習でもプラスに戻るのです。何も考えずに練習に打ち込むのではなく、一旦仕切り直して上手くコントロールすることも大事ですね」
苦手よりも得意を伸ばして全体の平均値を上げていく
──体操は個人の要素が強いと思いますが、周りの影響を受けることはありますか?
「高校生の頃に、監督や選手から影響を受けた部分は大きいですね。当時は環境が大きく変わって、周りのレベルも一気に上がりました。強い選手は自分の特徴を分かっていて、得意分野を伸ばしつつ尖りながら成長するのです。当時の監督も、得意分野を伸ばすことを重視する指導でした。苦手な種目を無理に克服させるよりは、好きな種目を伸ばして苦手をカバーしながら、全体のレベルを普通にしていく。苦手なことをやり続けると苦手意識がさらに強くなり、その競技に向き合うのも難しくなります。好きなことをやりつつ、自分が成長できる環境が高校生の時にはありました。尖らせて平均値を上げていく指導方法が、自分にすごく合っていましたね」
──社会に出た時も同じですよね。得意なことを見つけて伸ばす方が、前向きにビジネスに取り組めると思います。
「苦手意識がある要素を頑張って伸ばそうとしても、普通くらいで止まってしまうでしょう。であれば、好きなことをやって全体の平均値を上げていくほうが有意義だと思ってます。好きなことから、苦手を克服するヒントが得られることもあります。僕はつり輪が苦手でしたが、得意な部分を伸ばす中で『こういう動きが活かせるな』という気付きがありました。それで、苦手なつり輪の技術も向上しましたね。色んなことをプラスに捉えて、マイナスを減らしていけたらいいと思います」
──「努力に勝る天才なし」という座右の銘を持ち始めたきっかけは?
「ベリーグッドマンさんというアーティストの、『ライトスタンド』という曲の中にあったフレーズがきっかけです。あとは、中学生の頃に内村航平さんが『練習しない限り世界一になれない』と言っていたことも大きいですね。色々な選手を見ても、継続して練習する人ほど強くなっています。『努力すれば絶対に勝るんだ』と胸に刻んでいますね」
動くだけが努力ではない
──「努力」について、どう捉えていますか?
「動くことが必ずしも努力というわけではありません。常に疑いを持って、『もう少し変化させたらもっと良くなるんじゃないか』と考える努力も必要です。指導者に教わったやり方をベースに自分の頭でも考えて、自分なりのやり方を見つけていく。努力に100%はなく、どれだけ100%に近づけるかが努力だと思います」
──教えられた内容をコピーするだけでは、自分の中に定着しないことがあります。自分で考えることも大事ですよね。
「はい。結果につながるように、どれだけ考えているかが練習では大事です。練習していないように見えて結果が出ている人は、練習量をこなすよりは頭を動かしています。あえて飛びつかずに考えることで、結果的に練習の質を高くしているのです。やみくもに身体を動かすことが練習ではありません。結果を見れば、どれだけ結果につながる練習ができたか分かります」
「継続する力」をスポーツで身に付けてほしい
──橋本選手は、子どもが練習している現場に行くことはありますか?
「今でも色んな試合が終わるたびに、小さい頃にお世話になったジュニアクラブに行って報告することがあります。そういう時に、小さい子の練習を見ることもありますね」
──橋本選手がお話していたことを、今の子ども達はできている?
「子ども達には、僕が言っていることを考えないで練習してほしいと思っています。小中学生の時は、何も結果を意識せずにやって、『継続する力』を身に付けてほしいのです。継続する力があれば、後から何をやっても継続できます。得意分野を伸ばすにも、苦手分野を克服するにも、継続する力は必要です」
──橋本選手が考える最大の「スポーツから得られる力」は、継続する力なのですね。
「そうですね。継続するからこそ力が出る。どのスポーツでも、自分の身体をコントロールするのは自分です。まず自分を知って、その特徴や性格に合わせて練習内容を考えないといけません。ただ、小さい頃に考えすぎると、『自分は向いていないな』と思って辞めてしまう場合もあります。小さい子どもには、楽しみながら自主的に考えられる環境が必要です。そこで自主的に考えることが大事ですし、結果にもつながるでしょう。そういうスポーツ現場や子どもが増えることを願っています」
PROFILE
- 橋本大輝(順天堂大学/体操日本代表)
- 2001年8月7日生まれ。千葉県出身。2人の兄の影響で6歳から体操を始め、市立船橋高校で頭角を現す。高校3年次に日本代表選手として2019年世界体操競技選手権(ドイツ・シュツットガルト)に出場し、団体総合の銅メダル獲得に貢献。第75回全日本体操個人総合選手権と第60回NHK杯体操選手権個人総合で初優勝し、東京オリンピック体操競技日本代表選手に選出される。同オリンピックにて団体で銀メダル、男子個人総合、種目別鉄棒で金メダルを獲得。19歳355日での男子個人総合金メダルは史上最年少。2022年、世界体操選手権において個人総合で初優勝。その他、種目別の床運動と鉄棒で銀、男子団体銀と計4個のメダルを獲得した。167.5㎝。
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