日本初の女子プロサッカーリーグWEリーグの初代チェア(代表理事)を務めた岡島喜久子氏。かつては女子サッカーの日本代表でありながら、ファイナンシャルプランナーとしてアメリアの金融業界で長く活躍し、非営利団体の理事をボランティアで務めた経歴を持つ。日米のスポーツ事情に造詣が深い岡島氏に、スポーツと教育の関係性について伺った。
目次
自己肯定感が高まり、社会的責任が芽生える
──本日はスポーツから得られるチカラについてお聞きしていきたいと思います。岡島さんは『心の声についていく 自分らしく生きるための30のヒント』(徳間書店)を上梓されましたが、その中で子どもがスポーツ活動に触れる大切さについて書かれていました。改めてスポーツをすることのメリットとは?
「まずスポーツは身体を動かすこと自体に、大きなメリットがあると思います。最近は特に女の子が運動をしなくなったというデータが出ていて、スポーツをするとしないでは、大人になった時の筋肉量が大きく異なるそうです。特にサッカーはお尻と太ももの筋肉がとても鍛えられるので、基礎代謝を高く維持することができます。通常、女の子がダイエットをするときは食事を減らしカロリー制限をしてしまうと思いますが、筋肉量まで落ちて代謝が下がり、逆に太りやすい身体になってしまいます。全国のお母さまにはぜひそのことをご理解いただいて、女の子に走るスポーツをさせてほしいと思います」
──心の成長についてはいかがでしょうか?
「自己肯定感が高まることが挙げられると思います。失敗を経験するのは辛いことですが、苦難を乗り越え、スポーツの中で達成する成功体験は後の人生において大きな自信につながります。また、サッカーは一人ではできないスポーツで、チームワークも身に付きます。チームとして勝利するために、自分が何をすべきかを自ら考えなくてはいけません。その経験は将来、仕事をする時にも役立ちます。自分の出世・成功だけを追い求めるのでなく、身の回りの人間関係はもちろん、社会全体を良くしようとする意識が芽生えます」
スポーツから得られる社会の疑似体験
──著書では失敗を受け止めることが成功体験につながると書かれていましたね。
「スポーツをしていたら必ず負けます。何のスポーツであれ、いくら強くても必ず負けます。メッシだって負けています。同時にそれは学ぶ機会でもあります。『ああすれば良かった』という後悔だけで終わらせてしまってはもったいない。なぜ負けたか、次に負けないためには何をすればいいのか、次のステップに向かうことはとっても大切なことです。それが子どもの頃に、いつでも経験できるスポーツって本当に素晴らしいと思います」
──それらの経験は社会に出たときにどのように活かされると思いますか?
「スポーツをやってこなかった人は、やってきた人と比較すると負ける経験が少ないと思います。そこの疑似体験がないと、実社会で挫折した時に、すごく落ち込んでしまうと思います。スポーツで真剣勝負を繰り返していくことで、人は精神的に強くなります。もちろん、みんなが全国大会に出られるわけではないですが、『このライバルチームには絶対勝ちたい』など、全力を尽くす体験はスポーツなら誰もができます。自分はこれだけのプレッシャーを乗り越えた、という自信はあらゆる場面において役に立つと思います」
──見守る立場である親は、なおさら子どもの失敗や負けという結果に捉われないよう注意しなくてはいけませんね。逆に子どもに結果を求めがちな親の姿勢については?
「親が子どもに結果を求める気持ちはすごくよくわかります。しかし、子どもは学ぶ過程において絶対に得るものがあります。大人が自分の評価に繋がる結果を、子どもに求めてしまうのは日本特有なのかもしれせんが、何よりプロセスを重視して見守ってほしいです」
──どうしても合わない指導者に巡り合った場合はどう対処すべきだと思いますか?
「勝つことが求められるチームと、楽しくのびのびと成長することを目的としたチームとでは話が異なるかもしれませんが、親の立場で言えば、やっぱり子どもの気持ちをちゃんと考えてあげられる指導者を見つけるしかないと思います。私はよく『上司と親は選べない』と言っていますが、人を変えることは難しくても、別の組織に行くことはできます。私の場合はチームを変える前に、自分がコーチとして教えるようになってしまいましたが(笑)」
日本人はもっと素直な気持ちになっていい
──スポーツも人生も判断の連続だと思います。その指針について岡島さんは著書の中で「損得ではない、心の声に従う」と書かれていましたが、その意味を教えてください。
「私はこれまでの人生で損得を考えて行動することはなく、好きな気持ちを優先させてきました。自己肯定感にもつながることですが、好きであることに自信を持っていたからです。日本人は我慢することが美徳とされ、嫌なことを我慢してしまいます。それで精神的に苦しくなり、身体を壊してしまいます。例えば通勤時の日本の満員電車はその最たる例ではないでしょうか。ワシントンDCは日本人駐在員が多ですが、一番戻りなくない環境のナンバー1が満員電車らしいです(笑)。人間関係も夫婦の関係も、日本人は我慢しすぎなのではないかと思います。もっと自分の好きな気持ちに素直になってもいいのではないでしょうか」
──損得勘定といえば、日本の若者の判断基準が効率重視の傾向にあると言われています。例えば、映画や音楽は倍速再生で時間効率を上げ、サッカーは90分の試合時間で1点、2点しか入らないので「コスパが悪いから見ない」と…。
「なるほど、それだと判断材料が時間しか見えてないことになりますね。人間の感情って、そんなに簡単なものでしょうか。試合の中には、ハラハラするようないくつものドラマが存在し、大好きな“推し”の選手を90分間も見ていられる。それは時間だけで測ることができない特別な体験ではないでしょうか? 最近、私がすごく注目しているのが三菱重工浦和レッズレディースの高橋はな選手です。彼女はヘディングが強いことで有名ですが、実は縦への長いパスがすごく上手だということに気付いたんです。そうすると高橋選手にボールが回ったときに、『次はどういうキックをするか?』とワクワクするんですよね。もし表面的な数字だけの判断基準でサッカーを見ていないとしたら、すごくもったいないことをしていると思います。感受性が豊かな若い世代の方こそサッカーを見ていただきたいです」
米国大学スポーツビジネスと男女均等の教育プログラムの関係
──かつては女子サッカー日本代表に選出され、大学卒業後はアメリカに渡り、長く金融業界でご活躍され岡島さんですが、二人のお子さんもアメリカでスポーツをされていたそうですね。アメリカの「スポーツx教育」事情について教えていただけますか?
「アメリカにはTitle IX(タイトルナイン)という法律があります。1972年に教育プログラムの男女均等について定めたもので、要は教育において男女で同じお金を使わないといけないという法律なんです。アメリカの大学スポーツは、特にアメリカンフットボールとバスケットボールに人気があり、アメフトであればスタジアムに10万人もの観客を動員します。さらに複数のテレビ局で放映されるので、莫大な放映権料も得られます。それらの収益を男子と女子で均等に使用する必要があるのです。大学トップの男子アメフトチームにはプロ顔負けの最新鋭のトレーニング施設がありますが、それと同様の金額を女子のスポーツ振興に充てることができます。だからアメリカの大学には女子サッカー専用のスタジアムが存在し、何台もドローンを飛ばして、何人もの戦術アナリストを雇うこともできるのです」
──日本では考えられない環境ですね。それは強豪大学だけものではない?
「一部に所属する大学だけでなく、3部の学校やコミュニティカレッジでも、学費だけでなく寮費や食事代・光熱費も含めた返済の必要がない奨学金が出ます。アメリカの大学では多様性が重要視されるので、何カ国の生徒が通っているのかが大切になります。当然、日本からの学生も多様性の一環として重宝されるわけです」
スポーツ+英語で目指す米国留学の選択肢
──とはいえ、英語は当然必要になりますよね?
「そうですね。奨学金を得るにはB+の成績を維持しなくてはいけないので、英語は絶対に必要になります。留学生はTOEFLの点数がマストになりますので、早い段階から英語を勉強することが大切です。アメリカの授業についていくには話すチカラと聞くチカラが必要になります。それを養うには日本の学校教育だけでは難しいので、独自で考えていく必要があると思います。もちろん、大変なことですが、それでも4年間アメリカの大学の教育を受けられて、サッカーをすることによって大きな財政的メリットを得られるわけです。いくつかの大学は日本人選手を毎年獲得していています」
──スポーツをすることに加え、英語にチャレンジすることで選択肢は大きく広がると。
「英語はもちろん重要ですが、あくまでツールです。それ以外にも他の能力がないといけません。自分のやりたい分野があって、その上で英語というツールを持っていることが大切だと思います。ぜひアメリアの大学という選択肢もお子さんに示してあげてほしいです」
PROFILE
- 岡島喜久子(WEリーグ初代チェア)
- 1958年5月5日生まれ、東京都出身。1972年、中学校の男子サッカー部に入部したのち、女子クラブFCジンナンに所属。1983年、サッカー日本女子代表に選出。早稲田大学商学部在学中に、日本女子サッカー連盟の理事に就任し、1984年から1989年まで同連盟の事務局長を務めた。大学卒業後、ケミカル・バンク(現・JPモルガン・チェース銀行)に入社。国際証券(現・三菱UFJモルガン・スタンレー証券)などを経て、2004年から2019年までアメリカ・メリルリンチに勤務した。益社団法人日本女子プロサッカーリーグ WEリーグの初代チェア(理事長)。家族はアメリカ人の夫と、長女、長男。
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