近年、日本でもサッカーや野球など、様々な競技で海外挑戦をする選手が増えてきました。海外挑戦が身近になってきた中で、どうやったら海外で通用するチカラを身につけられるのでしょうか。今回はドイツ、イギリス、イタリアといったサッカー大国で日々海外の子どもたちの育成を間近に見ている3名によるクロストークです。海外で活躍する現役指導者の体験や経験談の後編です。
目次
海外では「ピッチ外での振る舞い」もスカウトに影響
ーー今の話にも関連していますが、各国のスカウト事情についてもお聞かせいただけますか?
山下 以前お話した内容なのですが、マインツでコーチングスタッフをしていた人が今、バイエルン・ミュンヘンのスカウトを担当しています。彼によると、選手の振る舞いをよく見ているそうです。あるフォワード選手が上手くて界隈では有名でしたが、試合でシュートを惜しくも外してしまうことがありました。それで、イライラして場外にボールを蹴ってしまって、味方選手が取りに行くというシーンがあったんです。そういう所はバイエルンミュンヘンのようなトップレベルでも見ており、選手の評価に大きく影響します。また、技術的な問題があった場合、そうなった背景も考慮するそうです。たとえば先ほどのフォワード選手は右利きでしたが、左脚を使うべき場面でも右脚で蹴っていた。もし、その選手が地元のそれほど強くないチームでプレーして今に至っているなら、伸びしろととらえられます。でも、マインツという大きなチームで長くプレーしている以上、指導の問題というよりも、本人の取り組みの問題と認識されるのです。あとは、親御さんの試合中の声掛けもスカウトマンは注目して見ていると言っていました。
ーー選手自身や親御さんの振る舞いも見ていますし、技術的な問題については背景も見て判断するんですね。
山下 そうですね。メンタル面も含めて見ているそうです。
柴崎 イギリスではプロクラブのスカウトマンが地域の7~8歳の大会にまで見に来ていて、コーチの所へ挨拶にも来るんです。それぐらいスカウトの門戸が広くて、才能のある選手を早いうちに囲い込もうとしています。そこは驚きましたね。たとえばハリー・ケイン選手は、地元のクラブでプレーしていた時にスカウトを受けて、7歳でアーセナルのアカデミーに入りました。以前トッテナム・ホットスパーFCのスカウトをしていた方からの話ですが、ピッチ外での振る舞いをやはり見ているそうです。親子関係についても、どれだけ干渉しているか見ています。また、チームへのコミットメント(参加する姿勢)や上手くいかないプレーがあった時の反応、コーチからの指示を聞いているか、など細かく見ているそうです。
ーー親御さんが熱くなっている子どもだとスカウトに引っかかりにくいということですよね。ユヴェントスの話ともリンクしていますね。イタリアのスカウト事情はいかがですか?
宮川 柴崎さん、山下さんがおっしゃっていたメンタリティーやフェアプレーが、スカウトではすごく大事ですね。あとは、判断力。サッカーでは「この時はこうすればよい」と全ての場面で答えが決まっているわけではありません。だから、判断力は子どものセンスによるところが大きいのです。自分で何ができるか。決まった場所からパスやクロスを出すような練習も技術的には意味がありますが、ユヴェントスではもう少し自由な形で練習しています。
ーーなるほど。柴崎さんのお話では、7~8歳でスカウトされるということでした。早くからサッカーを始めるのがスタンダードなのでしょうか?
柴崎 そうですね。イギリスでは7歳からリーグ戦が始まります。サッカーチームが多いので、公園に行けばどこかのチームが練習しています。サッカーをやる環境が多いので、始める年齢が早いのはありますね。試合に出られるようになった7歳のタイミングで、スカウトマンの目に留まればそのままアカデミーの話になることも。または、素質があれば指導者とコミュニケーションだけ取っておいて、育ってきたタイミングでアカデミーの話を持ち掛けたり。上手く道筋が作られているなと思います。
ーー日本だと、少年団レベルの「草の根」にスカウトが来るのは考えられませんよね。日本と海外で違いがあるのはなぜでしょうか?
柴崎 たまたま僕達の地域に来ていただけの可能性もありますが、スカウトと指導者を掛け持ちしている人もいます。それで、選手やチームの情報をうまく持ってくる仕組みが出来ている。あとは、やはり早い段階から選手に目を向けるというのは「伝統」だと思います。ただ、日本もそういった仕組みが出来つつあるようです。先日、日本に一時帰国した時にJリーグの方とお話ししました。Jリーグの育成でも、今では小学生の早い段階から地域の子ども達に目を向けて、早い段階でアカデミーに入ってもらうそうです。
ーー歴史、年月とともにブラッシュアップされていくんですね。ドイツのスカウト事情はどうですか?
山下 ドイツもイギリスと同じで、子ども達は早い段階でサッカーを始めます。7~8歳でチームを持っているクラブもありますね。ブンデスリーガの下部組織でも、9~10歳からチームを持っている所も少なくありません。一番多いのは、育成は地元のチームに任せて、上がってくる選手を11~12歳くらいでピックアップするというケースですね。ただ、昔はU-8まであったクラブが下のチームを削って、U-11くらいから持つようなケースも最近では増えています。
ーーそのように変わっていった理由は何が考えられますか?
山下 僕も勉強不足なのですが、マインツの場合だと例えばU-12のチームに18人所属しています。その18人の中から、マインツのU-19まで何人上がれるかというデータを毎年取った結果、結局1~2人でした。U-19に所属する24人のうち、7割程度はU-15以降にマインツに移籍してきた地元の中心選手です。このような分析結果があるため、マインツは当時U-8まであったチームを徐々に削っていき、今ではU-10からとなっています。他のチームもすべて同じ理由かは分かりませんが、今はそういった取り組みの傾向があります。ドイツも試行錯誤しながら、といった感じですね。
ーーU-15のタイミングでチームの移籍は多いのでしょうか?
山下 ブンデスリーガの下部組織では、今までに何回も移籍を見てきました。ドイツの場合は、ブンデスリーガが持っている寮の受け入れ人数が、そんなに多くないんですよ。マインツで言えば遠方の選手が加入するのは各年代2~3人程度で、本当に才能のある選手だけです。
ーーイタリアのスカウト事情はいかがですか?
宮川 ユヴェントスも早くからサッカーを始めます。5歳くらいからサッカーを始めて、下部組織は6~7歳からチームを持ちます。あとは国のルールがあって、U-12まではピエモンテ(イタリアの州)からの選手しか選べません。U-16まではイタリア国内、U-18まではヨーロッパ内と、選手を受け入れられる範囲が徐々に広がっていきます。スカウトもそのルールに合わせて視野を広げていく感じですね。
練習しすぎは燃え尽きの恐れも。休息や気分転換も必要
ーー日本の育成年代は練習しすぎという話も良く出ます。U-12から休みが週1ということも。そのあたりはグローバルな目線で見るといかがですか?
柴崎 海外ではオーバーワークによる怪我や、バーンアウト(燃え尽き)のリスクを懸念する所が多いと思います。それらを防ぐために、育成年代ではチーム活動の頻度は週に2~3回程度です。それ以上やると怪我も起きやすくなるし、選手の成長を妨げてしまう。だから、「休むこともトレーニングの1つ」という考え方がイギリスでもあります。選手がどのくらいチームの練習をやっているか、他のチームに行っているか、ということは指導者もある程度管理しています。アカデミーになると他のチームでの練習はあまりなくなりますよね。でも少年団やグラスルーツのチームだと、日本の塾のような感覚で他のチームに習いに行くことも少なくありません。そういった所は把握するようにしていますね。
ーーイタリアのユヴェントスはいかがですか?
宮川 ユヴェントスでは12歳までは週2~3回、13~15歳は週3回、それ以上は週4回の頻度です。サッカーはやりすぎると楽しさが薄れてしまうこともあるでしょう。心理学者とも話しましたが、選手のための育成だから、選手が楽しまないと意味がないと思います。
ーーなるほど。山下さん、ドイツについてもお聞かせいただけますか?
山下 練習の頻度は小学校4年生までは週2回、5~6年生は週3回、その後は徐々に増えていく感じです。柴崎さんがおっしゃっていたように、負荷の部分は気にしています。マインツではシステムを利用して、選手の練習頻度や成長期の負荷のコントロールはかなり注意してやっていました。最近聞いて面白いなと思ったことがあって、あるチームでは週1回(90分)は全く違うスポーツをやってもらうのだとか。たとえばサッカーと野球では動きが全く違うので、いつもと違う筋肉を使える分、負荷を分散できます。また、燃え尽き症候群の防止にもつながりますよね。
ーーすごく理にかなっていますね。成長期の子ども達にとっては、筋肉や骨のバランスを整えるという意味合いも大きいですよね。
「チャレンジできる環境づくり」が、子どもの成功につながる
ーー日本と海外の違いと言えば、メンタル面も気になるところです。最近では日本の選手達も海外で通用しているので、メンタル面も対応できるようになってきているということですよね。「サッカーに必要なメンタル」については、異文化に触れていく中で皆さんどうお考えですか?
山下 「ミスに対する価値観」をどう持つかが大きいと感じます。自分自身の体験としても、「ミスをしないようにするプレー」と「成功させるためのプレー」では、質も成功率も全く変わってくるのです。だから小さいうちはどんどんチャレンジして、ミスの中から学ぶ。そういったことを子ども達がやっていければ、メンタル的にも変わっていくのかなと思います。
ーーなるほど。メンタルを育てるためにはミスをミスで終わらせず、「成功するためにやっているんだ」と自分に言い聞かせる事。そして、子ども達がチャレンジするためには周りのサポートも大事ということですね。柴崎さんはメンタル面について、どうお考えですか?
柴崎 山下さんもおっしゃっていたように、ミスしたことを責めるのではなくて、「なぜそのプレーを選択したのか」が大事です。プレー中にも、「何が見える?」「どういうプレーができる?」などとアカデミーのコーチは問いかけます。日本と海外では根本的な考え方が違うなと感じますね。どうしても指摘しがちになるとは思いますが、「子どもに最適な選択をしてもらう」というのは、人生の成長でも同じことです。イギリスではそういったアプローチを大人がしていると感じます。選手が選択して負ったミスは選手自身が反省して、次に活かして行ければいいと思います。
ーー結局のところ、「育成教育」なのですよね。子ども達がチャレンジできる=ミスしてもOKという環境を作ってあげる。周りの大人がそういったサポートをしてあげるのが、子どもの頃は大事なのですね。「こうやったらこうなるんだ。じゃあこうしよう」という癖付けが、世界という所につながっていくのですね。宮川さんはメンタル面について、どうお考えですか?
宮川 お2人もおっしゃっていたように、失敗するための勇気。失敗しても終わりじゃなくて、次のプレーがある。子どもが難しいプレーで失敗しても、指導者が子どもの考えを理解してあげられると、子どもとの距離が縮まります。それに、チャレンジするのはピッチの中だけではないし、サッカーを通して人間として成長することも大事です。そのためには親御さんも指導者と協力して、何ができるか考えていくべきだと思います。ドイツやイギリスも同じだと思いますが、下部組織のチームは早い時期から大会に参加することもあります。ユヴェントスでも、2年前にU-11のチームを日本に連れていき、湘南ベルマーレと試合しました。早い時期にこういうチャレンジが出来ると、サッカーだけでなく色々な面で視野が広がりますよね。
ーーチャレンジできる環境を大人も用意するし、子ども達もひるまずアクションする。それが大事ということですよね。
宮川 コーチがプッシュできると、子ども達の成長につながります。グローバルな今の世界だと、早いうちからさまざまな経験ができます。僕は10歳までイタリアから出たことがないので、今のユヴェントスの選手がうらやましいですね(笑)。昔とは大分変わってきました。日本の子ども達も、色々な文化に触れることで良い刺激をもらえると思います。
ーー最後に、視聴者の皆様へ一言ずつお願いします。
山下 こういった話を自分の知識としては持っていてもする機会がなかったので、良い経験になりました。イタリアやイギリスも似ているようで似ていなくて、差があることが僕にとって新鮮で、すごく楽しい会でした。本日はありがとうございました。
柴崎 僕自身も学びのある、良い機会になりました。貴重な機会をありがとうございました。今はコロナウイルスで色々と難しい状況ではありますが、ぜひ選手や指導者の方もどんどん海外にチャレンジしてください。メンタルの育て方の話もありましたが、新しい環境、海外に飛び込んでチャレンジして、失敗して学ぶ。というのが早い段階でできるといいなと思います。海外挑戦を目指している方がいれば、少しでもサポートできればと思いますので、何かあればぜひお声かけください。本日はありがとうございました。
宮川 まずは、日本語があまり上手でなくてすみませんでした。僕もいっぱい学びがありました。こんな時期ですが、皆さんいつもお元気になさってくださいね。本日はありがとうございました。
PROFILE
- 山下喬(FC BASARA Mainz会長)
- 1984年、大阪府生まれ。滝川第二高等学校卒業後、プロを目指し渡独。自身がプロになる夢は叶わなかったが、指導者としてドイツ国内で育成環境の提供を行っている。1.FSV Mainz5の育成現場で4年間に渡り指導し、現在は自身が代表を務める日本人とドイツ人のミックスチームFC BASARA Mainzで指導している。
- 柴崎正勝(London Samurai Rovers監督)
- 1988年、愛知県生まれ。大学卒業後に大手旅行会社で勤務したのち、2015年にイギリスにてFAコーチングライセンスを取得するため渡英。その後は4年間、シンガポールの日系サッカークラブGlobal Football AcademyでアカデミーコーチとトップチームのGFA Sporting Westlake FC(シンガポール2部)のアシスタントコーチを務める。2019年に再渡英し、フットボールサムライアカデミーでアカデミーコーチとして活動。2019-20シーズンからはトップチームLondon Samurai Rovers(イギリス11部)の監督に就任。
- 宮川トンマゾ(ユヴェントスアカデミーテクニカルダイレクター)
- 1991年、イタリア・トリノ生まれ。16歳まではイタリアのローカルクラブに所属。その後日本に留学し、日本ではインターナショナルスクールのチームで活躍。18歳からはロンドンの大学でプレーし、21歳からは再び日本に戻り、アマチュアクラブでプレーした。現在は指導者として、ユヴェントスアカデミーのメインコーチとしてU12のカテゴリーを中心に指導。テクニカルダイレクターとしてもユヴェントスアカデミーとの架け橋を担っている。
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