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【4/16~18 biz Festa Preview#03】
非アスリートも習得可能!
パフォーマンスを最大化する「揺らがず・とらわれず」のココロ/辻秀一

「SPODUCATION」では 4月16日(金)~18日(日)の3日間、ビジネスパーソンに向けたオンラインイベント「biz Festa」を開催する。スポーツで培われたノウハウが、ビジネスでも応用できることを紐解くべく、ビジネス書のベストセラーを生み出す有名著陣とアスリートが激論を交わす。数多の企業のビジネスパーソンを指導してきたスペシャリストたちと、トップアスリートの邂逅は、どのような“解”を生み出すのか。現状打破に日々を捧げる現代ビジネスマンに向けた大型オンラインイベントを前に、“ビジネスサイド”のゲストのインタビューを紹介していく。

 

『スラムダンク勝利学』集英社インターナショナル/184ページ/1100円(税込)
年代を超えて読み継がれる37万部のベストセラーをはじめ多数の著書を上梓。

 

トップアスリートは、めまぐるしい状況変化にとらわれず、研ぎ澄まされた不動の精神で最高のパフォーマンスを発揮することがある。第2回WBCで伝説の決勝タイムリーを放ったイチローしかり、13年の世界選手権で残り3秒でポイントを取り優勝したレスリングの吉田沙保里しかり、外界のプレッシャーをものともせず勝利をつかみ取った。これは選ばれたアスリートだけが到達する神の領域……ではないと説くのが、ベストセラー『スラムダンク勝利学』の著者であり、応用スポーツ心理学をベースに多数の企業やプロスポーツでの人材育成に貢献してきたスポーツドクターの辻秀一氏だ。「揺らがず、とらわれず」の精神状態は、誰にだって到達できる。そんな「辻メソッド」のビジネスへの応用とスポーツの価値について伺った。

 

スポーツがなぜ『文化』なのか?

ーー辻先生は、スポーツ普及に関する様々な活動をされていますよね。その原動力は、どこからくるのでしょうか?

 「スポーツは誰でも勝つためにやっていますが、ほとんどの人は負けるのが現実です。勝つためにオリンピックへ出場しても、ほぼ全員が負けて帰ります。勝利を否定しているわけではありませんが、金メダリストであっても一生勝ち続けられる人はいなくて、必ずどこかで負けて終わる。それなのにスポーツがなくならないのは、勝利意外に大きな意義、価値があるからに他なりません。それを多くの人が見失っているのではないでしょうか。特に日本の場合は、スポーツが『体育』の中に押し込まれている世界的に珍しい国。富国強兵の政策が行われた昔からのことでしょうが、そこに大きな疑問がありました」

 

ーー確かに、スポーツは体育の一環として日本では教育されていますよね。辻先生の考えるスポーツとは、どういったものでしょうか?

「スポーツは遊びや暇つぶしから始まった概念ですが、ひも解いていくと結局は『文化』なのです。文化の語源となったラテン語の『cultura』には『耕す』という意味があります。つまり、人として耕され心豊かに生きるということが、人間の大きな欲求です。一方で『文明』は物やお金、順位といった脳科学的に言えば認知的なワード。本当のスポーツ先進国はビジネスとしても成功できますが、その前に文化としてのスポーツというあり方を理解しています。日本の場合はその理解度がすごく低くて体育に押し込まれてしまい、一方でスポーツビジネスという形が生じてしまった。別に負けていいわけではありませんし、ビジネスとしてお金が必要なことも理解していますけどね。たとえば歌舞伎は文化ですが、お金も動いているわけです。本来のあり方が文化としてであれば、お金はちゃんとついて来ると思います」

 

ーー日本でも、もっとスポーツを文化としてとらえる必要があるのですね。

 「そうですね。日本で言えば『大相撲』が、文化としてのスポーツの1つだと思います。審議員がいるので当然勝ちを目指さなければいけませんが、15日間のリーグ戦になっていて、見る人が楽しめるよう考えられています。スポーツの重要な役割は、人間の『クオリティ・オブ・ライフ(QOL:生活の質)』を高めるために、元気・感動・仲間・成長という4つの心のエネルギーを提供すること。その役割さえ果たせれば、スポーツには『する』だけではなく『見る』『支える』と、色んな形があってもいいのです。『スラムダンク』は1億人が読んでいる漫画ですが、あれは『読むスポーツ』。イタリアの芸術家がセリエAをカフェで語っているのは、『話すスポーツ』。僕達は分けて考えがちですが、スポーツに『する』という形しかなければ勝ち・負け、上手い・下手という出口しかなくなってしまう。それでは、スポーツの本来持つ魅力が見えてこないと思います。たまたま日本画家の千住博さんという方が、教育番組で語られていることがありました。『多くの人が何かを学んだり、感動があったり、何かの結びつきが生まれたり。それが日本画の文化としての役割』と。スポーツもそういった視点なのに、多くの日本人は気づいていないんですよね」

 

ーー辻先生は書著の中で、1961年の『スポーツ振興法』の制定により、「体育の日」と「文化の日」が分かれてしまい、スポーツを「体育」の押し込めてしまったのが、日本でスポーツが文化として根付いていない要因にあるとおっしゃられていますよね。

「そうですね。欧米では学校に体育の授業がなく、地域クラブでスポーツに触れます。一方で日本では体育を通して、生徒がスポーツに触れます。でも体育には評価があって、文科省の作ったカリキュラムがありますよね。たとえば小学5年生だと逆上がりができないといけなくて、そこで逆上がりが嫌いになるわけです。スポーツという身体を動かして豊かに生きていくための文化が、評価されるものになったことに大きな問題があります。逆上がりができないといけない、速く走れた人に優がつく。それは、本来のスポーツのあり方ではないと思うんです。体育の授業で『スラムダンク』を読んだり、2015年のラグビーW杯の日本代表vs南アフリカ戦を見た方が有意義でしょう。日本の学校教育は特に認知的な評価に基づき、できるかどうかで点数がつき、幅広く社会に役立つスキルの教育がほとんどありません。オランダやフィンランドでは、どちらかと言えば『ライフスキル』(外界で起こる事象に対し、とらわれずに対応できる能力)、非認知性の教育が主眼になりつつあります」

 

 ーー日本と欧米では、スポーツに対する感じ方、触れ方が異なるのですね。

 「日本の場合、認知性に偏ったカリキュラムが作られていることには、大きな疑問を感じますね。日本の学校教育では、『体力を付ける』という所にスポーツの役割がフォーカスされています。そして、『徳育・知育・体育』という『育』の分け方も良くないと思います」

 

ーー確かに、スポーツ自体が徳育・知育・体育なんですよね。体育=スポーツと考えてしまうと、そういう発想にはなりません。

「そうですね。全人格的に育っていくのがスポーツでも、それこそ文化でもあります。学校教育のあり方が大きなネックになっているように思います。社会に出て役に立つ物の考え方と、全然違いますよね。限られた試験範囲を覚えて、そこで出た方程式を覚えた人がいい点数を取るという仕組みになってしまっているので」

 

ーー確かに、日本では認知的な学力重視の教育がカリキュラムとしてありますね。スポーツ選手のセカンドキャリアに対してネガティブなイメージが根強い。プロとしてスポーツすることが目標で、それがダメになってしまったら『今までやってきたのは何なのか』という見方をされてしまいがちです。

 「セカンドキャリアとか、そういうもの自体が僕的には腑に落ちなくて。一人ひとりが『地球』という試合会場で、『どのように生きるか』というプレーをしていくのが、『人生』という大会。その中で、自分を高めて多くの仲間とチームを作って何かをやっていくというのは、スポーツと同じ感覚です。日常と仕事とか、練習と試合とか分けるのは良くないと思います。分けるから、本番の重みが増してしんどくなる。『本番で中々力が発揮できない』という選手が良くいますが、『じゃあ練習は本番じゃないのか?』と返します。自分が持っている磨いたスキルで、評価に関係なく自分を表現していく。それが人生で、それが生きる価値なんだという考え方。それさえしっかり分かっていれば、僕は無理に分けて考える必要はないと思います」

 

ーー人生もスポーツも、『自分を表現する』という意味では同じなのですね。

「もちろん人間ですから、得意なものは人それぞれです。でも必ず何かと比べられて、もっと得意な人もいるのが世の中。自分を磨いてフォーカスしていくという発想が、全体的に教育として足りていません。スポーツは、それが一番しやすい人間活動でもあります。上手くいかない時に自分を見つめる、『内観』していくことが今の世の中では大事です。マインドフルネス=めい想も、人間が自分らしく生きていくために開発してきたものです。今の時代はスマートフォンもあって便利になっているので、認知的な発想が強くなって、ストレスを感じやすい状態です。そこで、内観するためにスポーツを活かしていければ、本来ある魅力がもっと出てくるでしょう。それを言葉にしてしっかり皆に伝えていくのは中々難しい作業ですが、もっと多くの人に伝えていきたいですね。あるアスリートが『文武両道ではなく、文武同道だ』と言っていましたが、僕もそうだなと思います。練習も本番もスポーツも仕事も、『生きる』をやっているという意味では、すべて同じだなと。つまりプレイスポーツであり、プレイライフなのです」

 

スポーツもビジネスも、本質は「何を、どんな心で」

ーー辻先生は講演や企業向けのワークショップなどで全国を回らっしゃいますが、伝える上で大事にしていることは?

「僕が皆さんに伝えたいことは、人間の『生きる』とは何ぞや、ということです。生きるというパフォーマンスを僕らは死ぬまでやるんです。ピッチの上でも、会社の中でも、道を歩いている時でも、同じ。そして、このパフォーマンスは例外なく、たった2つのことで出来ています。『何を』『どんな心で』やるか。この2つを大事にしていくことが生きることへの責任であり、パフォーマンスへの責任でもあるのです。このパフォーマンスが上手くできなければ、結果はついてきません。スポーツはそれがすごく分かりやすくて、やっていることが間違っていたら負けるし、心が整っていなくても負ける。これはビジネスでも人生でも同じことで、『何を、どんな心で』が常に重要です」

 

ーー『何を、どんな心で』という所に、人間のパフォーマンスが集約されるのですね。

「『何を』という情報を処理しているのは、脳の認知的な部分です。しかし、何をやるのか手帳やスマートフォンにメモしても、どんな心でやるのか忘れている方が多いですね。アンテナが立たずに電話しようとしているからつながりにくいのと同じで、心の状態を整えることが仕事、人生のすべてにつながります。一番分かりやすいのがスポーツで、心が乱れていたらPKも決まりません。下手になったわけじゃなくても、上手く行かない。一方で仕事の場合は、心を乱したままやっていても給料が振り込まれるので、心の質に対する感度が悪いのです。会社の皆が心を乱していたら仕事の質も悪くなるし、その積み重ねが会社の強さに影響してきます。『何を』だけじゃなくて、心を整えて質高くやっていくことが重要です」

 

ーー心を整えるためには、どうすれば良いのでしょうか?

「自分で心を整えていくためには、ライフスキルという思考の習慣を身に付けることですね。ただし、この非認知性のスキルは残念ながら学校では学べませんし、それがなくても東京大学に入れてしまいます。でも一流のスポーツ選手になればなるほど、ライフスキルがないと上手くやっていけません。ビジネスも同じことで、実際に僕のクライアントは、心の質を高めるためのライフスキル習得に関心が高い方々です。そういった視点を持っている人であれば、『何をどんな心でやるか』を分かっています。だから引退してビジネスを始めても、自分の持っている力で今できることを機嫌よくやり続けていけるでしょう。僕が仲良くしている『メントレ』のクライアントや『DiSpo』の仲間も、みんな上手く行っています。でも、それに気づけていないとアスリートとしても成功しにくいし、その後の人生も上手く行かないかもしれません。それを気づかせるのが、スポーツの役割だと思います」

 

ーースポーツは「非日常を体験できるもの』という捉え方もありますね。

「確かに、非日常性という面もありますね。ただ、生きるための活動というもっと広い視点で見れば、スポーツも日常も同じかなと思います。『何をどんな心でやるか』というパフォーマンスなので。『ワーク・ライフ・バランス』という言葉がありますが、分けて考えようとするからしんどくなる。風呂に入っている時に仕事のことを考えたら、ワークなのかライフなのか分かりませんよね。『何を』は一日の中で変わっても、『何をどんな心で』という構造だけは変わりません。だから僕はスポーツと日常、練習と試合のように分けないで、すべて『生きる』をやっているんだと考えてます」

 

ーー先ほど気づくことが重要だとおっしゃっていましたが、辻先生は子どもたちに向けて「一般社団法人Di-Sports研究所(=Di-spo)」の活動もされていらっしゃいますね。

「僕らは認知的な教育を受けていくように、プログラム化されているわけです。認知的でないと生きていけない現実もあるので、認知をすべて否定しているわけではありません。しかし認知の世界では勝ったか負けたか、優か劣か、結果が出るか出ないか、正しいか正しくないか、とすべて0か1で評価されます。だけど、社会では0か1だけでは理解できない部分もたくさんあるわけです。特に人間の感じ方は人それぞれですが、どれが正解なんてありませんよね。お母さんが子どもに『今日あなたは何をやったの?』と行動を聞いて、『何があったの?』と外界を聞いて、『どうなったの?』と結果を聞く。さらには、『昨日も言ったでしょ』と過去を持ち込み、『明日の宿題早くやりなさい』と未来を持ち込んだりする。このような認知的な世界にいて、AIモデルのごとく認知的に育っていく。でも人間はAIではなくて、内側にさまざまな感情、『機嫌』を持っているのです。機嫌という言葉は英語には訳しづらくて、心を表現するのにすごく便利な日本語です。『ご機嫌』にもリラックス、楽しい、ワクワクと色々ありますが、すべて異なる感情ですよね。ご機嫌というのは『揺らがずとらわれず』な心の状態で、人間らしくて自然体です。僕たち大人は認知的なので、先ほどのお母さんが子どもに声掛けする時のように、マインドレス状態なんですよ。行動と外界と結果ばかり考えているから、そうなりやすいのです。すると、知らないうちにストレスが加わって、揺らいでとらわれて不機嫌になってしまう。それで、気合や根性でがんばり、さらに人のせいにしたり愚痴を言ったり。そうならないためにも非認知的なライフスキルが重要で、心を整えたり、『今に生きる』と考えたりする思考の部分ですね」

 

ライフスキルを身に付けるには、子ども時代の体験も重要

ーー学校教育の影響が大きいかもしれませんが、非認知的なライフスキルを持ち合わせていない大人も少なくありませんよね。

 「アスリートもそうですが、すべての大人がライフスキルを欲しているわけではありません。『2・6・2の法則』というものがあって、企業だとライフスキルを積極的に身に付けようとするのは、2割程度でしょう。だから、機嫌が悪い人は相変わらず悪いのです。そして、子どもの頃に『機嫌がいい』ことをたくさん体験してきた人ほど、大人になっても心の質やクオリティオブライフを大事にする方は多いですね。だから、機嫌よくやることが大事だと子どもの頃から体感させるべきですが、それは難しいのが現実。『俺たちは夢をあきらめなかった』と成功したスポーツ選手が言いますが、それは『あなた達だからでしょ』と皆どこかで思っているでしょう(笑)。成長の過程で心が揺らいだり、とらわれて結局夢を無くしていく子どもも多いですよね。そこで、日本を代表するトップアスリートが子どもの頃のご機嫌な体験を話して、子どもにもご機嫌な体験を作ってあげるのが、私の考えた画期的なプロジェクトです。今では、Di-spoにラグビーの廣瀬俊朗君を始めとしたメンバーも30人くらい集まって、いいプロジェクトになってきています」

 

 

ーー辻先生は著書の中で、最大のパフォーマンスを発揮するために「揺らがず・とらわれず」のFlow(フロー)状態を、トップアスリートを例に説明されていました。特に興味深かったのは、それが選ばれたアスリートだけが到達する領域なのではく、「誰にでもできる」ということでした。

「そうなんです。『今に生きる』と考え、自分をリセットするといった非認知思考は、誰にでも出来ます。代々うちの家系は『今に生きる』と考えられないという人はいないです。誰でも出来ますが、思考していない人が多いですね。あるTV番組で対応させていただいた格闘家の那須川天心選手もその一人だと思いますが、彼らはそうしないと生き残れないからやっているのです。非認知思考は生き残るために重要なスキルで、トップアスリートはエッジ(瀬戸際)にいるからこそ、そこに行きつける。人間は皆いつ死ぬか分からないから誰でも本当はエッジにいるはずですが、僕らは甘ちゃんだから『死なない世界』を作ったわけです。それでライフスキルが育まれていない人が多くて、コロナウイルスのような脅威に強くありません。一方で、たとえば水泳の池江璃花子選手もきっとライフスキルが高いから、苦境でも乗り越えて今できることをやれるのだと思います。だから結果が出るわけです。それはアスリートだけのものではなく皆一緒なんだということを、気づいてほしいですね」

 

ーーライフスキルを身に付ける効果的な方法は?

 「ライフスキルを身に付けるのに一番いい方法は、無人島にたった一人でぶちこむことです(笑)。3年もすれば、生き残った人は皆ライフスキルを身に付けて帰ってきます。これは極論ですが、僕達の認知脳(外界に向けた脳の働き)は違いを区別することが得意な反面、同じだと気づくことが苦手なんです。どちらが上か、どちらが正しいかとずっと教育されてきて、そうしないと受験に合格できないから。『皆同じだよね』という世の中になったら、困るでしょう。だからといって、『皆で手をつないで運動会で一番になりましょう』とか言いたいわけではありません。全員違うけど、生きるという構造は同じだと分かることが必要。認知脳は『OR思考』で、どちらか一方を選ぼうとしますが、ライフスキルはどちらも大事にできるんです。結果も大事だけど、心も大事。仕事と家族どちらが大事とか、比べられませんよね」

 

ライフスキル習得には、周りの環境づくりも大切

ーー「後悔」や「不安」という感情はすべて『過去』と『未来』の話で、自己解決できる『今』を意識する方が圧倒的に楽になりますよね。

 「脳のバランスが整うからですね。非認知脳(自分の内面に向けた脳の働き)は弱くても現代社会は生きていけるようになりましたが、認知脳だけでやっているとバランスが悪くなり、マインドレスからストレスになってしまいます。最近はコロナウイルスの影響で皆がストレスを持っていますが、認知的な人は『結果、行動、外界』でストレスを改善したいと考えます。結果が出て楽になる、やりたい事をやってストレス発散する、外界が変われば楽になる。ところが今のコロナウイルスのように外界は変えられず、行動は制限されて、いつ結果が出るか分からない状況だと弱いんですよね。先日あるメディアでソフトボールの上野由岐子選手も、『東京オリンピックはやってほしいけど、なかったとしてもそんなに落ち込むことではない。私はどんなことがあっても、目の前のことをやるだけだから』と言っていました。まさに彼女も『ライフスキラー』だなと思いましたよ。無理やりポジティブに考えようとしているわけではなくて、自然体で受け入れられる。とは言っても、あの領域までライフスキルを身に付けることは誰でも可能なんです。もちろん4000本安打なんて無理だし、4回転ジャンプできないし、オリンピックで3回も勝てません。ただ、それは認知的なところだけであって、人間としての構造は同じです。トップアスリートだってご飯を食べるし、トイレにだって行きますから」

 

ーー認知脳もライフスキル脳も両方が必要だということですね。

「たとえば長年日本語しか使っていないと、他の外国語は当然できませんよね。でも、別に日本語さえできれば日本に住んでいく上で困らないから、その状況を変えようとはしないでしょう。一方で中国に出張で5年済んで、フランス人と結婚して、その後ロシアに10年済んだらどうでしょうか。絶対に中国語もフランス語もロシア語もしゃべれるようになりますよね。語学と一緒で、ライフスキルも意識して使っていけば、どんな人でも身に付きます。だからライフスキルを育むには、使っていける仲間や環境を作ることが大事なんですね」

 

ーーライフスキルを身に付けるためには、周りの環境も欠かせないということですね。

 「そういうコミュニティが必要だと思いますね。僕も若い頃はずっと認知的に生きていましたが、30歳のときに『パッチ・アダムス』の映画を見て、人間としてのクオリティを高めるためには心が大事だと気づきました。僕は認知的な思考に偏った『モノブレイナー』でしたが、少しでも皆に伝えるためには自分が両方使える『バイブレイナー』にならなければと思い、意識し始めました」

 

ーー辻先生は偉大な指導者として、NBAで最も功績を上げ、禅の思想を実践してきたフィル・ジャクソン(ヘッドコーチとしてNBA最多11度のリーグ優勝)とパット・ライリー(マイアミ・ヒート球団社長)を挙げられていますね。

 「フィル・ジャクソンの『勝利への意識革命』は素晴らしい本で、僕の愛読書です。フィル・ジャクソンもパット・ライリーも認知的な戦略に長けた指揮官ですが、一方で人間は戦略だけではダメなんだということも心得ています。もしかすると、人を教えるようになってきて初めて気づいたのかもしれません。フィル・ジャクソンは、ネイティブ・アメリカンの思想に大きく影響を受けていると言われています。つまり心、内側を大事にしている禅の思想と同じで、宗教は絶対的な神様を外側に作るから認知的ですが、禅は宗教ではありません。自然体の中に相まって生きて、答えがないものを考えて内側でどうしたらいいか見つけていくのが、禅的な考え方です。そして、ネイティブ・アメリカンの発想もすごく非認知性を大事にしています。バスケットボールのジョン・ウッデンもそうですね。彼が考案した『成功のピラミッド』も、ライフスキル的な発想。やっぱり人を指導することに本気で向き合ったときに、認知的な感覚だけだとハラスメントになってしまう。それだとマイケル・ジョーダンやコービー・ブライアントは動かせないと良く分かっているのでしょう」

 

大人も、『心』のバージョンアップを

ー一番結果を残している指揮官が、その考えに行きついたというのが興味深いですね。

 「そうじゃないと勝てませんからね。日本人は真面目だし、質の悪さを量でカバーしてきた面はあると思います。ジュニアの育成は結果至上主義で、結果の喜びから伝えていきますよね。ジュニアの頃は世界で強くても伸び悩む子が多いのは、やはりライフスキルの指導がすごく少ないからでしょう。その意味では、指導者自身も本当に学び続ける人でなければいけないんですよ。『逆らったらお前にはやらせないぞ』と、スポーツを人質に取るような指導者もいますから。コーチが権限を振りかざすと、命より大事なスポーツを握られた選手は、誰でも『はい』としか言えなくなってしまう。子どもがスポーツを嫌いになるなんてことがあってはいけません」

 

ーー何事においても、向き合える心を持つことが大事ということですね。

 「そうですね。『「揺らがず・とらわれず」』な人間になるには、まず心ですよ。パソコンでいう『OS』を、常にバージョンアップしていかないといけません。現代のビジネスマンはソフトを入れすぎですから。『ソフトを入れる前に、(心の)OSがもう古いでしょ』と言いたいですね(笑)」  

 

 

PROFILE

辻秀一(つじ しゅういち) | 株式会社エミネクロス代表
北海道大学医学部卒業後、慶應義塾大学で内科研修を積む。 人の病気を治すことよりも「本当に生きるとは」を考え、人が自分らしく心豊かに生きること、 すなわち“人生の質=クオリティーオブライフ(QOL)”のサポートを志す。 スポーツにそのヒントがあると考え、慶大スポーツ医学研究センターを経て、 人と社会のQOL向上を目指し株式会社エミネクロスを設立。 応用スポーツ心理学をベースに、個人や組織のパフォーマンスを最適・最大化する、 自然体な心の状態「Flow(フロー)」を生みだすための独自理論「辻メソッド」によるメンタルトレーニングを展開。 スポーツ・芸術・ビジネス・教育の分野で多方面から支持を得ている。 行政・大学・地域・企業・プロチームなどと連携し、日本をご機嫌な状態「Flow」にするためのプロジェクト「ジャパンご機嫌プロジェクト」と、スポーツを文化として普及するための活動「日本スポーツ文化プロジェクト」を軸にスポーツの文化的価値「元気・感動・仲間・成長」の創出を目指す。37万部突破の『スラムダンク勝利学(集英社インターナショナル)』をはじめ、『フロー・カンパニー(ビジネス社)』、『自分を「ごきげん」にする方法(サンマーク出版)』『禅脳思考(フォレスト出版)』、『Play Life, Play Sports~ スポーツが教えてくれる人生という試合の歩み方~(内外出版)』など著書多数。

 

 

2021/04/16(fri)~04/18(sun)
「SPODUCATION biz Festa」を開催!

4月16日(金)~18日(日)の3日間、ビジネスパーソンに向けたオンラインイベント「biz Festa」を開催。スポーツで培われたノウハウが、ビジネスでも応用できることを紐解くべく、「ビジネス」と「スポーツ」のスペシャリストが集結します。ビジネスに役立つテーマごとに、多数のスペシャルトークセッションでお届けする大型オンラインイベントの続報にご期待ください!

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