日々、スポーツと教育を探求するSPODUCATION コンテンツ・プロデューサー(CP)の「サコー」こと酒匂紀史が、気の向くまま思いつくままに、日本全国の指導者や育成現場に赴き、その理念や信条を紐解き、書き記すこのコーナー。第5回は、客観的な視点で独自の育成メソッドを提供する「YUTO NAGATOMO Football Academy」の平野智史代表の育成改革について伺った。
文=サコー | 酒匂紀史(SPODUCATION コンテンツ・プロデューサー)
今回は、サッカー日本代表選手として代表通算出場試合数が歴代2位の長友佑都選手が、2015年に立ち上げた「YUTO NAGATOMO Football Academy(以下YNFA)」の平野智史代表に、インタビューを行なった。YNFAはどのような育成方針を持っているのだろうか。プロ選手の看板を掲げたサッカースクールの実態はどうなっているのだろうか。平野代表の考え方に触れることで、全国の指導者のみなさんや、キッズアスリートを持つ親御さんにとって、ご自身の育成や指導について考えるきっかけとなる情報をお伝えしていきたい。
目次
小学校4年生で一度サッカーを辞めている
平野智史「YUTO NAGATOMO Football Academy(以下YNFA)」代表のサッカー経歴は、決して華々しいものではない。小学校3年生の時に、友達に誘われてはじめた少年サッカーも、小学校4年生の終わり頃に一度辞めている。チームの監督が怖くて嫌で仕方がなかったという。
そんな平野代表を、サッカーに夢中にさせたのが1993年にスタートしたJリーグだった。サッカーをやっていたこともあり、多少興味はあったものの、その年の5月16日に行われた三ツ沢球技場での横浜フリューゲルス対清水エスパルスの開幕戦を実際にスタジアムで目の当たりにした瞬間からすっかり虜になったという。一度は辞めたサッカーだが、中学校に入学するとサッカー部に所属、そのまま高校でもサッカー部を続けた。その頃になるとサッカープレーヤーとしての自分の立ち位置も見えてきて、サッカーをやることもさることながら見ることが大好きになったという。大学生時代には、Jリーグを年間50-60試合見戦。プレーヤーではない形でも、サッカーの仕事をしたいと考えた平野代表は、学生時代からアルバイトで、クーバーコーチングサッカースクールのコーチを行なっていた。
卒業後は、一度サラリーマンになったものの、サッカーの仕事をしたいという夢を捨てることができず、わずか1ヶ月で退社。その後は、フットサルコートの運営やスクール事業を手伝うようになる。その後、縁と繋がりがあり元日本代表の相馬直樹氏らのマネジメントを行うようになる。
2008年から中村俊輔選手のサッカーアカデミー「Shunsuke Park Soccer School」で7年間勤め、その後中村選手と所属事務所が同じだった長友選手との縁により、2015年4月にYNFAの代表としてスクールを立ち上げることとなる。
指導者となったのは小学生時代の経験が大きい
平野代表が指導者としてサッカーに関わりたいと思うようになったきっかけは、自身が一度小学校4年生でサッカーを辞めたという経験が大きな影響を与えているという。監督が怖かったという理由で、小学校5–6年の2年間サッカーを離れた平野代表。今思うと、サッカーが好きとか嫌いとか、そういう以前のところに問題を抱えていたそうだ。
そんな経験があるからこそ、自分は違う視点で子どもたちのサッカーと向き合いたい、むしろポジティブなきっかけを与えられる存在でありたい、だから叱るとかではなくサッカーの素晴らしさとか面白さを伝えられたらいいと思って指導者になったという。
指導者として心に火がついたは、2018年ロシアW杯「日本vsベルギー戦」
しかしYNFAは最初から順調だったわけではない。当初は、1vs1に強い選手を育てるという以外に明確なコンセプトもなく「とにかくサッカーを普及させよう」という目的でスタートしたが、ただ1vs1に強くなりましょう、楽しくやりましょうだけでは、どうしても行き詰まりを感じていた。
そんな中、指導者として、心に火がついたのが2018年ロシアW杯のベルギー戦だったという。平野代表は、当時その試合をロシアのロストフで生観戦していた。ピッチには長友佑都選手が立っていた。
日本中が注目したベスト8を争う決勝ラウンド第1戦。後半開始早々2点をリードした日本だったが、後半ロスタイムまさかの逆転負けを喫した衝撃の試合。その渦中にいた平野代表は、「なぜ、このピッチで戦っている長友佑都選手とともにサッカーアカデミーを立ち上げたのだろう?」と原点に立ち返って振り返ったとき、「それは、日本をW杯でベスト8、さらにはそれ以上の結果まで導いてくれる未来のサッカー選手を、このアカデミーから輩出するためだ」と、強く思ったという。そこからは、これまでの迷いが一切消え、普及から強化・育成へとスクールコンセプトを大きくシフトしたのだった。
「世界最高のノウハウを、最強のパッションで伝える」という平野代表流の考え方
まず平野代表が取り入れたのは、スペインでライセンスを取得した優れたコーチ陣にプログラム作りに参画してもらうことだった。それは決してスペインサッカーを追従したかったわけではなく、小学校年代から、子どもたちにサッカーの「原理原則」を伝えたかったからだ。
スペインのサッカーは原理原則が言語化されており、とても理解がしやすいのが特徴だ。サッカーの原理原則は小学生のうちから身に付けておくべきだというのが平野代表の考え方。かといって、スペインサッカーにのみ固執しているわけではない。サマーキャンプなどではアルゼンチンからコーチを招聘し南米のスタイルも子どもたちに伝え、イタリアからはASローマのコーチを招聘したりと、さまざまな価値観や刺激を取り入れ続けている。
子どもたちにノウハウを伝える上で大切なことは何ですか? と問いかけると
「どうしても学びに来ているという感覚を持ってしまう子どもがいるので、そこは気をつけています。原理原則をただ学び、言われたようにしか動けないのでは、本当の意味で身についたとは言えません。あくまで自分の判断の中で行うことが大事なので、プレーの度に、今はどういうプレーを選ぶべきか? と質問を投げかけて、本人に答えさせるようにしています。ただし例え原理原則に外れたプレーを実行したとしても、そこに理由があり成功したのであれば、それは褒めるようにしています」と答えてくれた。
「ただ、それ以前に大事なのは、こちら側のパッションだと思います。情熱を持って向き合うことで、子どもとも良い関係を育めますし、見に来ている親御さんにも間違いなく伝わるものがあります」
サッカーの原理原則を基本としながらも、さまざまなノウハウを柔軟に取り入れ、常にパッションを持って子どもたちに考えさせる育成をするのが平野代表流のメソッドだと言える。
長友佑都選手は、YNFAにとって象徴
平野代表に「プログラムの中身に関して、長友選手とはどういうコミュニケーションをとっているのですか?」と伺ったところ、要所要所の経験則を落とし込む以外は、長友選手からほぼ一任されているという。
「むしろ、長友は人間性・人としての在り方について色々と聞いてきます」と答えてくれた。
例えば「熱意はあるの? 挨拶はしているの? 周りに感謝はしてるの?」といったことについて聞くことが多いという。
YNFAは「長友佑都選手のような人間を目指しましょう」というのがスクールの核の部分にあるのがユニークなポイントだ。世界で通用する選手を育成する上で、人間性は最も重要なポイントの一つとなる。平野代表曰く、「長友佑都選手には自己実現力がある。その部分を子どもたちに理解してもらい、マネをしてもらい、成長していってもらいたい」とのことだ。つい育成現場では、ノウハウやテクニック、戦術などにフォーカスしがちだが、「長友佑都選手みたいな人間性を持った選手になろう」という精神性が中心にあるという思想が、とても新しいと感じた。
平野代表自身も「そこに関しては僕自身もまだまだ。子どもたちと共に成長させてもらっています」と語る。
伸びる子に共通することは? 親に共通することは?
最後に平野代表に伸びる子に共通する特徴を伺ったところ「主体性のある子。自分で考えて、決めて、行動して、修正できる子だと思います」と答えてくれた。
では、そんな主体性のある子に育てるために親に必要なことは何なのだろうか?
「親には親にしかできないことがあると思うんです。そこを、しっかりとサポートしてあげることが重要だと思います。そして、サッカーに関してはプロの指導者に任せるということが重要だと思います。コーチが言うことの逆のことを言ったりすると、やはり子どもは混乱してしまいます。親は最大のサポーターとして、話を聞いてあげ、褒めてあげ、美味しいご飯を食べさせてあげ、楽しく一緒にボール蹴る。そうやって優しく包んであげることが大切だと思います」と答えてくれた。
その子らしく成長できる環境を用意し、そこにちゃんと預ける勇気
スポーツ界ではよく「名プレイヤーと名監督は違う」と言った表現があるが、今回のインタビューを通じて平野代表にも同じようなことを感じた。小学校時代に一度サッカーを離れ、大学時代にはサッカーをやるよりも見ることに没頭し、サッカーコーチだけでなく、サッカー選手のマネジメントも経験し、どこか常にサッカーというスポーツに対して客観的な視点で愛し続けた人間なのではと感じた。だからこそ、自分の技術や自分の経験に固執することなく、世界で最も優れているノウハウを柔軟に操ったり、長友佑都選手の人間性をアカデミーの核に設定したりという、一風変わった育成プログラムを実現できているのではないかと感じた。
つい、子どものプレーに対して、木を見て森を見ず状態の狭い視野で一喜一憂したり、叱責したりする親や指導者もまだ多いかもしれない。しかし、もっと冷静に客観的に、そもそもその子が成長していくに相応しい環境に子どもを置けているのか? 預けられているのか? ということを考えてみる、いいきっかけになるインタビューとなった。
PROFILE
- 平野智史(YUTO NAGATOMO Football Academy代表)
- 1982年8月1日生まれ、神奈川県出身。2005-2007年にスポーツマネジメントやサッカースクール関連の会社で社会人生活をスタート。2008年から中村俊輔選手のサッカースクール「ShunsukePark SOCCER SCHOOL」で指導、2015年には長友佑都選手と共に「YUTO NAGATOMO Football Academy」を立ち上げる。以降、サッカースクール現場指導で育成のスペシャリストとして活躍する一方、サッカースクール経営、サッカーイベント企画&運営、スポーツ専門学校外部講師やフォーラム・講演会登壇、ラジオ出演など活躍は多岐に渡る。
- サコー | 酒匂紀史(SPODUCATION コンテンツ・プロデューサー)
- 1976年4月1日生まれ、愛知県出⾝。株式会社 DOKAVEN 代表取締役。1998年に電通に⼊社し、2014 年クリエーティブディレクターに就任。数々のヒットキャンペーンを⼿掛ける。2021年独⽴に伴い、SPODUCATION コンテンツ・プロデューサーにも就任。未来ある子どもたちと、その親御さんや指導者の皆さんに、意義ある情報を届けることに情熱を注ぐ。
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