COLUMN

タイでアカデミー事業を立ち上げた元Jリーガー大久保剛志氏に聞く
日本人も学ぶべき”マイペンライ精神”とは?
【サコーCPの育成探訪#3】

日々、スポーツと教育を探求するSPODUCATION コンテンツ・プロデューサー(CP)の「サコー」こと酒匂紀史が、気の向くまま思いつくままに、日本全国の指導者や育成現場に赴き、その理念や信条を紐解き、書き記すこのコーナー。第3回は、タイ・バンコクで選手として活躍しながら、現地で人気アカデミーを運営する大久保剛志選手の育成理念に迫る。

 

文=サコー | 酒匂紀史(SPODUCATION コンテンツ・プロデューサー)

 

今回は、本コラムシリーズでは初めて海外で活躍する方への取材を行った。元Jリーガーで、現在タイ1部リーグで活躍する大久保剛志選手。現役選手でありながら、昨年8月にタイ・バンコクで「YUKI FOOTBALL ACADEMY」を立ち上げた。タイの子どもたちは、身体能力が高く、ポテンシャルにあふれている。しかし、育成環境は、まだまだ整備されていないのが現実だ。大久保選手は、そんなタイで日本の育成ノウハウを提供するアカデミーをスタートさせた。立ち上げて半年で、既にバンコクの日経アカデミーでは2番目の会員数を誇るという人気アカデミーだ。今回は、そんな大久保選手に取材を行い、タイの子どもたちの特徴や、文化、育成の様子を通じて、改めて日本の育成について考えるきっかけになる情報をお伝えしたい。

 

西野朗監督が代表チームを率いる国「タイ」。アカデミー年代では、既に日本よりタイの方が強い。

大久保選手が、開口一番、衝撃的な事実を教えてくれた。

「日本の小学生年代で、例えばJリーグの下部組織のような全国レベルのチームがタイに来て、トップレベルのチームと試合すると、大体タイが勝つんですよ」

アカデミー年代では、既にタイの方が日本より強いと言うのだ。

「タイの子どもたちは、身体能力や運動能力が高い子が多いんです」「日本もアカデミー年代だと、まだまだ組織的守備の完成度が高くない分、タイの子の個人技で局面を突破されるケースが散見されるんです」と。タイの子どもたちは特に、ボールを止める技術が高いそうだ。セパタクロー文化の影響か、ボールを操るスキルもとても高いという。「トレーニングで、ロンド(鳥かご)をよくやるのですが、とにかく、タイの子どもたちはロンドがめっちゃうまいんです。止める技術と、駆け引きの感性がとても優れています」と教えてくれた。情報社会の現代では、世界中でサッカーの普及や進化はものすごく速い。ヨーロッパを中心としたサッカー先進国に対して、アジアはまだまだ途上国である――。そんなこれまでの先入観でタイのことを語る訳にはいかないと感じた。

 

されどタイのアカデミー事情は、まだまだ整備されていない現実。

しかしながら、タイのアカデミー事情はまだまだ整備されていないというのが現実だという。U-16以上になるとプロチームの下部組織などを中心に、しっかりとしたサポートがなされているが、U-15以下の年代は、まだまだ育成の環境が整っているとは言えないようだ。街クラブ自体は無数にあるが、指導者の能力は未知数。サッカー協会の運営も、まだまだ未整備で、大久保選手曰く「例えば、どうしても勝ちたい試合があるとするじゃないですか。そうすると、平気で隣の強豪チームから上手な子を借りてきて、試合に出しちゃうんですよ」と、街クラブの現状を教えてくれた。

整備されていない環境の中で、自由にサッカーができるという点では面白さを感じる。しかし、問題なのは、プロの下部組織や、強豪校の選手でない限り、プロ選手へのルートは、ほぼ開かれていないという現状である。街クラブに眠る、物凄い才能を引き上げるような仕組み(日本で言うトレセンのような制度)も、まだ未整備状態だと言う。

 

タイの子どもたちの、ポテンシャルを引き出すために立ち上げたYUKI FOOTBALL ACADEMY。

タイの子どもたちが持つサッカーへの熱量と、大いなるポテンシャルを引き出すために、昨年大久保選手は、現役のサッカー選手でありながら「YUKI FOOTBALL ACADEMY」を立ち上げた。

5歳から15歳の子どもたちが在籍し、レベルの高いクラブチームに輩出していくことを目指している。個人の身体能力や感性でサッカーをする選手が多くいるタイで、日本流の組織の大切さをアカデミー年代の時期から伝えることができたら、すごく楽しみな選手を育成することができるのではないか。そんな想いから同アカデミーは誕生した。

アユタヤ地区に住むRyo君は、北海道コンサドーレ札幌のチャナティップ選手のような、日本で活躍するサッカー選手になりたいという夢を持って、9歳の頃から片道1時間半をかけてYUKI FOOTBALL ACADEMYに、日本のサッカーを学びに来ている。大久保選手は、「今はまだ、日本人比率の高いアカデミーですが、将来的にはタイの子どもたちに開かれたアカデミーに育てていきたい。現に、今でも各年代の中心選手はタイの子どもであるケースも増えてきています」と語ってくれた。

 

小学年代は、技術。中学年代は、原理原則理解。高校年代からは、フィジカル。

YUKI FOOTBALL ACADEMYの育成方針は、明快である。34歳にしてなお、現役プロサッカー選手として活躍を続ける大久保選手が、自身の経験で培ってきたことを惜しみなく伝えている。ゴールデンエイジは技術の吸収スピードが最も高い時期だと言われており、小学校年代は技術の習得に注力している。体力に関しては一切無視し、「とにかくボールに触って欲しい。どれだけボールを繊細に扱えるか。思うように扱えるか。そこを徹底する」という。時に「運動量が少ないのでは無いか」と親御さんに言われることもあるが、運動量をあげることで技術が疎かになるぐらいならば、徹底的に基礎技術を鍛えるという。

中学年代は、サッカーの原理原則を身につけること。特に守備に関しては、中3までに身につける。チャレンジするか、ディレイするか。このバウンドはどう処理するか。状況判断や、プレー選択の質を向上させていく。特に、タイにおいては、このフェーズをしっかりと教えられる指導者が少ないという。

高校年代からは、フィジカル。高校生からは、フィジカルさえ整えば、いつでもプロとしてピッチに立てる可能性がある年代だ。

 

大久保選手が伝えたいサッカーの本質は「思いやり」の気持ち。

また、YUKI FOOTBALL ACADEMYが育成としてこだわるのはサッカーのプレーだけではない。大久保選手は「サッカーを通して、子どもたちが自立をしてほしい」と語ってくれた。ピッチ内で言えば、「悪い時にこそ、チームでどう修正してくか? が大事なスポーツである。そういう時にこそポジティブな声がけができる選手を育てたい」という。またピッチ外で言えば、ゴミ拾いを徹底している。タイは、まだゴミのポイ捨てがされている国である。しかし、大切なグランドであり、大切な地元であり、そういった環境への感謝として、ゴミ拾いは徹底するという。

大久保選手にとって、サッカーで学ぶべき本質は何だと考えますか? と水を向けたところ「思いやりだと思います」と返してくれた。34歳にして尚、必要とされる選手であり続ける背景には「相手を思いやる気持ちの大切さ」があるという。相手を思いやるパスが出せるか。相手を思いやる声掛けができるか。相手を思いやる私生活ができるか。大久保選手の考え方は、次第に子どもたちにも浸透しており、ある日子どもたちが自主的に、練習時間より随分と早く集合して、グランドのゴミ拾いをしていたという。その中には、日本人だけでなく、タイ人の子どもたちもおり、みんなで一緒になって、ゴミ拾いをする姿を見て、胸が熱くなったと語ってくれた。

 

タイでも、根付かせていきたい。食事を大切にするという考え方。

食事の大切さという意味でも、タイの意識は遅れているという。食事・睡眠・練習、この3つを徹底しないとプロ選手にはなれないというメッセージを徹底して発信している。YUKI FOOTBALL ACADEMYでは、タイでは珍しく(もしかすると初の試みかもしれない希有のケースとして)、トレーニングと食事がセットになっている。提携する日本食レストランから、オーガニック素材だけを使ったYUKI FOOTBALL ACADEMY専用のお弁当を提供してもらい、練習後、選手たちはそのお弁当を食べるのだ。「今年中には、栄養士さんを呼んで、選手や選手の親御さんに対して栄養に関する講習も実施したいと考えています」と語ってくれた。プレースタイルも、戦術理解も、精神性も、食事文化も、まだまだ荒削りなのがタイの現状である。逆に言えば、そのポテンシャルを引き出すことで、大いなる可能性を秘めているのも、またタイなんだと感じだ。

 

アジアのブラジルと言われるタイ。ストロングポイントは「怖さがない」こと。

ベガルタ仙台のアカデミーから、Jリーガー。タイに渡って1部リーグでプロ選手をしながらYUKI FOOTBALL ACADEMYの立ち上げと、2ヶ国のサッカー事情に精通している大久保選手に「タイのプレースタイルにおけるストロングポイントは何ですか?」と質問を投げかけたところ、「彼らには怖さがないことです」と答えてくれた。

「この国には、マイペンライという言葉があります。日本語訳すると、”問題ない”とか”何とかなるさ”とかそういったニュアンスの言葉です。タイではどんなプレーをしても、”マイペンライ”と声をかける文化があります。だから、ミスすることを恐れない、チャレンジすることを恐れない、ボールを奪われることを恐れない。この精神性は、物凄いストロングポイントだと思います」と話してくれた。「『そこから打ってもシュートが入らないだろう!』って言いかけた時に、スーパーゴールは生まれるんです。そこは一人で持って行ったら奪われるだろう! って局面で2、3人を抜き去ることでビッグチャンスが生まれるんです。タイは、アジアのブラジルだなんて言われることもよくあります。ただ、一方で、組織的な守備は全くできていないのも、同時にタイの特徴です(笑)。リスク管理が苦手お国柄なんだと思います」と語ってくれた。

 

マイペンライ精神は、なぜ生まれたのか。

マイペンライ精神が生まれた背景として、とあるタイの老人がとても腑に落ちる話をしてくれたと大久保選手は語ってくれた。その老人は、「寒いと、あったかいの違いだよ。寒いと生きるのに必死だから。計算することが当たり前になる。あったかければ、(食べられるものが)何でも生えてくる」と話していたという。暖かい地域では、何もしなくても命に関わるような危険はない。生きることに深刻になる必要がない。寒ければ、冬に備える必要があり、生きるために計算をしなければならない。という論旨だという。とてもシンプルな論理だが、確かに説得力を感じた。

日本には、マイペンライという言葉はないが、「ミスすることを恐れない」「チャレンジすることを恐れない」「ボールを奪われることを恐れない」選手を育成するためには、指導者や親御さんが、失敗を許容する精神を持つことは、もしかするととても重要なポイントになるのではないかと考えさせられた。

 

大久保選手の将来の目標は、タイと地元(東北)を繋ぐこと。

最後に、大久保選手の将来の目標を伺った。

「選手としては、やれる限りやって行きたい。それは、子どもたちにとっても、目標となる選手であり続けることが大切だと感じているからです」

そして「サッカーに感謝している。サッカーがあるから、いろんな人と出会えた。サッカーがあるから、タイに来られた。サッカーは、人の心を動かすスポーツであり、愛されているスポーツである。だから、サッカーに関わっていきたいと考えています」と続ける。

具体的には「出身地の宮城県の観光PR大使をやっており、タイとの直行便もできた。今はコロナで便が止まっているが、引退後は、タイと宮城・東北をつなげるような仕事をしていきたい。タイのアカデミーが、東北のチームと戦う。そんな世界を実現していきたいです」と強く語ってくれた。

また、現在YUKI FOOTBALL ACADEMYでは「毎週、タイで活躍する日本人プロ選手がアカデミーに必ず来てくれている。そのことで、子どもたちがプロ選手を身近に感じることができている。なので、そういったタイで挑戦する日本のサッカー選手への恩返しも込めて、移籍問題やビザ問題などのプレー以外のところで起きる問題をサポートできるような仕事もしていきたいです」と答えてくれた。サッカーを通じて育まれた「相手を思いやる能力」が、大久保選手の価値観の中心にある。その能力はサッカーのプレーだけでなく、その後の人生においても、大きな資産として大久保選手のチャレンジを支えているということを、強く感じた。

大久保選手の地元岩沼市で行っている復興支援活動の”Smile Football”での一枚。引退後は、タイと宮城・東北をつなげる活動をしていきたいと言う。

PROFILE

 

大久保剛志(サッカー選手/アカデミーダイレクター)
1986年6⽉14⽇生まれ、宮城県出⾝。ベガルタ仙台のジュニアユース/ユースから2005年にトップチームに昇格。その後、ソニー仙台FC・モンテディオ山形を経て、2014年にタイのバンコク・グラスFCに移籍(2008年は、京都サンガFC)。現在はタイ1部リーグのラヨーンFCに在籍。同時に、2020年8月にYUKI FOOTBALL ACADEMYをタイ・バンコクに開校。アカデミダイレクターとして育成に尽力。

 

サコー | 酒匂紀史(SPODUCATION コンテンツ・プロデューサー)
1976年4月1日生まれ、愛知県出⾝。株式会社 DOKAVEN 代表取締役。1998年に電通に⼊社し、2014 年クリエーティブディレクターに就任。数々のヒットキャンペーンを⼿掛ける。2021年独⽴に伴い、SPODUCATION コンテンツ・プロデューサーにも就任。未来ある子どもたちと、その親御さんや指導者の皆さんに、意義ある情報を届けることに情熱を注ぐ。
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