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佐藤寿人×田中秀道│「短所を長所へと変える心の持ち方」

短所の改善と、長所の向上のバランスが大事

田中 小柄だからこそ、人よりもアンテナが敏感になる面もありますね。たとえばアプローチで近くに寄せたいとしても、ただ寄せることだけを考えて練習するのでは、技術の向上につながりません。それで、練習の仕方も分けるべきだと気づきました。まずは、まっすぐピンに当てる練習。それができたら、同じ飛距離の所に止める練習を行うのです。そうすることで、方向感と距離感の両方が養えます。

 

──ビハインドがあるからこそ、色んな角度で見られる。アドバイスとして、すごく分かりやすいですね。

 

田中 ゴルフだと、ある程度のレベルまで上手くなると、高いレベルのことをやろうとしすぎることがあります。ハイクオリティを求めすぎて、自分の立ち位置が分からなくなってしまうんです。そこから上に行くためには、もう一回基本に戻ることが重要です。幹をしっかり太くしてからでないと、枝を増やすことはできません。そこにもっと気づけると、次のステップに入りやすくなります。伸び悩んでいる方に、伝えたいですね。

佐藤 サッカーでも、すごくありますね。ある程度結果が出て評価されると、「もっと上手く見せたい」という思いが強くなって、自分の得意なこと以外もやろうとしてしまう。それで、自分が本来持っている強みを忘れて、戻れなくなってフェードアウトしてしまう人もいます。周りの大人が言葉をかけることも、時には大事なのかなと思いますね。

田中 自分では、中々気づきにくいですからね。前進することに夢中になっていると、周りが見えなくなることもあります。そういう時に、すぐに戻してくれる人がいると大きいですよね。

 

──ビハインドを持っていると、自分を見つめる機会が早く持てる。結果的には、基礎が大事だということも、人よりも気づきやすいと思います。

田中 多分ですが、「一流」になるためにはポジティブが必要です。でも、「超一流」になるためには、ネガティブも必要だと思うのです。「こんなのでいいのだろうか」と常に思えたら、一流の枠は超えられる可能性があります。僕は一流ではありませんが(笑)。そういう根っこがどこかにないと、次のステップには行けません。皆にではなく、自分に鏡を向けられるか。これからの僕自身も、それが大事だなと思います。

 

──ビジネスと一緒ですよね。他者のせいにすれば楽ですが、その先に成長はありません。自分事に置き換えて問題に向き合えるかが大事だと思います。

佐藤 そうですね。自分を知ることもそうですし、結果と向き合って、次に活かすことも大事です。矢印を外側に向けてしまったり、良い結果だけに満足してしまうと、自分の間違っている部分に気づけません。そういう意味では、結果が出たとしても「これでいいのかな」という部分は持っておくべきです。

 

──短所よりも長所を伸ばす方が、子どもの成長は速いという声もありますね。「短所はフタを閉めてもいいから、長所のみを伸ばす」という指導者もいます。ご自身を振り返ると、どうですか?

 

佐藤 長所を伸ばすのは前向きに取り組めますが、短所と向き合うのはあまり楽しくありませんからね。でも、やらなくていいかと言われたら、決してそんなことはありません。比率の問題かなと思いますね。

田中 僕も、比率の問題だと思っています。短所を改善することは必要です。とはいえ、その全てを消しにいこうとする必要はありません。そうすると長所も見えなくなって、全てを失うこともあります。複数の短所があっても、一つひとつ改善していけばいいのです。やりすぎはダメですが、逃げてしまうのもダメです。

佐藤 全部の短所を長所に変えていくのは、すごく労力がかかりますよね。それをやっていると長所を伸ばす時間もなくなってしまうので、バランスが大事です。

田中 世界に目が向くと、自分の短所ばかり見えてしまうことはあります。でも、短所を消すことばかり考えると、長所もなくしてしまう。自分の長所、引き出しをしっかり分かった上で、少しずつ短所を消しに行くのがいいと思います。

佐藤 スポーツの違いも、あるかもしれません。サッカーだと相手がいるので、相手の長所も考える必要があります。相手の長所の方が明らかに上回っているのに、自分の短所でどうにかしようとは思いませんよね。ちょっと意地悪ですが、自分の長所を活かして、いかに相手の短所を突いていくか。サッカーだと、短所よりも長所の方が選択しやすい環境なのはありますね。

 

──相手との駆け引きで、自分の短所も含めてプラスになるか。頭を使っていく必要がありますね。

 

佐藤 試合前にある程度は相手の特徴を把握して、自分がどういうプレーをするか決めていくのです。秀道さんのお話にもあった、引き出しの中から何を選択するか。それができる選手は、ピッチ上で正解が多いから結果を出せます。育成年代のトレーニングで、その引き出しをいかに積み上げていくかが大事です。サッカーは特に、相手もいるスポーツなので。常に自分と向き合わなければいけないゴルフの方が、しんどいなと思いますね。

田中 ゴルフだと、自分で白黒つけられますからね。いいスコアならOK、悪いスコアならNG。「大変だと思うけど、自分の頑張りで前に進めるからいいよね」と、野球やサッカーの選手にも言われました。

佐藤 でも、セルフマネジメントは逆に難しいですよね。自分の技術やコンディションを、正確に客観視する必要がありますから。ずれがあると、狙った所にボールが飛ばなくなります。僕らアマチュアでも多少感じるので、プロであれば尚更だと思います。

田中 確かにね。マネージャーやトレーナーはもちろん、色んなものを自分で決めていく必要があります。どう進めていくのか、ジャッジが難しいですね。あとは、自分の身体に投資するのも大事だなと思います。PGAツアーではアメリカを転戦しますが、僕は普通の旅客機で移動します。色々な場所をトランジットすることになるから、身体への負担が大きくて。一方で、丸山茂樹さん(セガサミーホールディングス)みたいなスーパースターは、プライベートジェットで移動しています。「お金を惜しまず使って、大きなものをつかむ」くらいの気概が、アメリカでは必要です。「片道1,500ドルと言わず、片道4万ドルぐらい使えばよかった」と、日本に戻ってから思いました(笑)。

 

──どれだけ投資すれば、どれだけリターンが得られるか考える。ゴルフには、経営者のような要素もあるのですね。

 

佐藤 純粋なプレーヤーだけでは、中々難しいですよね。チームとして臨んでいく必要があると思います。

田中 そうですね。僕はチームをどう組むか考えているうちに、失敗して日本に戻ることになりましたが。今の松山英樹選手(レクサス)は、トレーナー・コーチ・マネージャーと、素晴らしいチームを組んでいます。関係性も良いから、世界でも戦えている。周りにいる方々を大事にすることも、前に進むためには重要ですね。自分一人で戦っているわけではないことを、忘れてはいけません。

 

変えられない短所や、理不尽をどう解釈するか

──アメリカでの失敗談について、詳しくお聞かせください。

 

田中 やはり、パワーゲームに付き合いすぎたことですね。日本ではある程度飛ばせていても、アメリカだととんでもなく飛ばない人になる。元々パワーだけで勝負していませんでしたが、自分のアジャストに狂いが生じました。頭では分かっていても、どこかで振りすぎてしまう。120%で勝負するという気持ちはあっても、気づけば150%くらい振っていた感じです。それで、身体が上手く機能しなくなってしまったのが、アメリカでの5年間の結末です。メンタリティーを保って、自分の長所を出せるような勝負の仕方ができなくて。皆がすごいスコアを叩き出していく中で、上手く行かずに焦っている自分がいました。後半4、5年目は特に苦労しましたね。

 

──ハイレベルな世界で戦っていく中で、自分をアジャストするのは難しいのですね。でも、経験が成長の一番のスパイスだと思います。

田中 早めに色んなことを経験して、次のチャレンジにつなげることが大事です。石川遼選手(カシオ計算機)も一度失敗して日本に戻りましたが、今ではアメリカに再挑戦しています。おそらく気づきがあって、身体を大きく強化して勝負に挑んでいるのでしょう。

 

──「短所を長所に変える」というよりも、自分自身の短所を受け入れる。変わらないものはどうしようもないので、変えられるものをいかに長所にしていくか。そして、環境が変わっても同じやり方をキープすることも大事ですよね。外的要因は、生きていく上で必ずありますから。

 

田中 理不尽なことだらけですよね(笑)。でも、成功までの道のりには、理不尽も付き物です。短所や理不尽を認めていく、受け入れていくのも大事ですね。

 

──スポーツは、そういったものを経験しやすいツールだと聞きます。ある方は、「スポーツは非日常で、社会が日常。日常に戻った時に、非日常で培ったものを活かせるか」と話されていました。

 

田中 そうですね。大人になってからでも、スポーツは学びにつながります。特にゴルフは、長く自分を見つめる時間があるので、自分の性格に気づけます。「自分はこんなにイライラするんだ」と気づいて、「家では優しくしよう」とか。自然の中を歩ける魅力もあります。ただ、仕事にすると大変です。なんで仕事にしたのだろう(笑)。ゴルフ、大好きですけどね。

佐藤 夢のある仕事ですからね。スポーツは、努力した分だけ成果が表れるわけではありません。それは、社会も同じことです。僕も秀道さんも、スポーツを通して色んな経験をしています。子ども達もスポーツを通して、社会で必要となる色んな経験ができると思いますね。

田中 ビジネスだと、感情が動かないことも多いでしょう。でも、スポーツだと感情がすごく出て、五感もたくさん動きます。自分の知らない感覚を味わっておくことは、生きていく上で大事だと思います。

 

──先ほど秀道さんから、「目標から逆算して取り組んできた」というお話がありましたね。しかし、逆算は簡単なことではないと思います。

佐藤 秀道さんは、だいぶ先の目標から逆算されていましたね。でも、「来年こうなりたいから」くらいでも、育成年代なら十分ですよね。

田中 はい。来週でも来月でも、別に構いません。とにかく前に進むだけじゃなくて、目標を決めてから進むのが大事です。

 

──ゴルフを通して、どんなものが得られましたか?

 

田中 この世界に若い頃から入ったことで、大人と接する機会が多くなりました。たとえば、すごい企業の会長さんとお話ができたり、色んな方々に会って色んなお話を聞けたことは、プロになった今でも財産ですね。そして、応援してくださるファンの方とのつながりもそうですし、やはり、出会いが大きいですね。一人で戦っているわけじゃない。周りの方々に助けてもらいながら、成長できる。そこが、スポーツの大きな魅力なんじゃないかな。

 

──佐藤寿人さんは、いかがでしょうか?

佐藤 選手時代は移籍が多くありました。色んなチームでプレーできて、色んな選手と関わることができたのは財産ですね。スポーツをやっていなければ、こんなに色んな場所や国に行くこともありませんでした。あとは、思い通りに行かないことを経験できたのも良かったですね。「どうやったら上手く行くかな」と考える習慣が、スポーツを通して学べました。その習慣は、子ども達への指導にも活きています。「どういう言葉を使えば伝わるか」とか、「どうやって、自分で判断できる力を身に付けてもらうか」とか、自分で考えながら指導しています。

 

──田中秀道さんが子ども達に指導するとしたら、技術以外でどんなことを教えますか?

 

田中 とにかく、「面倒なことを頑張れ」と伝えていきたいですね。寿人君も話していた通りで、何事も思い通りに行くとは限りません。面倒なことでもコツコツやっていくことが、前進する答えになっていくのです。上手く行かなかったことが上手く行くと、よりスポーツが楽しくなります。上手く行かないことが多い中で、自分を見つめて成長してほしいですね。

 

理不尽には立ち止まればいい。横道に逸れても、前へ進める

──アメリカでは、様々な経験をされてきたと思います。その中で、どのようにメンタルを維持されたのでしょうか?

田中 難しかったですけどね。自分のサイズを忘れてしまって、無理をする自分がいました。アメリカにいると、毎週が世界選手権のような感じでした。自分の立ち位置を頭の中で整理しながら、ひとつずつ埋めていくことに必死でしたね。「今週は、接待で80位だから」とか考えつつ(笑)。あとは、幸せな時間をつなぎ合わせることで頑張れました。ある大会で、大柄なアメリカ人の方々が「チームタナカ」として応援しに来てくださって。こんなに小さい人間が頑張っている姿を、大きな方々に支えてもらえる幸せを感じました。プレーしていて、グリーン上で初めて涙が出たんです。優勝よりも何よりも、それが一番プロ冥利に尽きるなと思いましたね。

 

──スポーツの勝ち負けではない部分の価値ですね。

 

田中 それを感じさせてくれるのがスポーツです。言葉は通じなくても何かを感じてもらえたのは、スポーツの大きな力だと思います。

佐藤 厳しい状況の中でも前向きに戦っている姿を見て、現地にいるギャラリーの心に刺さる部分があったのかと思います。プロのアスリートは応援してくれる人がいて、初めて成り立つものです。それを忘れずにプレーすることが大事だなと、改めて思いましたね。

田中 僕を見たいと思ってくれていることを、忘れちゃいけないなと思いました。次見てもらえるのは来年かもしれないのに、いいプレーができずに沈んでいる場合じゃない。いいプレーを見せるじゃなくて、自分を見せるんだと思うと、ちょっと頑張れましたね。

 

──最後に、皆様へひと言ずつお願いします。

 

田中 身体が小さいからこそ色んなことを考えられて、プロゴルファーとして頑張れました。結局は得なことが多くて、短所と思ったことはないですね。いわゆる短所や長所は、人が言うことです。自分の中で、本当の意味での短所や長所を探していけば、苦しい時間も楽しく思えるでしょう。僕は教科書を買うのも大変で、修学旅行にも行っていません。その中でも頑張れたのだから、素晴らしい環境だったと思っています。色んなことに感謝しつつ、ゆっくり進んでいけば良いと思います。本日はありがとうございました。

佐藤 改めて秀道さんのお話を聞けて、自分自身も学ぶ要素がたくさんありました。そして、現役を離れて指導者や解説者、サッカーに携わる人間として、色々学んでいく必要があるなと感じました。現役時代と変わらず、そういう思いでいられるのは、自分が育ってきた環境のおかげでもあります。これからも引き出しを増やして、正しい選択を考えながら、前に進んで行きたいと思います。本当に、楽しいお話をたくさんしていただき、ありがとうございました。

 

PROFILE

佐藤寿人(元サッカー日本代表)
1982年生まれ、埼玉県出身。2012年にサンフレッチェ広島をリーグ初優勝へ導く原動力となり、その年JリーグMVPとJリーグ得点王を獲得。Jリーグ通算得点数の歴代最多記録を持つ。 2020年シーズン限りでの現役引退を発表した。3男の父。
田中秀道(プロゴルファー / 信和ゴルフ・ゴールデンバレーゴルフ倶楽部所属)
1971年生まれ、広島県出身。11歳でゴルフを始め、瀬戸内高校卒業後、1991年にプロテストに合格。1995年の「フィリップモリス・チャンピオンシップ」でツアー初優勝を果たすと、1998年の「日本オープン」でメジャータイトルを獲得。国内通算10勝をあげた2001年末、アメリカPGAツアーの「Qスクール」最終予選に合格し、米国PGAツアー本格参戦。デビュー戦(ソニーオープン)の初日にホールインワンを記録。強敵を相手に5年間シード権を維持したあと、2007年に日本ツアーに復帰。小柄な体を酷使してきた影響でケガなどに苦しみながらも、完全復活にむけ着々と準備を進めている。現在はテレビ解説やコメンテーターなどを務めマルチに活躍。また、日本ゴルフツアー機構(JGTO)と日本プロゴルフ協会(PGA)のコースセッティングアドバイザーも務め、トーナメントのピンポジションを手掛けている。世界で戦った経験を活かした挑戦意欲をあおるセッティングは、プロゴルファー仲間から高い評価を得ている。
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