COLUMN

【Dr.辻による スポーツから学ぶ「凪」の技術 辻秀一 ♯01】
元体操のオリンピアン、田中理恵さんにみるビジネスに活かすライフスキル
―後編―

ベストセラー『スラムダンク勝利学』の著者で、応用スポーツ心理学をベースに多数の企業やプロスポーツでの人材育成に貢献してきたスポーツドクター・辻秀一氏。スポーツからビジネスシーンにも応用できる「揺らがず、とらわれず」の心を自ら整えるためのライフスキルの磨き方を連載形式でお届けしていく。

 

#01 前編はコチラ >

 

「気にするな、忘れろ!」で人はさらに引きずる

 

 さらに理恵さんに感じた切り替えのライフスキル。いつも次の今に全力という姿勢を感じました。前の大会でどんな成績だろうが、終われば全員が白紙でフラットだと。誰が優勝で、自分は何位とか、次の大会には全く関係がないことなのだとおっしゃっていました。さらに練習中や競技会でも、うまく行かないことが起こっても、その時点で終了。次の新しい今に責任を持って向き合うという考えです。気にするなとか忘れろ! では却って人は気にして思い出し引きずるのです。大事なことは今に生きるという思考でリセットしていけること。それがいつも次の新しい今を大切にして切り替えていく理恵さんの姿勢に繋がっているのだと確信しました。

 理恵さんといえば、笑顔が印象的です。なぜ笑顔なのかといえば、笑顔の方が自身の心が整い、結果すべてがうまく行きやすいと体験的にわかっているからだと思いました。表情を自己ツールと言います。自分の心をマネジメントするためのいつでもどこでも持ち歩けるツールです。うまく行ったから笑顔になるのではなく、笑顔だから心が整ってうまく行く! という発想です。うまく行ったから始まると常に外界に左右されるので気づけば眉間に皺がよるということになります。表情は自分次第でマネジメントできる貴重な心のためのツールなのです。理恵さんは子どもの頃からご両親、特にお母さまから笑顔でいることが素晴らしいことなんだと言われ続けてきたようです。笑顔は自分次第でできるもので、それが自分のためになるのだという体験をしてきたのでしょう。すっかりスキル化されているわけです。

 

有形の目標ではなく無形のイメージ像

 

 たくさんのライフスキルを理恵さんには感じましたが、最後に目標よりイメージ像に向かうという考え方も気に入りました。小学校5年の時にシドニーオリンピックの体操演技をしたロシアのスヴェトラーナ・ホルキナ選手の演技を見て感動したそうで、それ以後オリンピックに出たいとか優勝したいとかではなく、彼女のような女性、人間、アスリートになりたいという原動力で生きてきたそうです。

 今でもそのイメージは引退後もあり、追い求めているとのこと。ライバルに負けたくないとか、結果の目標にしがみついてどうしてもそれを達成したいという原動力ではないエネルギーのつくり方になります。それがライフスキルです。モノの視点が心を整えて揺らがず囚われずの状態となる思考になのです。

 

仲間の存在がライフスキルの発動を促す

 

 田中理恵さんを通じてさまざまなライフスキルを紹介してきました。それでも彼女が揺らぎ囚われて全く自分の力が出なかった超ノンフローの経験もあります。それがロンドンオリンピック。会場に入ってあの五輪のマークを観た瞬間に揺らぎと囚われのノンフローの海に溺れることになったそうです。平均台と床は何をしたのかも覚えていないくらいのノンフローの演技だったそうです。

 人が揺らぎ囚われるのは、結果を意識し過ぎたとき、過去や未来に時間迷走したとき、他人と比較したりその目を気にしたとき、そして外界の環境に持ってかれたとき、などが大きな原因です。この場合の理恵さんは五輪という環境に心が持っていかれてしまったわけです。心の状態が乱れたのですべてのパフォーマンスの質が低下してしまいます。しかし、2つ目の演技が終了したときにスタンドから日体大の監督が大声で、するべきことをしろ! 的な喝の入る声が届いて我に返ったそうです。そこで、まず楽しめばいいんだ、次の今に全力で、準備して来たんだから、笑顔でやろうといつものライフスキルが動員されてフローに戻り、残りの2つの演技を満足できるようにできるようになったそうです。

 理恵さんは高校時代にも長いノンフローの海に溺れていたことがあり、その時は弟の佑典くんの「何いつまでダラダラやってんの!」のような激を飛ばされて、この時も我に返って充実した大学生活を送れるようになったそうです。どちらも、仲間の存在がライフスキルの発動を促し、両親によってライフスキルが育まれる環境があったのも田中理恵さんの今の人柄を支えているようにも感じました。人に恵まれているのも、理恵さん自身の魅力ある明るく楽しんでいるフローな生き方が多くの人たちを引き付けているのだと思いました。

 素晴らしいアスリートの対談に心から感謝したいと思います。理恵さんもSPODUCATIONの方々もありがとうございました。ぜひまたお会いしたいアスリートの1人でした。

 

02に続く

 

PROFILE

辻秀一(つじ しゅういち) | 株式会社エミネクロス代表
北海道大学医学部卒業後、慶應義塾大学で内科研修を積む。 人の病気を治すことよりも「本当に生きるとは」を考え、人が自分らしく心豊かに生きること、 すなわち“人生の質=クオリティーオブライフ(QOL)”のサポートを志す。 スポーツにそのヒントがあると考え、慶大スポーツ医学研究センターを経て、 人と社会のQOL向上を目指し株式会社エミネクロスを設立。 応用スポーツ心理学をベースに、個人や組織のパフォーマンスを最適・最大化する、 自然体な心の状態「Flow(フロー)」を生みだすための独自理論「辻メソッド」によるメンタルトレーニングを展開。 スポーツ・芸術・ビジネス・教育の分野で多方面から支持を得ている。 行政・大学・地域・企業・プロチームなどと連携し、日本をご機嫌な状態「Flow」にするためのプロジェクト「ジャパンご機嫌プロジェクト」と、スポーツを文化として普及するための活動「日本スポーツ文化プロジェクト」を軸にスポーツの文化的価値「元気・感動・仲間・成長」の創出を目指す。37万部突破の『スラムダンク勝利学(集英社インターナショナル)』をはじめ、『フロー・カンパニー(ビジネス社)』、『自分を「ごきげん」にする方法(サンマーク出版)』『禅脳思考(フォレスト出版)』、『Play Life, Play Sports~ スポーツが教えてくれる人生という試合の歩み方~(内外出版)』など著書多数。
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